8-3
「全く……もう少しまともなアドバイスくれよな……!」
意識を取り戻したレンはゆっくりと身を起こす。
「「レン!」」
声がし、上の方を見ると、泣き笑いのトウカとネルがこちらを見ていた。
約束を守り、来てくれたのだと知ったレンは勇気が湧き、思わず笑みをこぼした。
レンの前に立ち塞がるイノリもゆっくりと顔を上げる。
しかし今の彼女に敵意は感じられず、その瞳にも感情が宿っているように見えた。
それは悲しみの感情だ。
自我を失ってしまっているはずのイノリが涙を流してレンを見つめていた。
「――なぁふたりとも。俺が気を失っててイノリはその間何してた?」
そう問いかけるとふたりはきょとんと顔を見合わせ、
「……ずっとアンタを静かに見下ろして、アンタの傷口に霊子を集めてたわ。自分が傷つくのも構わずに、純霊子をね」
「……わたしたちにも攻撃してこなかった。まるで何かに耐えてるみたいに」
「そうか……」
確かに自分の体を確認するが、命に関わるレベルの深刻な傷はある程度治癒している。
レンはふたりに頷き、ゆっくりと立ち上がるとイノリに向かい合う。
こうして間近で彼女の顔を見つめると理解できた。
彼女の瞳の奥に誰も傷付けたくないという思いが宿っているのを。
未だイノリの自我は残っており、苦しみながらも抵抗を続けているのだと。
「イノリ、俺が今からキミを苦しみから解き放つよ。だからもう少し待っててくれよな」
レンは俯くイノリの手を取った。
するとイノリは何か口を動かし、そっとレンの手を握り返す。
しかしその冷たさの中に、わずかにぬくもりを感じ取った。
それは紛れもない、イノリの命だと思った。
「よし、トウカ! ネル! 力を貸してくれ!」
ふたりが顔を見合わせて頷き、足場からジャンプするとそのままレンとイノリの隣に着地した。
「せっかくお前らをキャッチしようと身構えてたのに……」
「あれくらいの高さなら霊子シールドで衝撃を吸収し切れるから問題ないわよ」
「……それに一応キミは死にかけてるんだから自重して」
ネルに改めて指摘されるとレンは急に意識が遠くなりかけた。やはり出血が多く、血が足りないのだろう。
取り敢えず気合を振り絞って持ち直した。
「で、これからどうするの?」
「……何か勝機はあるんだよね?」
「当然。なんせ臨死体験でちょっとあの世に行ったときに色々俺の秘密兵器を教えてもらったからな。だからふたりにも付いてきて欲しい」
どういうこっちゃと頭に疑問符を浮かべたトウカとネルが顔を見合わせる。
「……まぁレンを信じてわたしたちも一緒に行くよ」
「アンタひとりだけだと不安だしね」
ふたりはやれやれと言った様子で肩を竦めつつ応じる。
そんなふたりをレンはありがたいと思いつつ、イノリに向き合った。
彼女はじっと、レンを見つめていた。
「――イノリ、今からキミのところに行くよ」
レンは念じる。
自分の本当の力を。
イノリを救う力を。
自身の魂に刻まれた、その真の名は。
「――紅蓮葬火!」
直後、レンから発せられた青い炎が一帯を包みこんだ。
レンの姿はあの“幽鬼”とよく似ていたが、違う点がひとつあった。
それは炎の色が青白いということだった。
彼が抱きしめるイノリはもちろん、そのそばに立つトウカとネルもその炎に包まれるが、
……あたたかい。
身を焦がすような熱ではない。
寧ろ人肌のような、安心するあたたかさがあった。
それはレンに包まれているようで、トウカとネルは思わず目を閉じる。
まさに夢心地のような気分で、レンやイノリとともに、ふたりの意識は遠のいていく。
※
闇の中、レンは俯くイノリと向かい合っていた。
そしてふたりの姿をトウカとネルは少し離れた位置で見守っていた。
おそらくここは現界と霊界の狭間の境界だろう。
しかし拡張空間が存在するような負の霊子に満たされた場所ではなく、更に高次の正の霊子に満たされた場所のようでトウカとネルは息苦しさを感じることなくそこに存在していた。
「レン……」
顔を俯かせたイノリが愛する人の名前を呼ぶ。
その姿は無骸霊の面影を一切残さない、いつも通りのイノリの姿だった。
「イノリ……やっと俺の声が届いたんだな」
泣き顔のイノリに笑いかけるレンはそっと彼女を抱き締めた。もう二度と離さないように、しっかりと力強く。
「……俺、思い出したんだ。あの日、キミが倒れてしまった時、俺はキミを蝕む霊子を灼き尽くそうとしていたんだよ。あの時、俺の声は届かなかったけど、こうして今やっと俺の言葉を君に届けることができたんだ」
イノリは覚えていた。
あの日の自分が、彼の体温に包まれて、苦しみを取り除いてもらっていたことを。
そのおかげで少しだけ命の猶予が得られたことを。
「イノリは自分が消えれば全部救われるって思ってるだろうけどそれは違うよ――みんな救われない。だから俺もトウカもネルもここまで来たんだ。ルミアやリュー、フーリンも協力してくれて、ヴラムを倒して、ラウルもモニカも本当はイノリが救われることを望んでて――」
イノリは静かに涙を流す。
それだけ多くの人たちが自分を想ってくれていたことを。
生きていて良かったと、心から思う。
でも、
「――ごめん、レン。私はそっちには戻ることはできない」
イノリは拒絶し、レンの体をそっと押し飛ばす。
「イノリ……」
レンは自身の胸をぎゅっと抑える。
「さっきも言ったでしょ? 私は生きていちゃダメなの……私は無骸霊で、人類の敵だから……」
告げると同時、イノリの姿は半分異形化した。
片角に片翼の、触手のような尾を生やした彼女は唇を噛み締めて続ける。
「それに私はこれまで、ヴラムたちみたいにたくさんの無骸霊になった人たちを天国に送る仕事に携わってたの。途中で耐えられなくなって辞めてしまったけど……だから、そんな中途半端で、たくさんの人の命を奪った私が、救われて幸せになったらいけないの……!」
「イノリ……」
俯き、体を震わせて嗚咽する少女になんと声を掛ければいいのかレンにはわからなかった。
それはトウカとネルも同じで、親友であるふたりもその過去は知らなかったのだろう。
ふたりの顔も曇り、ぎゅっと自身の体を抱き締めている。
しかしレンは覚悟を決め、俯くイノリに近づくと、力強くその身を抱き締めた。
「――全部俺のせいだ」




