7-4
「……は?」
レンはぽかんと間抜け面を晒す。
確かにCLOUDでは人口回復政策の一環として一夫多妻制は認められている。
しかし当然そのハードルは高く、家族全員が円満で、子宝にも恵まれ、経済的にも不自由をさせないこと……つまり誰もが認める超絶甲斐性持ち夫であることが求められる。
一方でルミアはあらあらまぁまぁと、ものすごくニコニコしながら心底ご機嫌な様子だった。
「それでは服を持って来てます。すぐに着替えてください。手で目を覆っていますので」
色々じっくり詳しい話を聞きたいが、時間が無いためそれはイノリを助けた後だ。
レンはせめて公衆トイレなどひと目がつかないところで着替えたかったが、運悪くそういった場所は近くになかったのでひとまず路地裏に入って着替えることにする。
「見るなよ? 絶対に見るなよ?」
3人が頷くのを確認したレンはみんなに背を向け、拘束衣を脱ぐ。
「……ぐへへ。中々兄ちゃんいいカラダしてんねぇ」
「……ま、まぁ前にも見たけど見苦しくはないわよね。まぁ、もうちょっと筋肉つければ?」
思いっきり全員ガン見していた。
「指の間からめっちゃガン見すんなよお前ら! っていうかルミアも見てるし!」
「あらあら失礼いたしました。一応表向きはヴラムの側なので……つまりあなたが過ちを犯さないように監視をしているのです」
「こ、こいつ平然と自分の立場を都合よく変えてやがる……!」
意外とこのシスターは強かなようだ。
もう色々と諦めたレンは心を無にして肌を晒し、いつもの私服に着替える。ルミアの方でクリーニングもしてくれたらしく、ナノマシン繊維では実現できない新品同様の仕上がりになっており、レンは彼女の気配りに感謝する。
「で、俺の武器は……」
「心配せずともちゃんとここにあるわよ。パクってくるのに苦労したんだから感謝しなさいよね」
「……はい、これ。葬奏機が無きゃいくら何でも戦えないでしょ?」
ネルから自身の葬奏機――焔魂が差し出され、受け取る。
彼は改めてその重さを実感しつつ、
「ありがとうトウカ、ネル……っていうか少し握り心地が良くなったような……? なんというか、より自分に馴染むと言うか……」
「……実は秘密裏に回収した後、軽く中を調べてみたけどちょくちょくガタが来てる箇所があったから調整しておいた。ブラックボックスだらけで正直しくじったら全損するリスクもあったけど」
「なんかサラッととんでもないこと言ってるなお前ら……」
とはいえ不安は全くない。
レンはそれだけふたりを信頼していた。
「ネルの仕事は完璧よ、起動させてみなさい」
「……ああ、大丈夫だ。前よりも格段に良くなってる」
「……メンテナンスしてなかったでしょ? 自分の命を預ける葬奏機はちゃんと自分で手入れしないとね」
だな、とレンは素直に頷き、ひとまず拡張空間に焔魂を格納した。
「さて、これで準備はいいな」
トウカ、ネル、ルミアは頷く。
「……彼女は神群神社の地下本殿で最期の時……0時を待っています。もう時間は残されていません」
時間は18時となっている。これから多くの障壁が立ちはだかることを考えるとタイムリミットは僅かといえる。
「脱走者を発見! 拘束しろ!」
すると後方からレンたちの存在に気づいたセキュリティの人間が現れ、無線で応援を呼んでいた。ただでさえ忙しいときにふざけるなとレンは思いっきり舌打ちしたくなるが、彼らもそれが仕事なので仕方ないだろう。しかしやっぱり我慢できず、レンは彼らに殺意の籠ったガンをつけて舌打ちした。
「ひっ! 無骸霊もどきが美少女を侍らせてる上こっちを睨んで殺意飛ばしてガン飛ばしています! 至急応援を!?」
「指名手配犯のくせに美少女を侍らしてるだと!? 許せん! 矯正するぞ!」
するとパトカーに乗ったセキュリティが続々と集まる。
流石にこの数を突破するのは面倒だとレンは歯噛みするが、
「ここは私にお任せを」
ルミアがレンたちを庇うように前に出る。
かなりの数だが、ルミアはニコニコ顔を崩さず、レンたちにウィンクをした。
「任せたわよ!」
「……無事を祈ってる」
彼女の強さを知るトウカとネルはレンの手を握って急いでその場から走り出す。
「皆さん、必ずイノリを救ってください。世界すべての罪を贖えるのは神のみですから」
レンは一瞬、ルミアの顔に陰りがあるのを目にしていた。
それは彼女がずっと内心に秘めていた本当の心だろう。
腕を引っ張られるレンは彼女の言葉に頷きを返す。
「そしてヴラムもどうか救っててください。彼は本当は待ち望んでいるのです。イノリを救い、世界を救ってくれる英雄を。私は彼にはもう罪を背負わせたくない……」
「ああ! 任せろ!」
力強いレンの返答にルミアは笑顔を浮かべる。
もはや憂いは無いと、彼女は走り去るレンたちから背を向けてセキュリティに対峙する。
「待たんか貴様ら!」
しつこくレンたちを追おうとするセキュリティにルミアは手で制止した。
その堂々とした佇まいに一瞬彼らも身を固くする。
「CLOUDを脅かす、無骸霊を倒すため、レンの力が必要です。そして無骸霊に関わる緊急事態においては我々葬奏者の権限が優先されます。それにこれは議会の代表のひとりであり、“聖教会”の現教皇ソラス様の命です。彼女はこう仰っています。“レンを開放し、イノリを救いに行かせよ”と」
「おのれ……!」
わなわなとセキュリティが肩を震わせる。
AIZが停止し、CROWDSのトップである“最高評議会”も意見が統一されておらず、数時間前に受けた命令も別の評議会委員から待ったが掛かれば実行できない。それがCROWDSに直属している者に課せられたルールだ。
「それにイノリが封印した無骸霊に共鳴してこの神群に大量の無骸霊が近付いています。何を優先すべきかはあなたたちも分かっているはず」
唯一例外があるとすれば、無骸霊の祓除だ。
人類の敵である無骸霊は議会の命令よりも優先して対処することになっている。
「ぬぅ、少し気に入らんが、やむを得ん! 民間人の避難を優先させ、迎撃に当たれ! あと貴様ら死ぬなよ! 家族を泣かせて無骸霊よりも恐ろしい嫁に恨まれたくなかったらな!」
「はっ! 自分、今度娘が生まれますので絶対に生きて帰るであります!」
「それは死亡フラグだ馬鹿者が!」
無骸霊の迎撃態勢に移行する鬼軍曹然とした男にルミアは頭を下げる。
「ご理解いただき感謝いたします」
「ふん、こちらも平和を守るという目的は一緒だ」
鬼軍曹は静かに二丁のLMGを構え、1キロメートルほど離れた空からこちらに近付く巨大な猛禽類のような姿の無骸霊を迎え撃つ。
「それでは私も存分にこの力を振るいましょう――神聖十字」
ルミアが拡張空間から取り出したのは身の丈ほどある十字架型のシールドだ。
輝く十字架からは霊子砲が一斉に放たれ、追尾する光弾が上空を飛行する無骸霊を次々に撃墜する。
「シールド型と言いつつなんだ貴様のその破壊力は!?」
「2丁のLMGを乱射するのも中々では?」
なんかキレている鬼軍曹に対し、ニコニコ顔のルミアだが、ふたりの連携はぴったりで次々に無骸霊の大群を撃ち落としていく。
それを目の当たりにした他の新米葬奏者たちも指揮が上がり、ルミアを戦乙女として彼らは次々に無骸霊を駆逐していった。
※
一方でレンたちも神群に繋がる橋を渡っていた。橋は彼岸川という大きな川に架かっており、そこには橋の行き来を阻む、全長3メートルを優に超える鎧武者姿の無骸霊や、ネッシーのような首長竜型の無骸霊、更にはUFO型の無骸霊も居る。
「邪魔なのよッ!」
トウカは鎧武者の無骸霊が振るう刀を弾き飛ばし、そのまま身を捻って刀を一閃し、甲冑ごと鎧武者を一刀両断した。
「……容赦はしない、よ」
ネルの方も臨界巨星でUFOのうねるビームをガードし、トラクタービームで不規則な動きを止めると念動力で自身の体を50メートル以上浮かばせ、UFOの頭上を取るとそのまま臨界巨星で殴りつけてUFOを撃墜した。
「――うぉおおおおおおおおッ!!!」
津波のような飛沫を上げ、顔を出したネッシーが巨大な口を開けてウォーターカッターを喉の奥から発射するが、レンの焔魂から生み出した炎がウォーターカッターを真正面から受け止め、蒸発させていく。ネッシーは負けじとウォーターカッターを吐き出し続けるが、レンの炎はみるみる勢いでネッシーに迫り、その身を一瞬で焼き尽くした。
しかし無骸霊を倒しても新たな無骸霊が次々に出現し、なかなか前に進むことができない。
「くっ……時間が無い! ここは俺の全力で!」
「待ちなさいこの馬鹿! アンタにはまだ最強の敵がこれから控えてるんだから力は温存しなさい」
レンが葬奏機の出力を一気に上げようとしたが、トウカは慌てて制止する。
「……トウカの言う通り。それにこの程度ならわたしたちふたりで相手できる」
ネルは臨界巨星から放った霊子砲で増援の雑魚無骸霊を一掃する。
「……ほらね」
続けてトウカもネルに負けじと“鉄華”で一面に刀の華を生やし、押し寄せる無骸霊の大群を次々に切り裂いていく。
「わかったでしょ。アンタが居なくたって私たちは大丈夫だから」
ふたりはレンに背中を向け、
「「早く!」」
その力強さを目の当たりにしたレンは頷き、ふたりを残して真っすぐ神群神社へと向かう。
「――お前らが来てくれるのを待ってるぞ! トウカ! ネル!」




