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「拡張空間って“現界”と“霊界”を隔てる“境界”にあるんだろ? 常に空間的に不安定で、純霊子と汚染霊子が混ざり合いながら循環してるから普通の人間は中で存在することができないって」
「霊子耐性が高い葬奏者であっても長時間は居られないわね。言うなれば宇宙服を着込んでいても宇宙空間では酸素が残っている間しか行動できないようなものだし。CLOUDみたいに“現界”の空間を丸ごと確立できれば解決だけどそれは人の手では不可能ね」
レンの問いにトウカが答える。
「――でも例外が無骸霊だよね。彼らはこの現界に干渉していない間は自身の作り出した拡張空間に潜んでるもの」
イノリの言う通り、無骸霊は通常時は拡張空間に隠れているがゆえに、対処に苦労している。
「……当然無骸霊化できる人間もそれは可能ということ」
ネルもレンと同意見だった。
CROWDSやAIZの捜査でも見つからないとなると最早それしかない。
「……そしてフーリンが察知したようにリューの座標も大まかに把握はできてる。後は中で活動するための手段だけど……」
みんなの視線がレンに集まる。
「無骸霊の力を持ってる俺がどうにかするしかない、ってことか」
「……そう。わたしたちとは違って、キミはどれだけ葬奏機を使っても霊子汚染が全く見られない上、観測の結果、キミを中心に展開した不可視のフィールド内では霊子がまったく汚染されないという事実を確認している。更すごいのは周辺の人の霊子の汚染度も改善して、霊子耐性もアップさせる効果もあるの。つまりキミは歩く霊子浄化装置なんだよね。やってることだけ見れば夜空に浮かぶあの“月”よりもすごい」
レンにはあまり自覚が無かったが、ネルが言うなら本当なのだろう。
無骸霊扱いから随分と立場が変わったものだと改めて思う。
「レン、大丈夫? 駄目そうなら私が頑張ってどうにか――」
「いや、心配しなくて大丈夫だよ。俺の力が必要なら俺は喜んで協力するさ」
不安そうなイノリにレンは笑って応えた。
「じゃあ、拡張空間大きくしてくれネル」
「ん。これで良い?」
頷き、レンはゆっくりと空間に生じた亀裂から拡張空間の中に入る。
続けて慎重な足取りでイノリ、フーリン、ネル、トウカも入り、
「……ここが拡張空間の中。まるで宇宙みたいだね。それぞれの独立した拡張空間が虚空に浮かんでいる」
「……レン、すごいね。レンの周囲から膜みたいなものが広がってて、一帯の霊子をみるみる綺麗にしてるのがはっきり見えるもん」
イノリの言う通り、レンを中心として見えないフィールドのようなものが展開されており、それに接触した霊子はみるみるうちにプラスの霊子に浄化されていく。
「信じられないわね……こんな能力今まで見たことないわ」
「……世界が長い時間をかけて浄化する霊子を一瞬で清浄化してる。正直隅々まで研究したい」
トウカとネルも驚きに目を見開き、レンの全身をじろじろ見つめる。
正直少し恥ずかしい。
「レン、ありがとう。アンタのお陰でアタシはリューを助けに行ける」
フーリンはレンに頭をぺこりと下げた。
「礼を言うにはまだ早いぞフーリン。じゃあリューの居場所を念じてくれ。そうすれば繋がるはずだ」
「うん。行くよ?」
フーリンは強く念じる。
愛する者の存在を。
彼の魂の色や形をイメージし、求め
そして――
※
とある拡張空間の中にリューは居た。
本来は“無”であるが、そこは様々なモノが持ち込まれており、ソファやベッドはもちろん、個人用の小型霊子炉を電力として冷蔵庫などの家電もある。
それは人間が常日頃からこの場所で生活をしているという事実を表していた。
「ははは中々しぶといじゃねぇかお前。気合でソウルハッカーを耐えるなんてどうかしてるぜ」
「……」
暴力と霊子の汚染により、肉体も魂もボロボロになったリューは存在しない筈の“地面”に寝かされ、半ば朦朧とした意識の中、“敵”を睨みつけていた。
彼の周囲にはぐしゃぐしゃにひしゃげて無惨に破壊された葬奏機が転がっている。
「何でテメェらはこんなことしてんだ……誰の差し金で、何が目的だ……」
リューの問いをサイボーグ男……クラッシュが鼻で笑う。
「別に大した意味はねぇよ。ただとあるヤツがコイツを売れって取引を持ちかけてきただけさ。報酬も悪くないしな」
「そんなふざけた理由で……! どんだけ多くの人間が苦しんでるかわかってんのか!!」
リューはかつてお世話になった女性がソウルハッカーによって苦しんでいる光景を思い出し、怒りに震える。
「そいつは言ったんだぜ? “世界を面白くしてやる”ってよ。なら十分だよなぁ、この退屈な世界が変わるんだぜ? ……まぁ具体的な意味は知らねぇがな。ただ、アイツは俺様に力をくれたんだ。葬奏者なんてチンケなもんじゃねぇ、無骸霊の力だ」
すると男はナックル型の葬奏機を足元に転がし、そのまま踏み砕いた。
「テメェも感じてんだろ? とんでもねぇ力が湧いてくんのをよ。だがわからねぇな……なんで無駄な抵抗してんだオメェ」
「確かにわかんねぇだろうな……テメェの大事なもん全部捨てて無骸霊なんてモンに堕ちたてめぇみてぇな馬鹿にはな」
「ハッ……相変わらず減らず口を叩きやがる」
満身創痍となりながらもリューは目に宿る闘志を消さない。
「しっかしテメェがしぶと過ぎてちと退屈になってきたな。ちょうどハラも減ってきたし適当に“嶺仙”んとこの女子供でも喰うとするか」
「何だと……!?」
クラッシュの言葉を聞き、リューの顔つきが一瞬で変わる。
「楽しみだなぁ……どんな味がすんだろうなぁ?」
「テメェ!!」
足で押さえつけられていたリューが恐るべき力を発揮し、身を起こす。
「やっとやる気出したかよ!!」
「うぉぉおおおおおッ!!」
リューが咆哮し、強く握り締められた右拳をクラッシュの顔面に放つ。葬奏機を破壊されている彼の武器は今、これしかない。
「オラァ!!」
「がっ……!」
しかしクラッシュは悠々とリューのパンチを躱し、お返しとばかりに彼の鳩尾に蹴りを叩き込んだ。
彼の身体は“見えない壁”に叩きつけられ、背中を突き抜ける衝撃に呻く。
「なんだよ? 弱いなテメェ。全然歯ごたえねぇぞ」
「クソが……!」
リューがゆっくりと立ち上がり、覚束ない足取りながらもクラッシュの元に迫り、再びパンチを放った。
「だから効かねぇんだよ!!」
しかしクラッシュはそのパンチを片手で受け止め、リューの顔面に拳を叩き込んだ。
リューの身体が力を失い、その場に崩れ落ちる。
「ったく無骸霊の力を使えばいいだろうがよ。未練がましく抵抗続けやがってみっともねぇなぁ?」
ぴくりともしないリューをクラッシュは嘲笑い、続ける。
「しっかし遊んでいる間に無骸霊化が進行して強くなられたら厄介だな。先にテメェをぶっ殺して喰っておくか。男の無骸霊のなりかけとか不味くて喰えたもんじゃねぇだろうが霊子量は増えるし後でそこらへんの女子供を喰って口直しにすればいいな。ああ、そうだお前の隣に居た女。アイツはかなり美味そうだったな。逃げられなきゃあの場でブチ犯して泣かせた後テメェの目の前で喰えたのによ」
(フー……リン……!)
リューの指先がわずかに動く。
しかし身体に力が入らない。
それはリューの肉体が限界を迎えたことを示していた。
「あばよ」
クラッシュの開かれた五指に赤黒い霊子ブレードが爪のように生じる。間もなくリューはあの“爪”で切り刻まれるのだろう。
リューの意識が急速に遠のいていく。
その時だった。
「リュー!!」
少女の声が聞こえた。かか