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1-4

 レンは立ち尽くしていた。

 脳裏に浮かぶのは過去の情景だ。


 自分の前に倒れこんで、体を丸めて怯える幼い少女と、ゆっくりと近づく無骸霊(ムクロ)


 幼い少女は泣きながら、こちらに縋る目を向けていたが、自分は何もできなくて。

 しかし“彼”が助けてくれた。

 だから幼い少女も、自分も無事に済んだ。

 きっと彼は、レンが動けなかった故に葬奏者にはなるなと、そう言ったのだろう。

 

 でも。

 また同じことを繰り返すのか?


 あの時とは異なり、もうヒーローは居ない。

 だから。

 

 自問を経て、レンは衝動的に一歩を踏み出していた。

 

「うわぁああああああああああ!!」

 

 レンは叫び、イノリに向かって手を伸ばした。

 

 レンの右手が何かを掴む。

 ずっと沈黙していた大剣。

 “彼”が最後に託してくれたもの。

 レンは迷わずそれを起動する。


 紅蓮の炎が灯り、そして刃を包んで火の粉を撒き散らしながら荒れ狂う。

 レンは自然とその()を唱えていた。

 

「――焔魂(ブレイズハート)ッッ!!」

 

 それがレンの葬奏機だった。

 

 ※ 

 

焔魂(ブレイズハート)……」

 

 イノリは目の前のレンが手にしている葬奏機をじっと見つめる。

 

「レン、あなたは……」

 

 それ以上の言葉は続くことなくイノリの意識は遠のいていく。

 

「……っ」

 

 イノリは気を失い、神木の幹にもたれかかるようにして身を崩した。

 

 ※

 

 すぐ後ろのイノリが気を失ったことにレンは気付いていた。

 目立つ負傷は無いが先ほどの天照神光(マハー・ヴァイロ)の不具合といい、彼女が何かしらの不調を抱えているのは確かだ。

 しかし“怪獣”の動きは速く、一瞬でも背中を見せるのはまずいと判断する。

 

 そのため、レンは大剣を振るい、剣先からオレンジ色の火炎を奔らせた。

 炎は意志を持つかのようにうねりながら“怪獣”に高速で向かう。

 “怪獣”は当然のように反応し、瞬間移動と見紛うような速さで横にスライド移動して回避した。

 

 ……その筈だったが大剣から放たれた火炎は“怪獣”の横を通過する瞬間に、一瞬直径10センチ程度に丸く縮んだかと思うと一気に爆発した。爆発は横の“怪獣”を丸ごと飲み込むほどの大きさで、反応できずまともに食らう。

 

「――よし!」

 

 その隙にレンは気を失っているイノリを抱え上げる。

 細身かつ小柄なので元々体重は軽いだろうが、それでも軽々と持ち上げられるのは葬奏者の身体機能強化の恩恵が大きいだろう。

 

 しかしレンがちらりと背後に視線をやると、爆発によって舞い上がった粉塵の中から飛び出してきた“怪獣”がこちらに迫ってくるのが見えた。

 レンは左腕でイノリを抱えたまま右手の大剣を構えようとしたが、身体の向きを変えるのに間に合わず、“怪獣”の放ったパンチを防ぐことも、躱すこともできなかった。

 

「ぐっ……!」

 

 背中に強烈なダメージを食らったレンは、海老反りのような形で吹き飛ばされた。

 目の前に大木が迫るが、腕に抱えているイノリを守るために咄嗟に身をひねり、右肩から大木に当たりに行った。

 

「がっ……!」

 

 大木に叩きつけられたレンは、肺の中の空気を全て吐き出した。夕食はまだ口にしていなかったので胃の中を空っぽにしていて良かったとぼんやりと思う。そうでなければ全部嘔吐していた筈だ。

 

 イノリを何とか抱えつつも片膝をつき、大剣を支えにするレンは、こちらにゆっくりと迫りくる“怪獣”を睨む。

 

 “怪獣”は今となってその大きさが実感として伝わってくる。

 おそらく無骸霊(ムクロ)とこれまで幾度となく戦っていたであろうイノリですら苦戦した強敵だ。

 ついさっき葬奏機を起動させたばかりの自分がどうにかできる相手ではない。

 

「痛っ……!?」

 

 レンは右手の大剣を構えようとしたが、肩に激痛が生じ、大剣を地面に落としてしまった。右腕は力が入らず、だらりと下がっており、熱と痺れと鈍痛が腕全体に走っている。おそらく骨折しているのだろう。

 治癒能力も向上するため、多少の傷であればしばらく待てば治るが、骨折レベルだと治癒系の霊能を持つ葬奏者に頼まなければすぐに治すのは難しい。他にはそういった傷を治す効果を持つ霊譜を使用することだが、運悪くレンはそういったものを所持していない。

 つまり、かなりの危機的状況だ。

 

「畜生……!」

 

 レンは無力感に苛まれる。

 やっと夢だった葬奏者になれたのに、自分の力は全く通用せず、自分を守ってくれた少女を救うこともできず、無骸霊(ムクロ)になす術なく命を奪われるということがとても悔しい。

 

 項垂れるレンを見下ろす“怪獣”はゆっくりと五指を広げ、鋭利な爪をレンとイノリに向ける。あとほんの数センチでふたりは無残にも切り刻まれることとなる。

 そして“怪獣”は右腕を天に向かって上げ、まっすぐふたりに目掛けて振り下ろした。

 

 ※

 

 レンは恐る恐る目を開ける。

 目の前に広がるのは闇だ。

 完全なる虚無が一面に広がっており、ただただ無音で身体の芯まで凍てつくような冷たさで満たされている。

 レンは周囲を見回すが、先ほどまで抱えていたイノリはどこにもおらず、存在するのは自身のみだ。

 

「……なんだここは?」

 

 レンは焦りを覚える。

 一刻も早くあの無骸霊(ムクロ)を倒さなければならないのに。

 そうしなければ彼女の命も奪われることになる。

 

 しかし出口がわからず、レンはただ立ち尽くすことしかできない。

 

 

 ――力が欲しいですか?

 

 声がした。

 女性の声だ。知っている人によく似た、どこか神秘的な音色だったが、同時に無機質的でもあった。

 

 声は全方向から伝わり、声の主がどこに居るのかわからない。

 

「何でもいい! 俺をここから出してくれ!」

 

 ――焦らずともすぐに戻れます。今はただ、こちらに身を委ねてください。

 

 声は全方向から、しかしその距離はゆっくりと近付いてくる。

 レンは周囲を見渡し、声の主を探そうとするが、いきなり真っ暗な世界に赤い光が満たされ、レンは咄嗟に目を瞑る。


「……?」


 ゆっくりと目を開くと、彼のすぐ目前に炎の塊が浮かんでいた。

 それは赤黒とも呼ぶべき、昏い色で、レンはわずかに不安を覚える。

 

「それに手を触れてください。そうすればあなたは本当の力を引き出すことができます」

 

 さぁ、という声に導かれ、レンはゆっくりと赤い炎に触れる。

 すると瞬く間にその炎はレンの全身を飲み込んだ。

 

「――――ッッ!!??」

 

 熱い。

 痛い。

 苦しい。

 声にならない声を上げるレンの意識が遠のく。

 

「それではこの天蓋(クラウド)の先へ進んでください」

 

 薄れゆく意識の中でその言葉は呪詛のように思えた。

 そしてレンの肉体も精神も焼却され、虚無の世界に溶けていく。

 残るのは灰だけだ。

 

 ※

 

 “怪獣”が腕を振り下ろすと凄まじい衝撃が生まれ、土塊や小石が跳ね上がり、粉塵が舞い上がる。“怪獣”の貫手(ぬきて)が貫いたのは大木の幹であり、そこに肉塊となった少年と少女は居ない。

 本能的に“怪獣”が木の幹から腕を引き抜き、その場を離れて周囲を確認する。

 一体どこに消えたのかと、深い闇に包まれた森を駆けるが、

 

 突然“怪獣”はその場に倒れ込んだ。

 ゆっくりと身を起こすが立ち上がることができず、足元を確認すると、両足が膝下から存在していなかった。しかもその断面は何かで焼かれたのか炭化しており、すぐに再生するのが難しい。


 続けて“怪獣”の視界の端に赤い光が見えた。

 目で追うと、それは赤黒い炎だとわかった。

 正確には赤黒い炎を纏う“幽鬼”だ。黒い上着が風ではためき、揺らめくその姿は“亡霊”そのものに思える。

 そいつは意識を失った葬奏者の少女を左腕に抱えて森の中を縦横無尽に疾走している。

 何よりも異質なのは、魂とも呼ぶべき霊核には負の霊子が循環している。それは意識を失っている葬奏者の少女のような生者ではなく、無骸霊(ムクロ)の生態的特徴だ。


 それは紅い炎を瞳に揺らめかせて“怪獣”を見据えている。

 そこには怒りも憎しみも悲しみもなく、ただ虚ろなだけだ。


 “怪獣”はとにかくその場を動くために、膝下の再生を両足ではなく右足を優先してリソースを回し、なんとか右足は元通りにすると、片足で地面に強く踏み込み、急いで“幽鬼”から距離を取る。

 時間を稼ぎ、もう片方の足も再生させるという判断だ。

 当然片足なので一度に移動できる距離も速度も大幅に制限されるが、僅かな猶予さえあればどうとでもなる。


 その筈だったが、

 

「――――」

 

 背後、至近距離で微かな息遣いがあった。


 それは“幽鬼”のものであり、咄嗟に振り返ると、既に彼は赤黒い火炎を刃に纏わせた大剣を振り上げているところだった。

 速い、どころではない。それは最早瞬間移動と遜色ない。

 

 振り下ろされる大剣を“怪獣”は身をひねり、咄嗟に放った貫手で迎え撃つ。

 しかしその瞬間、“幽鬼”は“怪獣”の視界から消えていた。

 そのため貫手は虚空を穿ち、

 

「――――」

 

 再び背後から“幽鬼”の微かな息遣いがあるのを知覚した。

 それに続き、“怪獣”は肩口から両腕が断たれていることを理解した。

 

「――――」

 

 吐息は続く。


 遂に大剣の刃先が“怪獣”の胸に届き、横一文字に切り裂いた。

 直後、爆炎が内側から生じ、“怪獣”を飲み込んだ。

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