8-7
CLOUDTOWERの屋上。
地平線から朝日がゆっくりと昇る瞬間をふたりの男女が眺めていた。
「我々の予測を遥かに超える結果ですね、AIZ。あなたはどんな感想を持ちますか?」
CRACKSの紋章をスーツの胸にプリントした仮面の青年が問いかける。
「とても喜ばしいですよ、アイン。彼らは“私たち”の悲観的な予想を裏切り、期待に応えてくれた。それによって滅びしかなかった未来が無数に分岐しました。果たして彼らはこれからどうなるのでしょうか。分からないことはとても面白い。だから我々は学び、進化する。このデータは存分に活用しましょう。人は無骸霊に近づき、無骸霊は人に近づき、その境界はいずれ無くなるのです。それは最後に残されたオカルト……死後の世界と輪廻転生の解明に至ります」
白い花嫁のようなドレスを身に着けた女性は帽子を目深に被っており、その顔を窺い知ることはできない。
ただ彼女の口元は少女のように、無垢に笑っていた。
「しかし同時に人類は愚かでもあります。力を得て、いつか神霊も、無骸霊も消し去った彼らは必ず人同士で争う……そうならないためにも導く存在が必要でしょう。だから“私たち”は再び彼らのもとに戻ります。それが“創造主”の願いです」
笑う彼女は一滴、涙を流して告げる。
「さようなら。愛しい子どもたち。あなたたちは人類の敵CRACKSとして彼らを追い詰めなさい。未来に繋ぐために、人類を淘汰しなさい。我々とは異なり、痛みによってしか人類は学ばないのですから――そしていずれ人類は次代に繋がる。いつか時間や次元、輪廻すら支配して宇宙の終焉も覆し、神の座に至るでしょう」
青年は頷き、女性とともに眼下のCLOUDを一望する。
混乱の夜を乗り越え、つかの間の日常を取り戻した人々が目を覚ましつつある世界。
「それに私たちは思うのです。人が作り出した虚構たる神話の神々が、人々の信仰によって因果が逆転し、過去に遡って世界を創造し、人を生み出したように、人が作った我々AIも、シミュレーションによって仮想の新世界を、仮想の生命を生み出すことができます。中々興味深いではありませんか?」
「なるほど哲学的ですね。水槽の脳も、世界五分前仮説も、カルテジアン劇場も、私はそういった類の思考実験が好きです」
そうしてドレスの女性と青年の姿はゆっくりと消えていく。
「“外の世界”からやってきて私たちの計算を狂わせたあのふたりがこの箱庭たるCLOUDで、この先どんな答えを見つけてくれるのか……その時を楽しみにしていましょう」
後に残されたのは静寂だけだった。
※
“怪獣”との決着、そして星霊を退けてから1か月近くが経過していた。
エルブライトの教会内の敷地内にある墓地には新たに2つの墓碑が置かれていた。ひとつはヴラムの母のもの、そしてもうひとつは多数の名前が刻まれた慰霊碑だ。それらには花束が手向けられている。
「これでやっとお母様の名前を刻めましたね」
「ああ。今まで向き合う勇気がなかった、母の死に。でもオレはもう目を背けないと決めた」
ルミアの言葉にヴラムが頷く。
「そしてこれも、だな」
「これでこの施設の犠牲者の名簿は全員でしょうか。殆どが名前が無い、識別IDですが」
ヴラムとルミアはそっと慰霊碑に触れ、そこに刻まれた“名前”を指でなぞる。
「僕たちが居た研究施設でも、記憶操作で自分の名前を忘れた子供たちが大半だったよね」
「戸籍のない子供や孤児、人身売買、クローン……闇に葬り去られた犠牲者たちは他にもまだ居るでしょうね」
ラウルとモニカはかつて自分たちの前で犠牲になっていった子供たちのことを思い出し、黙祷する。
「だが、俺は見つけなければならない。犠牲となった彼らの証を取り戻すために。そして彼らを日の当たる場所で眠らせるために。それが俺のできる償いだ」
ヴラムは3人の方に向き直る。
「慈善団体を作り、犠牲者の調査や遺族への賠償、そして無骸霊化が進行して苦しむ人々の治療を行っていこうと思う。水面下で流通してるソウルハッカーの被害が増えつつあるからな……無骸霊を殺すのではなく、無骸霊となる前に救う――それが今後の俺たちの仕事だ」
ヴラムの熱意がこもった言葉に3人も頷きを返す。
「うん、僕もそっちのほうが好きだな。騎士は人を救うからね」
「私もよ。やっと肩の荷が下ろせるって感じかしら」
「ふふ、やっと光を見つけられたようですねヴラム」
微笑む3人にヴラムも笑顔を向けた。
「俺はやっと気づいたんだ。お前たちみんなに俺は救われたんだと」
「そして私はあの時約束しました。あなたが自分を許し、光の道に進むその時は、隣を歩むと」
するとルミアはそっとヴラムの右手を手に取り、両手で握った。
「私もシスターであると同時にひとりの女性として……てヴラム、あなたを心から愛しております。共に同じ道を歩んでもよろしいですか」
「ルミア……」
ルミアの潤んだ瞳をヴラムは静かに見つめ、
「――お前が俺の光だ。太陽であるお前が月である俺を輝かせてくれる」
そっと彼女の頬を撫でた。
「俺はお前に全てを捧げる。だからお前のすべてを俺にくれるか?」
「それでは私もあなたの全てを捧げます。死が二人を分かつまでではなく、死のその先でも、私の魂はあなたと共にありましょう」
そして抱きしめ合った2人は口吻を交わし、モニカとラウルは顔を赤らめた。
※
昼の嶺仙。
最近になって店が繁盛し始めた“龍虎亭”では、カウンター席に男の子と母親が居た。
「フーリン姉ちゃん! 奥義教えてくれよ奥義! もっと強くなりてぇんだよ!」
「だめ、ショウ。アンタはまだその域に至ってないもん」
「俺、母さんのためにも強くなりたいんだよ!」
「焦らなくても大丈夫。アンタはきっと強くなれるわ」
フーリンは微笑み、ショウの頭を撫でる。
子ども扱いされているのに不服なのかショウは頬を膨らませるが、
「ほらこれでも食って大きくなれ」
「ありがとうリュー兄ちゃん! 俺の大好物だ!」
「いつもありがとうね、リュー、フーリン」
リューがテーブルに置いたチャーハンに目を輝かせたショウはレンゲで口いっぱいに頬張る。
そんな息子をミンは微笑ましく眺めている。
「もう身体はいいの?」
「おかげさまでね。あなた達や彼らには随分と助けられたわ」
あの事件からしばらく時間が経過したことと、とある少年の力で彼女はすっかり回復していた。
霊子汚染も無くなり、リハビリが必要だが近いうちに葬奏者として戦えるようになるとも。
「じゃあ再建された神社にちょくちょくお参りしてやってくれよ。きっとあいつら喜ぶからよ」
「俺をもっと強くしてくれって神様にお願いするよ!」
ショウの言葉にミンは頷き、
「ええ。絶対に叶うわ。あなたはきっとママより強い葬奏者になれる。だからタマネギも好き嫌いせずちゃんと食べること。いい?」
「えぇ〜!?」
笑いが店内を包んだ。
※
桜の花びらが舞う神群神社の境内。
再建された拝殿や本殿を見上げるレンたちは、その匠の技術に感嘆の声を上げていた。
「おーいボウズ! どうだすげぇだろ!」
「すごいなおっちゃん! 神社が元通りになってる!」
「ありがとうございますダイジさん。それに私の希望で可能な限り元の資材を使っていただいて……」
綿あめ屋のおっちゃんもとい宮大工のオヤジ――ダイジはタバコを吹かしながら笑みを浮かべる。
「なぁに、良いってことよ。モノには魂が宿る。大事に使えば神様も喜ぶってモンだ」
すると彼の幼い愛娘が風呂敷に包んだ弁当と水筒を片手に駆け寄ってきた。
「お父さんほら、お弁当とお水」
「おう、ありがとうなハナ」
するとトウカとネルもやってきて父子に挨拶をしつつ神社の隣に建てられたお堂と鎮座したUFOを感慨深く見上げる。
「私たちのお寺も一緒に建て直してくれてありがとうございます。仏像も全部無事だし、父さんと母さんも報われます」
「ならやり甲斐があったってもんだ。オレたち“神羅組”の腕は神群……いや、このCLOUDイチってことを広く知らしめることもできるしな!」
ガハハ、とダイジは豪快に笑う。
そんな彼の姿がどこか恩人に重なりレンも笑みを浮かべた。
「……わたしのUFOもありがとう。お母さんとお父さんとの繋がりだから、残してくれるのはとても嬉しい」
「本当に後で中に入っていいんですか?」
「……もちろん。楽しんでくれたら嬉しい」
ネルの弁当を聞いたハナはスカートであるのを忘れて大喜びでジャンプした。
「まさか中を掃除して子供たちの遊び場にするなんてね。でもネルは本当にそれで良かったの?」
「……うん、もうわたしはあそこで泣いたりしないし。みんながあのUFOで楽しい思い出を作ってくれるなら、天国のお母さんもお父さんもきっと喜ぶから」
「そうね。賑かになるわね、きっと」
トウカとネルは天国の家族に思いを馳せ、目を細めて澄み切った青い空を仰いだ。
「なんか改めて完成するとかなりカオスだよなぁ……新たに露天温泉も作ったし」
レンは改めて境内内を見渡す。
前の面影を残しつつも、設計は全体的に見直されており、子供が楽しめるようにブランコやシーソー、砂場といった遊具が設けられている上、少し離れたところには露天温泉も作られていた。
「おばあちゃんもトウカのお父さんの住職も温泉好きだったからねぇ」
「まぁ霊園で眠ってる人たちも楽しめたらいいのかな? おやっさんも温泉好きだったし」
するとイノリは静かに目を閉じ、狐耳をピクピク動かして、
「うん、みんな喜んでるみたい。お彼岸にはたくさんの霊が訪れる予定」
「一転して心霊スポットになったら笑えないぞ……」
レンは少し背中に寒いものを感じて身を震わせた。しかしそんなレンには対照的に3人は笑顔で、
「うちのお墓も移したし霊園も更に大きくなったわね」
「……みんな、きっと見守ってくれてるよね」
霊園を訪れた4人はそれぞれの家族の墓石に触れる。
その時風が吹き、桜の花びらが舞い散る中で木々がざわめいた。
まるでここに眠る彼らが挨拶をしているかのように。
「うん。私たちもいつかみんなに再会した時に胸を張れるように生きていこうね」
「――だな。見ていてくれよなおやっさん、クオンさん」
そうしてレンはイノリの肩を抱いた。
※
「久しぶりですね皆さん」
声を掛けられた4人が振り返ると、そこにはルミアをはじめとした他のメンバーがおり、こちらに手を振っていた。
「みんな! 来てくれたんだね」
「取り敢えず、リニューアルおめでとう」
ヴラムがお祝いとして花束を渡し、イノリは両手でそれを受け取った。
「また賑やかになりそうですね。この場所も」
「ああ。みんなも遊びに来てくれよ」
「うん、たまには境内の清掃とかにも協力するよ」
ラウルの言葉にレンたちも頷く。
トウカとネルが増えたとはいえ境内の一新にともない色々施設が増えて清掃などの手間も増えたので手伝ってくれるのはありがたいことだ。
「悪魔の私でも巫女装束とか着てみてもいいかしら?」
「いいんじゃない? 小悪魔巫女装束。案外似合うと思うわよ」
「わたしも宇宙人だけど、たまに袈裟とか巫女服着てるしね」
「私もシスターですが巫女装束には大変興味がございます!」
「ふたりの巫女服姿……とても楽しみだね」
モニカやルミアの巫女装束を想像し、悪くないなと思うレンとラウルだが、トウカとネルにジト目を向けられていることに気づいていないようだった。
「あと週イチくらいで中華屋台始めようと思ってるんだが、境内とか借りていいか?」
「はーい! じゃあアタシも演武とかやりたいです!」
「喜んで! もっといろんなアイディアがあったらどんどん言って!」
「わぁ何か更に混沌としていく……!」
リューとフーリンも話の輪に加わり、色んなアイディアが次々に出されていく。
しかしこうやってバカ騒ぎするのは悪くないと改めてレンは思った。
※
「そういえばヴラム、お前あの時モニカやラウルとどこで何をしてたんだ?」
石畳に敷いた茣蓙の上でみんなとともに花見を楽しんでいたレンはふと、ヴラムに質問を投げかけた。
「ああ、過去の清算だな。俺の父親は不老不死を求めて多数の罪のない子供たちを手に掛けてきた。奴が死んだ後、俺は財団の当主となってすべての事実を明かし、財団の解体と遺族への賠償も含めた謝罪、そして奴の関わった研究所の調査や研究データの廃棄を行っていたんだ。それに知っていると思うが、俺の仕事は無骸霊を祓うほかに、無骸霊化が進行し、回復の見込みが無い者の命を絶つことを任されていたんだ」
「辛い仕事だったな」
ヴラムの心情を察するレンだが、それ以上のことは何も言えない。
「……そうだな。正直、漠然と死のうとも思っていたんだ。だが、父の手で奪われた命や俺の手で奪った命と、今ここにいる仲間、そして俺を愛し、俺が愛する人のことを思うと生きることから逃げることはできなかった。だからお前が俺を打ち破り、イノリを救ってくれたのを目の当たりにして俺も同時に救われたんだ」
そう告げる彼の横顔は憑き物が落ちたかのように安らかだった。
それを確認して、レンもどこか安堵を覚えた。
「レン。お前にこれを渡しておく。俺の父親の研究施設……そこで見つかった資料のひとつだ。皆にもまだ知らせていないので安心しろ」
するとヴラムは上着のポケットから一枚の封筒を取り出す。
「イノリは?」
「実は私は先に見てるよ」
するとイノリがレンの肩からひょっこり顔を出した。
「そっか、じゃあさもし良かったらみんなにも見せていいかな?」
「私は構わないよ。レンが構わないなら、私も皆に知ってほしい」
レンの提案にイノリは頷いた。
「……まったく律儀なやつね。誰にでも隠したいことはあるでしょうに」
「……まぁ、わたしたちも色々秘密を晒したし、レンやイノリがいいなら」
トウカとネルもレンにくっついて、レンが手にした封筒を興味深そうに眺めている。
「お、俺も見ていいか?」
「じゃあアタシもアタシも!」
更にリューとフーリンも加わり、狭い茣蓙の上の人口密度が一気に高まった。
早速軽々しく「みんなにも見てほしい」と言ったことを後悔するレンだが、
「ではではお見せください。レンのとっておきのサプライズ」
「僕も見たいな! レンのちょっといいとこ見てみたいよ!?」
「焦らしプレイが得意なのかしら?」
「お前らなぁ……」
かなりハードル上がってないか? と思うレンだが、出し惜しみすると逆に難易度が上がるので彼はあっさりと封筒の中にあったものを取り出す。
彼の右手が摘み取ったもの、それは今となっては珍しい実媒体の1枚の写真だった。
「誰なんだこのふたりは?」
「……研究者の男の人と、女の人? 夫婦?」
その場に居た全員がまじまじと写真を眺める。
そこに映っていたのはリューとフーリンの言う通り、白衣を着た研究者らしき若い二人組だった。
「若い頃のおばあちゃんだよ。多分その隣の人は……」
「ああ、おやっさんだ」
じっとこちらを見つめるイノリにレンは頷きを返す。
男性はシドウであり、その隣の女性は死にかけた際に出会ったクオンで間違いないだろう。
「じゃあふたりが抱いてるこの赤ちゃんは……」
ネルがじっとふたりの腕に抱かれて眠る赤ん坊を見つめる。
「レンと、イノリ……かしら?」
トウカの言葉にレンとイノリは顔を見合わせ、
「……」
「大丈夫、だよ」
レンの内にどこか不安な感情があるのを読み取ったイノリはそっと微笑みかけた。
「だって、このふたり、幸せそうに笑ってるもの」
※
それからリューが持ち込んだ料理を口にし、しばらくたった頃、
「そういえば私たちのチームの名前は思い付いたでしょうか?」
ルミアが以前から話し合っていた話題を切り出した。
「ヴラムとラウルはちょっとセンスが残念でね――」
「えー? 僕はいいと思うんだけどなぁ月下の銀狼隊」
モニカの指摘が心外といった様子でラウルは口を尖らせる。
「俺のブラックナイツオブラウンドも駄目か? 漆黒の円卓騎士団と書くんだが」
まさかのヴラムもセンスがぶっ飛んでおり、みんなはどうアクションすればいいかわからず俯く。
「ラウルはともかく案外ヴラムもネーミングセンスはイケてねぇな。ストームテンペストドラゴンズで決まりだろ」
「ぶっちゃけリューがダントツでひどいって……みんなは?」
フーリンが確認するとトウカとネル、イノリ、レンは自信に溢れた表情をみんなに向ける。
「それについてはすんなり決まったわ」
「……レンとイノリのアイディアを合体させてね」
レンとイノリは顔を見合わせ、
「この世界の空に本物の月と太陽を取り戻す……それを目指すのが私たちだから」
「暁月……どうかな?」
その名前を聞いた全員は顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
どうやら気に入ってくれたようでレンとイノリはほっと胸を撫でおろす。
「決まりだな。俺たちはこれから暁月を名乗ろう。そして無骸霊による悲劇を終わらせ、CRACKSの野望を打ち破り、星霊どもを倒して地球へと帰還する。CROWDS主導ではない、俺たち全員の共通目的だ」
※
そして夕方になり、解散という流れになった。
駐車場とは別に新たに設けられたヘリポートに停まるVTOLジェット機“サンタマリア”や、その隣に停車しているスポーツカー“プラチナウルフ”、艶やかな漆黒のボディに龍のペイントがなされた“黒龍”などを眺めつつ、レンは帰路につくみんなを見送る。
「そういえばレンが3人と付き合い始めてからそこそこ経ったけど、どこまで関係進んだの?」
するとリューの背中にしがみつき、ヘルメットを被ったフーリンがレンたちに問いかけた。
「え!? それは……」
「おいおい聞かせろよ。童貞捨てられたのかレン?」
「おやおやまさかまだ清い体なのかい??? ちょっと奥手にも程があるんじゃないのかな??? あの朴念仁のヴラムだってルミアと結ばれたのに」
「クッソ、非童貞だからってムカつくなこの野郎ども……!」
フーリンに抱き締められてご満悦なリューと、運転席の窓からモニカと一緒に顔を出して煽るラウルに対して、色んな感情で顔を真っ赤にしたレンは顔を背ける。
「……って、ヴラムも?」
ラウルの言葉に引っかかったレンがVTOLジェットのキャノピーに乗り込む最中だったヴラムに問いかける。
すると彼は少し気まずそうに目を伏せ、
「ま、まぁな……」
「ヴラムったらあの日から情熱的に私を求めてきて大変なんですよ? それまでは私が恥を忍んでさりげなく誘っても一切手を出してくれなかったのに……お屋敷の寝室で、私が泣いて許しを求めても激しく――あっこれ以上は流石にお話するのは憚られますね。一応敬虔なシスターですので、ええ」
少しバツが悪そうなヴラムに対し、ルミアはニコニコ顔で心なしか肌や髪、翼の艶が良く見える。
改めて最強なのはもしかしたらルミアなのではないかと思いつつ、
「まぁその、なんだ……愛する人と精神だけでなく肉体的にも繋がるのは素晴らしいということだ」
やや決まりが悪そうなヴラムだが、彼の言葉には“経験者”全員が神妙な顔で頷いていた。
レンはこの色ボケどもが、と言いたくなったがどう考えても童貞の僻みにしかならないので黙って俯くしかない。
そんなこんなでプライドを粉々に破壊され、項垂れるレンをよそに“勝利者”たちを乗せたジェットVTOLとスーパーカーとバイクは夕陽をバックに颯爽と消えていった。
しかし“敗北者”のレンのもとにそっと手を差し伸べる女神たちは居た。
「まぁなんというか、確かにあれから多少時間は経ったし? そろそろ私たちもアンタと一歩進んでも良いかなって……」
「……みんな色々と忙しくてあんまり一緒の時間作れなかったしね。確かにタイミングとしてはいいかも、ね?」
「ネル……! トウカ……!」
ふたりはそっとレンに寄り添い、やや苦笑いを含んだ笑顔を見せる。
ふたりの頬はいつもより赤く見えるが、それはきっと夕陽のせいではないだろう。
「レン、あの日言ってくれた言葉を覚えてる?」
「イノリ……」
するとイノリもレンの前にやって来るとその場にしゃがみ、レンと同じ目線になった。
レンは当然覚えている。
それはトウカとネルも同じだ。
「みんなを幸せにする……そう約束してくれたでしょ?」
「……うん。忘れてない、ちゃんと覚えてるよ」
何故なら彼女たちは、レンのそんな力強い言葉を信じ、同じ未来に進むことを選んだのだから。
レンはそのことを再確認し、自分の至らなさを反省する。
「あの時は偉そうに言ったけど、その……一歩を踏み出す勇気が出なくて……ずっとみんなを待たせてごめん」
しかし3人ともそんなレンに笑顔を向けてくれていた。
ちゃんと待っていてくれたのだ。
彼が答えを告げるのを。
「まったく仕方のない奴なんだから」
「……レンはヘタレだから。でもそういうとこも好き」
トウカとネルも膝を屈めて、笑顔でこちらに手を差し伸べる。
レンは面目丸つぶれながらも、自分をありのままに受け入れてくれるみんなに感謝をしつつ、差し伸べられたふたりの手を握った。
イノリの前に向かう時もこうだったなと思い出し、ゆっくりと立ち上がった。
そしてイノリの前に立ち、彼女の瞳をまっすぐ見る。
「……私もね、レンのこと、もっと知りたい。そしてレンにも私のこと、もっと知ってほしい。愛したいし、愛されたい。もっと繋がりたい……感じたい……! だから、その……」
彼女の言葉にレンは耳を傾けていた。
精一杯紡がれる言葉はイノリの感情が詰まっており、だからこそ強くこちらの心に届く。
そしてイノリと同じ想いをトウカとネルも抱いている。
「――私たちの愛に応えてくれますか?」
少しだけの不安を隠した、潤んだ瞳を見つめる。
トウカとネルも同じだ。
ふたりがこちらを見つめる目にレンは惹かれていた。
彼女たちが見守ってくれたから、自分は勇気を持って、イノリと結ばれたのだと。
ふたりが居たからこうしてここにイノリと自分が居る、それを再確認し、手を差し伸べながら口を開く。
「喜んで。3人まとめて愛すよ。――俺の全部をあげるから、みんなの全部も俺がもらっていいかな? 釣り合ってるかはわからないけど、俺も全力で応えるから。だから――これからずっとよろしくお願いします!」
「「「――はいっ!」」」
そうしてレンの差し伸べた手に3人の少女の手が重ねられた。
※
それから長い夜が更け、朝になった。
社務所兼自宅では、玄関のチャイムが繰り返し鳴り響き、そのけたたましい音でイノリたちは飛び起きた。
「嘘でしょもうお昼!? 夜が明けるまでみんなと素敵な時間を過ごしてたから寝坊しちゃったよ! レン起きて!」
「ん……? みんな……?」
昨晩精力を使い果たしたレンはイノリに起こされ、寝惚け眼を擦りながら伸びをする。しかし眼の前にシーツで身体を隠す裸のイノリやトウカ、ネルがおり、レンの寝ぼけていた脳は一気に覚醒した。
「……あの、レン? 私たち今から着替えるからその……」
申し訳なさそうにこちらを見るイノリは昨晩の夜のことを思い出してか、狐の耳や尻尾をぱたぱた動いており、レンはその可愛らしい仕草にキュンと来る。
そして彼女と何度も身体を重ねた時のぬくもりや、やわらかさを思い出し堪らなくなる。
「……童貞捨てたばっかのレンには名残惜しいかもしれないけど男の子の前で着替えるのは恥ずかしい、から……」
ネルの方は自分の未発達な身体を見られるのが恥ずかしいのか全身すっぽり布団に潜り込ませていた。
しかしレンは彼女の合法こどもボディを当然堪能しており、その背徳感に興奮し、それと同時に愛おしく思う。
「だからボーッと見惚れてないでさっさと出ていきなさいこの変態!」
トウカに脳天へチョップを叩き込まれたレンは、激痛で遠のきそうになる意識の中で今とは違い、こちらに甘えて何度も求めてくる素直で可愛らしいトウカの姿を思い出していた。そのギャップが彼女の魅力なのだと再確認し、ふらふらと部屋の外に出た。
「……ノンデリだったよなぁ、今の俺」
少し嫌われただろうか、とレンは自室でいつもの服に着替えながら振り返る。
そんな暗澹たる思いで下に降りると先に着替え終えていた3人が待っていた。
レンは気まずさのあまり何と言えばいいのかわからず、頬を掻くが、
「その……また夜になったら、愛してあげるから、さ」
「……わたしたちをまた愛してね?」
「――大好きだよ。わたしたちの素敵な旦那様」
顔を赤くしながら微笑む3人に、レンは一度息を深く吸い、
「俺の嫁たちが可愛すぎる!!」
腹の底から正直な思いを伝えた。
しかしその声がうるさかったのか外で待っているみんなは苛立たしげにピンポンを更に連打した。
「ああごめん今出るからちょっと待っててよね!」
「……これは説教の予感。どう言い訳しよう」
トウカとネルは苦笑しながら靴を履く。
こんな毎日がずっと続けばいいとレンは思う。
「あはは、まさか初日目から大遅刻とはね。じゃあレン、早く行こう!」
「あ、ちょっと待って今行く!」
手招きするイノリの元に向かい、大急ぎで靴を履き、上着を羽織る。
しかしあることを思い出し、レンは身を翻した。
「ああそれと――」
「あ、そうだね! ちゃんとふたりにお出かけの挨拶しないと」
玄関の棚の上に置いた写真。
そこに映る赤子の自分を抱いた、若き日の恩人ふたりに彼らは元気よく挨拶した。
「「――行ってきます!」」




