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5-8

 闇の中に“彼”は立っていた。


 世界にも、彼自身の心にも、今や何も存在していない。


 段々と記憶は薄れていき、自己の感覚も消えていく。

 何か大事なことがあったはずなのに思い出せない。


 ――。


 しかし何も無い世界に声が生じた。

 その声がした方を見るとそこに光る何かが見えた。


 ああ、そうだ思い出した。

 大事なもの。

 絶対に守ると誓ったもの。


「……」


 リューは知っている。

 このやわらかでな肌を、あたたかい体温を、甘い匂いを、さらさらの髪を、自身を呼ぶ声を、自身を包む愛を、自分が作った料理を美味しそうに食べる笑顔を。


「帰ろう? みんなのところに」


 ※


「あ、あああああああああああ……!」


 フーリンに抱きしめられた直後、リューが呻き、崩れ落ちるのをレンは目の当たりにしていた。明らかに彼女の声がリューに届いている。

 しかしリューの全身から負の霊子が滲み出て、それらが巨大な黒い龍のシルエットを作り出す。


「リュー! 目を覚まして!」


「フー……リン……」


 するとリューが自身を抱き締める少女の名前を幽かな声で呼び、フーリンは驚きと喜びで目を見開く。


「……すま、ねぇな……いつもお前に迷惑かけて……」


「別にいいよ! アタシだっていつもワガママ言ってるし! しょっちゅうプレゼントとか、スイーツとかねだってるし……! バイクだっていくらでもカスタムしていいから……! だから……!」


「ありがとうな……でも、駄目そうだ……」


「は!? 何言って……!」


 フーリンの息が詰まる。

 リューは途切れ途切れにになりながらも、さらに続け、


「……自分が今どうなってんのか理解してるよ……無骸霊(ムクロ)に、なっちまったんだろ……」


「それは……!」


 フーリンが何も答えられずに顔を背け、俯く。


「お前だって葬奏者なら理解してる筈だ……無骸霊(ムクロ)は人類の敵で、倒す必要がある……」


「でも……!」


 食い下がるフーリンの頭をリューはそっと撫でた。


「……悪いな。最後にお前を泣かせるような別れになって……」


「バカ! 悪いと思うなら生きてよ……!」


「愛してるお前をこれ以上傷つけたくねぇんだ。だから……」


 リューは一息つき、


「――レン頼む。俺を殺してくれ。それと――俺の代わりにコイツを幸せにしてやってくれ」


「……ッ!」


 レンは歯噛みし、焔魂(ブレイズハート)を構えた。

 そしてリューの胸元に向けて刃を突き出す。


「レン!? 待って!!」


 フーリンの制止は届かず、直後、炎の刃がリューを貫いた。


 ※


「そんな……リュー……!」


 力なく崩れ落ちたリューを抱き締めるフーリンが、彼の胸に顔を埋めて嗚咽する。

 今までの思い出が走馬灯のように再生され――


「……あー、フーリン? その……生きてるぞオレ」


「……は?」


 フーリンが涙とか色んなものでドロドロになった顔を上げるとそこにはリューが気まずそうに目を逸らしながら頭を掻いていた。


「なんか知らねぇけど、アイツの葬奏機に刺されたら霊子がリフレッシュしたみたいでな。ほら、ちゃんとオレのイケメン顔も戻ってるし刺された腹に傷もねぇだろ」


「嘘……本当だ……って私の傷もいつの間にか治ってる……?」


 フーリンはまじまじとリューの逞しい体を見つめる。

 鍛えられた胸板やシックスパックの腹筋には痛々しい痣や擦り傷こそあるものの、レンが作ったような刺し傷はない。


「レンが救ってくれたの……?」


 フーリンが隣のレンを信じられない様子で見上げる。


「いや俺の力じゃなくてふたりの愛の力だよ」


 レンは肩を竦める。

 自分の力を理解できておらず、なんか気が付いたらリューが無骸霊(ムクロ)から人間に戻っていたという認識なので感謝される必要は無いだろう。


「あー……なんかマジで死ぬと思ってマジ告白してたなオレ。なんか急に恥ずかしくなってきたわ。すまんフーリン、さっきのは忘れてくれ」


「……忘れられるわけないじゃん」


 リューに抱きしめられるフーリンは顔を真っ赤にしながら俯くも、ゆっくりと顔を上げ、


「おじいさんになったアンタと一緒に孫に看取られながら死ぬその時までからかってやるんだから!」


 眩しい泣き笑いの笑顔を見せつけた。


 ※ 


「何とかリューを救出はできたけどまだアイツが残ってるんだよな」


 拡張空間から脱出したレンは、リューとフーリンの治療のために救急隊を呼んでいた。


「すまねぇなレン、オレが足を引っ張ったせいで……」


「まぁ、それについては後日に餃子一皿無料で手を打たせてもらうさ。とにかく今はフーリンと一緒に休んでてくれよ」


「本当に大丈夫なのレン? アタシと同じかそれ以上にアンタも消耗してるんじゃ……」


「心配いらないよ。こう見えてタフだからさ。それじゃイノリたちが頑張ってるからまた後で!」


 レンは申し訳なさそうなリューとフーリンに笑顔を見せ、救急車が来るのを見るとそのまま走り出した。


 彼らに弱っている姿を見せるわけにはいかなかった。

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