7-2
葬奏機を没収され、拘束衣に着替えたレンは、CLOUDTOWERのエレベーターに乗せられていた。彼が向かうのはタワーの地下にある葬奏者専用の収容施設だ。
「あれが見えるか?」
外の風景を男が指し示す。
俯いたレンが顔を上げると、その目には神群神社のある山を大きく抉ったクレーターが飛び込んできた。
「あのクレーターは4年前、この地に現れた人型兵器が作り出したものだ。覚えているだろう? それに乗っていた君ならば」
「……」
何も言わないレンに男は怒りの色を滲ませる。
「……何を神妙な顔をしているんだ怪物が」
しかしちょうどその時、エレベーターが停止し、中から長身の青年が現れた。
「“吸血鬼”――ヴラム!」
「少し彼と話をしたい」
その人物はヴラムだった。彼に冷たい目を向けられ、男はわずかに後ずさる。
「くっ……まぁ、良いでしょう。最強の葬奏者であるあなたであれば間違いは無いはず。それでは後は頼みましたよ」
男は逃げ出すようにその場を後にする。
そしてエレベーターが動き出した。
「ヴラム……?」
レンはやっと顔を上げた。
相変わらずヴラムは無表情のまま、レンと向き合い、
「結論から話そう。イノリは間もなくこの世から消える。俺の手でな」
「なっ……!」
レンの顔が強張り、肩が震える。
「なんでそんな……!?」
「わかっているだろう。彼女が無骸霊になりつつあるからだ。徐々に肉体も変異し始め、放っておけば彼女はこのCLOUDを滅ぼす最悪の無骸霊になる。だからその前に彼女の霊核を完全に破壊する必要があるんだ」
無慈悲に告げるヴラムに、無性に怒りを覚えたレンは彼の襟首を掴んだ。
「ふざけんなよ! イノリは何も悪くないだろ! みんなを守るためにずっと戦ってきて……みんなを守るためにあの無骸霊を自分の中に取り込んで……なのにこんな仕打ちなんて……!」
「殴りたければ俺を殴れ、レン」
「……っ!」
レンは握った拳を力なく下ろした。
俯き、肩をわなわなと震わせる彼は吐き捨てるように、
「なんでそんな悲しそうな目をしてんだよ……!」
レンは気付いてしまった。
ヴラムが瞳の奥底に押し殺そうとした深い悲しみを。
痛みを。
「……すまない」
エレベーターが目的の場所に到着し、扉が開いた。
「せめて、彼女が苦しまないよう安らかに逝かせる」
エレベーターから一歩踏み出し、崩れ落ちるレンにヴラムは背を向け、告げた。
「それが俺が彼女にしてやれる唯一のことだ」
それだけ言い残し、ヴラムの背中は閉ざされる扉の向こうに消えた。
※
時間は12時となっていた。
レンは真っ白な部屋に閉じ込められていた。
そこにあるのはテーブルと椅子とベッドとトイレ、シャワー程度で他には何も無い。
かつて共にこんな部屋で過ごしていた少女はここにはいない。
なぜならあの少女は今囚われているからだ。
「レン、いいかしら? モニカよ」
「……」
「キミと話したがってる人が来ている」
「……」
監視役となったモニカとラウルが部屋の外から呼びかけるが、レンは何も答えない。
すると彼の沈黙を同意と受け取ったのか、ふたりは扉のロックを解除した。すると部屋の中には意外な人物が入ってきた。
「……まったくひどい顔してるね。今のキミさ。まぁ気持ちは分かるけどね」
フーリンは両手を腰に当ててため息をつきながらレンの顔を覗き込んだ。
「メシ、持ってきたんだ。食えよ。ここの不味いメシより遥かに美味いからよ」
リューは手に下げた岡持からチャーハンとラーメンを取り出してテーブルの上に並べる。保温効果があるのか、料理は作りたてのように湯気を立てていた。
「俺はなんて声を掛けたらいいのかわからねぇ。でもなレン、俺も、フーリンも、トウカもネルも、あとルミアもお前が立ち上がるのを待ってんだよ」
彼は出入り口の前に立つラウルとモニカの方を顎で示し、
「この一見冷血なラウルとモニカ、そしてヴラムもそうだ。立場的に対立してるがイノリを救えるなら救いたいとそう思ってる、だろ?」
するとモニカとラウルは肩を竦め、
「立場的にコメントしにくいけどそうね。ヒーローが来てくれるのを待ってる……でも、そんなヒーローは今ここには居ないようね」
「だから僕たちは世界のために彼女を犠牲にする。でも、僕たちは望んでるよ。世界よりも魔王となった彼女を救うことを優先して立ち向かう勇者が来てくれることをね」
ふたりの本音を、レンは静かに聞いていた。
「あなたはどうなのレン?」
しかし答えは出ず、ふたりは残念そうに目を伏せる。
「駄目、か」
ラウルとモニカはわずかに肩を落とすが、すぐに毅然とした態度を取り戻し、リューとフーリンを出口へと促す。
「レン、時間は刻々と迫ってる。せめてどんな選択をしても後悔しないで」
「お前がイノリを連れてまた店に顔を出すことを待ってるぜ」
ふたりはそれだけ言い残し、部屋を出る。
再びレンはひとり取り残された。
※
時間は15時を過ぎていた。
ベッドの上に寝そべってただ天井を見上げていたレンは突然部屋の外から何やらこそこそ声がするのに気付いた。
「……お二人とも。見張りのラウルとモニカが席を外しているので今がチャンスですよ?」
「悪いわねルミア。協力してくれて。ヴラムに背くことになるでしょ」
「いえ、彼も望んでいることですから。それに私は正義や大義ではなく、私が信じる神に従うものですから。神の啓示によって、みなさんに協力いたします。とは言っても直接戦闘は出来ませんが」
「……それでも十分すぎるよ。それにヴラムに次ぐ強さのあなたまで相手にしてられないし」
「あらあらそんな」
「否定はしないのよね……」
「お待たせしました。レン」
扉が開かれ、そこから3 人の少女が顔を出した。
※
「みんな……?」
レンは驚きに目を見開いて3人をじっと見つめていた。
「……時間はない。説明は後でするから早く着いて来て」
「でも……」
ネルに何か言おうとしたレンだが、
「ウジウジしてないでさっさと来なさい!」
トウカに怒鳴られ、わずかに肩を震わせた。
「あなたの力を必要としている人がたくさん居ます。イノリもそうです」
イノリの名前を聞き、レンが俯いた顔を僅かに上げた。しかしすぐに顔を下げ、
「……でも今の俺には何も……」
しびれを切らしたトウカとネルはそれぞれレンの両手を引っ張り、無理やり部屋の外に連れ出す。
「うるさい! とにかく走れ!」
「……何も考えず前を向いてれば良い」
「……」
レンにはどうすればいいのかわからなかった。
でも、彼女たちに抵抗することも選ばなかった。
そして彼らはルミアの導きで監視の目を掻い潜り、CLOUDTOWERから脱出した。
※
それからしばらくレンたちは走り続けていた。
街を巡回するセキュリティから身を隠しながら、ネルやルミアの根回しおよび裏工作で監視カメラも無効化し、少しずつ神群に近付く。
しかし、
「……もう無理だ」
突然レンがその足を止めた。
トウカたちはレンをじっと見つめ、
「俺は無骸霊……怪物なんだよ。みんなも知ってるだろ? 俺はこの街をめちゃくちゃにして、みんなを傷付けた」
俯くレンは拳を強く握り締め、
「全部思い出したんだ。あの日、俺はあの機体を駆って、たくさんの人を傷つけて……でも、イノリが止めてくれた。俺は覚えてるんだ。俺が撃墜される寸前に放った一撃を、イノリが受けたのを……傷跡はほんのわずかだったけど、胸に確かにあった。そこに汚染された霊子が残ってて……全部俺のせいなんだよ」
レンの心が折れてしまったのはイノリが無骸霊になることではない。
それが何者ではない自分のせいだったからだ。
こんなバケモノにイノリを救う資格は無いと、自分を責めて、
「だから……俺がイノリに会う資格は……」
そこまで言った時だった。
「――いい加減にしなさいこの馬鹿!!」
レンは突然自分の頬を叩かれ、呆然とする。
「……っ!」
彼の前には瞳に涙をためて肩を震わせるトウカがおり、
「なんでアンタが……誰よりもイノリを愛して、イノリから愛されてるアンタが、何でイノリを救うことを諦めてんのよ!」
トウカはレンの胸元を力なく叩き、
「アンタには力があるんでしょ!? 例え、無骸霊と同じ力でも、苦しんでる人を救えるすごい力があるんでしょ! ならその力でイノリを救ってあげなさいよ! 私たちには無理なのよ……! アンタしか駄目なのよ……!」
トウカは肩を震わせ、レンの胸で嗚咽する。
レンは何もできず、ただ立ち尽くすことしかできない。
「大体腹が立つのよ! こっちは血反吐吐くような努力して、ずっと無骸霊と必死に戦っててやっとの思いで1体倒してる有様なのに……なのにアンタは葬奏者になってからたった1ヶ月程度で何体も無骸霊を倒して……何よその才能!? 理不尽すぎるわ! 死ね!」
レンは正直理不尽だ、と思った。
自分だって普通に生きているのに無骸霊扱いされて散々な目に遭っているのに、と。
「……それについては同意。持たざるものの苦しみを知らず「つれーわー」とかのたまってる奴ほど殺意が湧く相手は居ない……あ、それと巨乳とか」
「……ちょっとネルなんでアタシの方を見るのよ?」
ネルがジト目でトウカの胸を見つめる。
「あらあらいかがしましたネル?」
するとルミアが不機嫌そうなネルを後ろから抱き締め、頭を撫でる。
しかし身長的にルミアの大きな胸がネルの後頭部に当たる形となり、ますますネルは眉間の皺を深くする。
「……くっ、わたしの周りには巨乳しか居ないのか……やはりこの世界は滅びるべき」
「堕天してはいけませんよネル。貧しき人にこそ神は施しを与えるのですから」
「むぅ……これが持つものの余裕」
ネルは唇を尖らせつつもルミアに向かい合い、その胸を正面から揉んでいた。
「あらあら赤ちゃんみたいですね。とても愛らしいですわ」
ネルに胸を揉まれるルミアだが普通にセクハラを受け入れており、レンは反応に戸惑う。
「……ところでレンは小さい胸はお好き?」
「……は? いや、まぁ普通に好きだけど」
いきなり謎すぎる問いを投げかけられてレンは思わず素で答える。
「……よしワンチャンある」
「なぁ俺の答え間違ってないか?」
ガッツポーズするネルに対してどう対応すればいいかわからず、レンはトウカに判断を仰いだ。
「人としては間違ってるわねこのロリコン。まぁ……少しはエロで元気出た?」
「――」
するとレンは無言で再び顔を俯かせた。
「……あ、またレンが心を閉ざした」
「……ったく強情な奴ね。なんでイノリはこんな奴を好きになったのかしら」
「え……?」
その言葉を聞いた途端に、レンは顔を上げてトウカとイノリの方を見つめた。
「……気づいてなかったの? 鈍感すぎるよキミ。じゃあわたしとトウカの想いも知らないか」
「え? それって……」
トウカは呆れのため息を吐きながら上着のポケットから白い封筒を取り出した。
「これ、イノリからルミア経由で託された手紙。アンタ宛にね」
「……今からわたしとトウカで読み上げるね」
戸惑うレンを無視し、トウカとネルは手紙の文章を読み上げ始めた。
「「――私には好きな人が居ます」」




