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「リューは牽制しつつフーリンのサポートを。ネルは最初にデカい一撃をお願い。タイミングを合わせてこっちが斬り込むから」
「……準備万端だよ」
彼女は両腕の臨界巨星のマニピュレーターを開き、その掌を無骸霊に向ける。そこから放たれるのはネルの霊能“念動力”を増幅して出力するトラクタービームだ。通常出力でも数十トンクラスの重量物を動かせるその力は、
「こっちの霊能の効果が薄い……?」
しかしトラクタービームを当てても無骸霊はびくともせず、その周辺の土塊や岩が引き寄せられるのみに留まる。
「霊能の無効化!? だとしたら厄介だけど――」
とはいえ、もとよりあの無骸霊はこちらを全く意に介していない。だからトウカは警戒をしつつも背後から間合いまで踏み込み、構えた刀を一気に振るった。
「届いた!」
トウカは刃が無骸霊に届いた実感を得ていた。しかし、
「手応えがない……!?」
彼女が振るった刃は無骸霊の体を通り抜けた。
「どんな感じなんだよトウカ!?」
「どうもこうもこっちの攻撃がすり抜けてる感じよ……今までにない無骸霊だわ」
まるで精巧なホログラムを相手にしているようだと思う。
「で、こっちに攻撃してこないのもそれはそれで不気味だよね……まるでアタシたちの存在に気づいてないみたいにさ」
一旦彼らは間合いを取り、どう動くべきか思案する。
「かなりやりにくいな。これ地雷踏んだら一気に爆発する気がするぜ」
「地雷というと……」
「……おそらくイノリだと思う」
ネルの言葉に全員が頷く。
「でもモニタしてるけどイノリは危害を加えられていない。むしろ各種バイタルは徐々に安定してる」
ネルはホログラムウィンドウでイノリの呼吸や脈拍、体温、血圧などの各種数値を確認しながら続け、
「あと数時間前のカメラの映像を確認したけど、あの無骸霊の男の子はイノリと親しく会話してた。話の内容はわからないけど、お互いいい雰囲気だね」
「いい雰囲気って何よソレは!」
「おいトウカがいきなりキレたぞ」
「ちょっと気になるリアクションだねー」
思わず声を荒げたトウカだったが、咳ばらいをして一旦冷静さを取り戻し、
「っていうかイノリよ! あいつの目的がわからないけど危険に晒したままにするわけにはいかないでしょ!」
「わかってるから安心しろ。AIZも最優先はイノリの確保ってことだしな」
「んじゃ取り敢えず一番速いアタシがイノリをどうにか助けてみるから援護お願いね」
「頼んだわよ。くれぐれも油断しないで」
「……後方支援は任せて」
「さて仕切り直しと行くか」
ひとまず方針が纏まり、行動に移る。
「……まずは注意を逸らすために……ドカン」
ネルが臨界巨星の掌部にある砲口から超高エネルギーに達した霊子ビームを放つ。
イノリを巻き込みかねないので出力は抑え、無骸霊をかすめる程度に射線はずらすが、
「……やっぱり反応無いね」
ネルは相変わらず無骸霊が無傷かつこちらに見向きもしないという事実に肩を落とす。
「この!」
一方ネルの横を駆け抜け、一気に無骸霊のもとに肉薄したフーリンが右の王虎牙を叩きつけるが、それも結果は同じだ。
「うわマジ!? こっちの攻撃スカるんだけど」
「気に入らねぇな……」
こちらがどれだけ攻撃してもまったくリアクションが無い状況に腹立たしくなったリューは双銃を構え、
「こっちを見やがれ!」
引き金を引いたが、ふたつの霊子弾は空気中を漂う、青白く光る煙のような帯に触れて、一気にその軌道を捻じ曲げると地面に倒れるイノリの左肩から50センチほど離れた位置に着弾する。
「やべっ!」
「ちょっとバカ! 何やってんの!?」
「マジで悪かったよ! 霊脈が張り巡らされててこっちの霊子弾が干渉受けて弾かれて流れ弾でイノリに当たりそうで悪かったよ!」
リューのやらかしにフーリンが顔を真っ赤にして怒鳴る。
霊脈……それは霊子が流れる経路だ。太さは様々だが、縦横無尽に空間全体に張り巡らされており、普段は視認できず霊子炉などでなければ干渉も基本的にできないが、大量の霊子が反応する戦闘時などに連鎖反応を起こして活発に活動し、周囲の霊子に干渉するといったことが度々ある。
そのため、霊脈にうっかり触れて事故に巻き込まれるといったトラブルは特に新米の葬奏者に多い。
「無骸霊じゃなくて仲間の攻撃でイノリに万が一のことがあったらマジで笑えないわよ……」
「……それとしてみんな気づいてた? リューの跳弾がイノリに当たりそうだったときにあの無骸霊の男の子、反応してた」
しかしネルはリューとフーリンがぎゃーぎゃー騒いでいる中、ある事実に気づいていた。
「流石の観察眼だなネル。オレは全く気付かなかったぜ」
「それはアタシも知らなかった。やっぱりイノリに何かあると反応するってこと?」
「……多分。こっちがイノリに何かしらの働きかけをすれば何かわかるかも」
「なるほど、じゃあ試しに」
フーリンが上着のポケットから取り出したのは薄いカード状の霊譜だ。
使い切りである一方、使用者の霊子を消費せず、様々な霊能をその場で再現できるそれを、彼女はイノリを対象に発動するが、
「回復系の霊譜は無効化されるけど無視か」
発動した効果はあの無骸霊の周囲から発せられる見えない壁のようなものに阻まれて、即座に効力を失う。
「なら気が進まないけど試してみるしかないわね」
トウカは改めて紅夜叉を構えて迫る。
しかしその刃を向けるのは無骸霊ではない。
眠っているイノリに対してだ。
「これでどう!?」
当然、イノリに刃が届かない間合いで刀を振るっている。
しかし無骸霊は遂にその身を翻した。
「動いた!」
しかし一転して今まで敵意を向けていなかった無骸霊が右手に携えた大剣を振るい、トウカに遅いかかる。
彼女は咄嗟に刀で大剣を弾き、その反動で無骸霊から一旦距離を取るが、大剣の軌跡をなぞるように赤黒い炎が斬撃波として生じ、トウカに襲い掛かる。
「……トウカがまずい!」
しかしネルはトウカの前に割り込み、両腕のシールドで炎の斬撃波をガードした。
「助かったわネル……」
「……トウカはいつも無茶し過ぎ」
「でも一瞬の隙を突いてイノリは確保できたよん」
フーリンが眠っているイノリを抱えてふたりにピースを向ける。これで一応目的のひとつは達成できた。
「だが問題はこっちを“敵”と認識したアレをどうするか、だな」
「一旦フーリンはイノリを抱えて離脱して。リューは戦えないフーリンとイノリのために肉壁となって守りつつ随伴しなさい。死んだら骨だけは拾ってあげるわ」
「なぁオレだけ辛辣じゃねぇ? ……まぁ任せろ」
リューはサングラスの位置を直し、クルクルと手元で双銃を回しながら応じる。
「アタシは一番ヘイトを稼いでるだろうから囮になるわ。ネルは……」
「……トウカの援護をするに決まってる。ひとりにはさせない」
「本当に助けられてるわ、アンタにはね」
「……それはお互い様、だよ」
改めていい仲間を持ったと、トウカは笑みを浮かべ、
「――行くわよ!」
武器を構えたが、無骸霊はトウカとネルを無視して一瞬でイノリを背負って走るフーリンとリューのもとに到達した。
「リュー! そっちに無骸霊が行った! 何とかして!」
「囮役はどうしたよ!」
文句を言いつつも、リューは即座に双銃で対応する。
無骸霊が片手で大剣を上から振り下ろすが、彼は左の銃の下側に配置されたブレードで受け止め、うまく威力を逃す。続けて彼は右の銃を無骸霊の胸目掛けて突き付け、引き金を引くが、無骸霊は一瞬でリューの背後を取り、回避した。
「手応えがあるな……! こう来なくっちゃな」
「リュー! アンタ大丈夫なの!?」
「肉壁になるって言っただろ! ほらさっさとイノリ連れて逃げろ!」
「……ちゃんと無事に帰ってきなさいよ!」
「わーってるよ」
無骸霊が繰り出す攻撃を躱し、防ぎ、時折反撃を入れながらリューはフーリンに強気な笑みを浮かべた。
そしてフーリンもリューを信じ、躊躇いを振り払って走る速度を上げる。
「オレのオンナに手は出させねぇぞ!」