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7-9

 あの日から彼は死んでいた。

 母親の命をこの手で奪い、父親が裏で行っていた数々の非道を知り、然るべき形であの男を裁こうとしていた矢先に事故であの男は息絶え、復讐は成し遂げられず、無骸霊(ムクロ)となった人々や家族、友人に請われ、それに従い彼らがまだ人間としての理性を残しているうちに命を奪った。

 そして糾弾され、裁かれるべく遺族のもとに赴き。

 

「――私の家族を、人として逝かせてくれてありがとうございました」

 

 違う。そんな言葉を聞きたいんじゃない。

 誰かこの俺を裁いてくれ。

 心臓を杭で穿ち、地獄の業火で焼いてくれ。

 そうすれば俺の罪は贖われ、俺の魂は母の元に行けることを許される。

 

「ごめんなさい。私のせいであなたを苦しませてしまって」

 

 無骸霊(ムクロ)となる前、

 誰もが、そんなことを言う。

 

 だから彼は死ぬことができなかった。

 ずっと闇の中を彷徨い歩いていた。

 

 いつまで続く?

 この苦しみは?

 この夜はいつ終わる?

 

 不夜城の吸血鬼を殺す者はいつ現れる?

 誰か俺を裁いてくれ。

 

 ※

 

「助けてくれ我が息子よ……その怪物を早く殺して私を助けてくれ……」

 

 消え入りそうな男の声があった。

 

「頼む……どうか父である私を……」

 

 それはまさしく死に体だった。

 無骸霊(ムクロ)に半身を喰われ、皮を剥がされ、焦がされ、なぜまだ生きて、話せているのかわからないほどになった人間の残骸。

 ふと、それを貪っていた無骸霊(ムクロ)がこちらを見、静かに跪く。まるでそれは審判の時を待つかのように。

 

「わかっているだろう、お前も」

 

 ヴラムの声は自分でも驚くほど冷たい。

 

「お前の魂は永遠に地獄の劫火で焼かれて苦しめ」

 

 怪物がびくりと硬直する。

 

「決してお前は天界に至れない。それに生まれ変われるなどと思うなよ――バケモノ」

 

 怪物の唯一残った片目が飛び出せんほどに見開かれる。

 

「しかしせめてお前が無骸霊(ムクロ)になったら俺が介錯してやる。それまで精々苦しめ」

 

 怪物が汚染霊子の赤黒い炎に包まれ、無骸霊(ムクロ)に変貌を開始し、

 

「ヴラムゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウ!!!!」

 

 そして壮絶な断末魔は途絶えた。

 

 ※

 

 固く閉ざされた扉を開ける。

 

 施設内で研究対象となっていた大量の無骸霊(ムクロ)が暴走し、多数の研究者を殺したことで放棄され、闇に葬られた研究所。

 

 不老不死を求めた男はここであっけなく無骸霊(ムクロ)に喰われ、不老不死の研究の副産物によって簡単に死ねず、長く苦しみながら無骸霊(ムクロ)に変貌し、消滅させられた。

 それについては全く何も感じなかった。

 悲しみも喜びも、怒りも、何もなく、ただあるのは虚しさだけだった。

 

 そしてあの男を喰っていた無骸霊(ムクロ)は本来意思が無いのにも拘らず、あの男の末路を見守り、そして全てが終わると自らヴラムに首を差し出し、祓われた。

 

 そして、

 

 その中を徘徊する無骸霊(ムクロ)を殺すため、彼はひとりそこに赴き、数え切れないほどの無骸霊(ムクロ)を殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺して殺して殺して殺して殺して殺し続けて、自分の心も殺して、辿り着いたのはこの最深部に隠された部屋だった。

 

 後に読んだ報告書だと、この部屋は無骸霊(ムクロ)に家族を殺された孤児を集め、魂に刻まれた星霊の因子――霊核を別のものに替える実験をしていたということだった。

 

 そこに居たのは痩せ細り、ボロボロになった衣服を纏い、怯えた目を向ける少年と少女だった。銀髪の少年は狼の耳と尾を持ち、獣のように唸ってこちらを威嚇しながら隣の少女を庇っていた。庇われてる緋色の髪の少女は悪魔のような角と翼と尾を生やし、少年の後ろに隠れて震えていた。

 

 どちらも自分と変わらない歳の幼い子供だった。

 

 彼らが一体ここでどんな扱いをされていたのか。

 これまでに見てきた子供たちの躯の数で理解できた。

 

 そして隠された部屋の深奥、叫びながら走ってくる金髪の少女が居た。天使の翼を生やした彼女はナイフを手にし、涙を流しながら迫ってきた。

 しかし彼は抵抗せず、手にしていた武器を捨て、両腕を広げてそれを受け入れた。

 

 それはまさしく吸血鬼の胸を貫く銀の杭に見えた。

 胸を貫く銀色の刃の冷たさと己の血の温かさ、そして鋭い痛みに、彼は初めて笑った。

 

 安堵した。

 

 これでやっと醜悪な怪物である男の血をこの身から消し去り、母を殺した罪を贖い、母の元に行く事が許されると。

 

 それなのに目を覚ますと彼は生きていた。

 

 病院のベッドに寝かされ、その隣には同じようにベッドで眠る自分を刺した天使の少女と狼の少年と悪魔の少女が居た。

 目覚めた彼は少し年配の、ソラスという葬奏者のシスターから何があったのか聞かされた。

 

 あの天使の少女が、胸を刺されて気を失った自分を抱きしめ、泣きながら助けを求めていたと。

 

 全ては偶然だった。

 

 偶然、施設のそばを通りがかっていた彼女が、偶然複数の無骸霊(ムクロ)の反応が消失したのに気づき、中に入ったところ自分たちを見つけていたと。

 そんな偶然に彼は命を救われ、

 

「……なんで死なせてくれなかったんだ」

 

 その1年後、彼は面会を許され、教会で彼らと再会した。

 

 彼らはCROWDS(クラウズ)内において高い権力を持っていた父親が犯した罪に対して、表向きは賠償という形で強制的に豪勢な屋敷と不自由のない生活を与えられたのだという。

 もちろんそれは口封じだと、幼い彼らは理解していただろう。

 ニュースでもそれは報道されず、すべては闇に葬り去られた。

 だからこそヴラムは改めて、彼らに裁かれようと会うことを決めていた。

 

「俺の父親はお前たちをあの施設に閉じ込め、多くの非道を行った。そしてお前たちの仲間が大勢、無骸霊(ムクロ)にされた。そして俺も、無骸霊(ムクロ)となったお前たちの仲間を殺した――だから俺は殺されようとした。お前たちに裁かれたかったんだ」

 

 彼らは何も言わず、ただ静かにヴラムの懺悔に耳を傾けていた。

 

「なんで俺は生かされている」

 

 ヴラムの問いに答えるものはいない。

 

「――なんで彼らじゃなくて俺が生かされたんだよ……!」

 

 遂にヴラムは泣き崩れ、赦しを乞うかのように床に蹲った。

 赦されるはずがないと理解し、それを願うことすら罪だと知っているのに。

 

「僕たちはキミに救われたんだよ。だからここに居る。キミの罪をともに背負おうヴラム。キミは僕たちの主君だ」

 

 騎士となった狼の少年――ラウルがヴラムの肩に手を乗せていた。

 

「あの暗闇でただ静かに死を待っていた私たちはあなたによって救われたの。あなたは闇を照らす光よ」

 

 魔女となった悪魔の少女――モニカがヴラムの手に自らの手を重ねる。

 

「私はあの時、復讐心に駆られ、あなたを殺そうとしました。でもあなたは一切の咎が無いにも拘らず、父の罪を己の罪として、それを受け入れました」

 

 そしてシスターとなった天使の少女――ルミアがゆっくりとヴラムの元に近づき、跪く。

 

「私は自らの過ちを理解しました。あなたのような正しい人を殺めてしまうところだったと」

 

 涙を流すヴラムの頬を彼女はそっと撫でる。

 

「私は己の罪と向き合い、神の教えに従い、この教会で祈ります」

 

 彼は目の前の少女にかつての母親の面影を重ね、また涙を流す。

 

「いつの日か、あなたがあなたを許し、救われることを」

 

 そうして彼女は彼の首に十字架のネックレスを掛けた。それはヴラムにとって罪の証であり、救いとなった。

 

 それから彼らはいつも行動を共にするようになった。

 自分の元から去り、こんな汚れ仕事をせず、表の世界で活躍できる葬奏者になれと何度繰り返し言っても彼らはそれを聞き入れず、進んで己が居る闇の世界に居た。

 

 死後から長い時間が経ち、魂に保存された人だった時の記録が消え、記憶も人格も失い、ただ人を殺すためだけに存在する怪物ではなく、望まず怪物となってしまった人々が、本当に怪物となる前に祓い、人として天に送る汚れ仕事。

 

 ルミアはチャプレンとして、無骸霊(ムクロ)化が限界にまで達し、回復する見込みがなく、死を待つ人々が、最期を迎えるその時まで寄り添い、彼らの魂が天に昇れるよう祈る仕事を。

 

 そして人間としての生が終わり、無骸霊(ムクロ)化した患者をラウルとモニカが抑え込む。

 

 最後にヴラムが苦しみを与えないよう一瞬で無骸霊(ムクロ)を祓う。

 無骸霊(ムクロ)になった直後であれば、生前の姿のままの綺麗な遺体が残ることが多く、その顔は皆不思議と安らかだった。

 

「――ありがとう」

 

 まだ幼さゆえに何も理解できず、眠る父親の頬を無邪気に叩く元気な子供を抱き、ハンカチで口元を押さえる女性は、

 

「ありがとうございます。私の夫はあなたたちのお陰で誰の命も奪わず、安らかに旅立つことができました」

 

 すやすやと眠る赤ん坊を抱きながら眠る女性の傍らに寄り添い、その頬を撫で、肩を震わせる、真面目そうな若い男性は、

 

「妻を美しいまま眠らせてくれてありがとう。君たちのお陰で赤ん坊を彼女に抱かせることができたよ」

 

 年配の、少しやつれた様子の女性は、眠っている若い男性の前髪を撫で、

 

「葬奏者だった自慢の息子が、守るべき人々の命を奪う前に、苦しみから解放していただきありがとうございました」

 

 そして何故か今更思い出す。

 自分があの日母親の胸を貫く瞬間。

 もうとっくに人としての姿も記憶も人格も無くしていた筈の彼女が何と口にしたのか。

 

 ――私を苦しみから救ってくれてありがとうヴラム。あなたの母親になれて私は幸せだった。ずっとあなたのそばで見守ってるわ。

 

 ※

 

 そうして。

 

 彼を閉じ込めていた礼拝堂は崩れ落ち、血は流れ去り、彼を守っていた死想ノ聖母(メメント・モリ)は血の外套を脱ぎ捨て、美しい天使の姿となって天に昇る。

 

 一筋の涙を頬に伝わせたヴラムはその姿を名残惜しそうに見上げ、手を伸ばそうとし、しかし手を引いた。

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