5-7
遠のく意識の中でフーリンは過去を思い出していた。
小さい頃の自分は引っ込み思案の大人しい子供で、いつも父親の後ろに隠れていた記憶がある。
だから父親が師範を務める道場にも着いていき、彼の演武などを眺めていた。
しかしある日リューがやって来た。
同い年の彼はいつも熱心に稽古をしており、あちらから声をかけたことで徐々に親しくなっていき、やがてその後ろ姿に憧れた自分も武道を始めて、稽古の後に彼の父親が営む中華料理店でご馳走をいただくようになった。
“風雷拳”。
それは風のように万物を呑み込む力を雷のように一点に集中させる流派。
彼はこの技術をあっという間に極め、自分もそれに追いつこうと努力した。
でもある日、道場を無骸霊が襲った。
気絶していたのか、トラウマとなって記憶の奥底に封じたのかはわからないものの、正直ほとんど記憶はない。
ただ覚えてるのは病室で目覚めた時に感じた両脚の喪失感と、医師から告げられた汚染霊子による細胞障害で再生不可という残酷な事実だけだ。
“脚”は風雷拳の要であり、彼に並ぶという夢は絶たれ、絶望に心を閉ざした。
しかし、彼が現れたのだ。
その両腕の肘から先を断たれて。
彼は母親に支えられながらベッドの上のこちらに近付き、
「ごめん、父さんが店で料理できなくなったから田舎にまた引っ越すことになった。リハビリとかで会うのは難しくなると思う」
「でもオレ、無骸霊を倒せるくらいに強くなったらまたフーリンに会いに行くよ。この手で絶対にキミを守るから」
「だから待っててくれよフーリン」
最後にそう言い残し、彼を乗せた電車は去っていった。
それからフーリンはリハビリに励み、義足で歩けるようになり、再び修行を開始し、やがて風雷拳を極め、“雷神”の霊核を宿す父からコアユニットを託され、それを元に自身の手で王虎牙を作り上げ、葬奏者となった。
しかし自身の中に秘められた力は強力であり、当時未熟だった自分はその力を制御できず、あろうことか動くための“脚”を壊してしまった。自分の前に立ちはだかるのは強力な麒麟型の無骸霊であり、絶体絶命の危機に陥る。
しかしその時、彼が現れた。
童顔に似合わないサングラスを掛け、ツンツンに髪を逆立ててかつての面影を残さずチャラくなっていたものの、その目と義手で理解できた。
自分もかつての大人しい姿は鳴りを潜め、ギャルみたいになっていたものの、彼はひと目で気づいてくれた。
彼は両手に携えた双銃から生み出した風の双龍で無骸霊を呑み込んだ。
どうして、と呆けた顔でこちらが問いかけると、彼はこちらを背負って笑い、
「約束しただろ? 強くなって会いに行くってな」
その背中の逞しさを彼女は今もはっきりと覚えている。
そしてふたりは風雷拳の“風”と“雷”をそれぞれで更に極めることとした。
リューの“風”は“疾風を纏う龍”に。
フーリンの“雷”は“迅雷を纏う虎”に。
そうしてふたりは嶺仙最強のコンビとなった。
(そう……アタシとアンタが揃えば最強なのよ……だから……)
そして、フーリンの意識は途絶えた。
※
「フーリン!!」
ボロボロになったフーリンを目の当たりにしたレンが吠える。するとその怒りに呼応したのか焔魂の出力が一気に跳ね上がり、一振りでレンを縛る竜巻を吹き飛ばした。
「リューテメェ……愛する女の顔も忘れたのか!?」
リューが無力化したフーリンからレンへと狙いを変え、彼に向けて大量の竜巻を放つ。しかしレンは大剣から放った炎を纏う斬撃で竜巻を全て打ち消し、一気にリューのもとに迫る。
対するリューは右手の銃をレンに向け、引き金を引いた。
レンは銃撃かと一瞬予測したが、
「!!」
リューは発砲するのと同時に大量の竜巻を発生させていた。その風圧の凄まじさ故に竜巻は目に見える形でレンの視界を埋め尽くしていく。
「これは……!」
そうしてレンの前に現れたのは竜巻によって作り出された巨大な龍の頭だ。それがレンを睨みつけ、大口を開け、牙を見せつけている。
レンは知らなかったが、それはリューの必殺技ともいえる一撃だった。
放たれた赤黒い霊子弾を取り込んだ“龍”が透明だったその身を黒く変える。
漆黒の“龍”は吹き荒ぶ風音を己の咆哮として、レンを飲み込みに来た。
「うおおおおおッ!!」
レンは自身を奮い立たせるように叫び、真正面からそれに立ち向かう。
焔魂が纏う炎がさらに出力を上げていき、竜巻を飲み込み、威力を相殺していく。
(なんて重圧だ……少しでも気を抜いたら間違いなく終わる)
「ぁぁぁあああああッ!!!」
レンが渾身の力で大剣を振り上げると、遂に黒い龍が掻き消えた。
しかし力を使い過ぎたことでレンは片膝をつく。
「まだだ……!」
しかしレンは大剣を支えに、よろめきながらも立ち上がる。
一方で無傷のリューは無感情にレンを見つめ、ゆっくりと双銃を構えた。
そうして生まれるのは雙龍火砲という名前通りの、2体の龍の頭だった。それらは目に赤い光を灯し、獲物であるレンを睨みつけた。
「クソ……!」
レンは大剣の柄を強く握り締める。
先程の龍の一撃を耐えるために力を使い過ぎたため、あれを凌げる余力がない。
負傷したフーリンは未だ倒れたままであり、ピクリとも動かない。
※
ここまでなのか。
イノリと交わした約束を果たせないのか。
リューを救えず、彼にフーリンという愛する人を殺めさせてしまうのか。
俯くレンに、リューはゆっくりとトリガーを低く。
しかし弾が放たれようとした瞬間、
「……リュー」
リューの背中を誰かが抱きしめた。




