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4-3

「もう1体居る!」

 

 身を捻り、イノリが指し示す方を見ると、そこには先ほど倒した“猛禽”と同じものが新たに出現している最中だった。


「攻撃が!?」


 更にその“猛禽”は空中で静止しているレンとルミア目掛けて既に霊子ビームを吐き出していた。

 

「なっ――」

 

 突然の攻撃にレンは反応できずに居たが、イノリはその攻撃を読んでおり、既に全てのビットをふたりの前に集めていた。

 霊子シールドが展開され、真正面からビームを受け止めるが、シールドの耐久度に対して敵の攻撃の出力が高く、ビットは次々に吹き飛んでいってしまう。


「耐えて……!」


 それでも何とか“猛禽”が霊子ビームを出し切るまでシールドは耐えたが、遂に最後のビットが墜落し、霊子エネルギーを消耗したイノリが膝をつく。それに伴い、纏神神楽(テンジンカグラ)も効力を喪い、レンたちは重力に引かれて落下し始めた。レンは咄嗟に焔魂(ブレイズハート)から炎を噴き出し、ロケットの逆噴射の如く落下速度を緩めるが、そこに〝猛禽〟が迫る。

 

「どうか我々にご加護を……!」


「レン! ルミア!」

 

 イノリの必死な声とルミアの祈りを耳にしながらレンは“猛禽”に焔魂(ブレイズハート)(きっさき)を向けるが、

 

 直後、レンは驚愕に目を見開いた。

 エルブライトの象徴ともいえる大時計塔を“赤い影”が駆け上がっている。目を凝らすとそれは“血”を纏う黒衣の男――ヴラムだった。

 

 彼は右手に槍を携え、時計塔の屋根から一気にジャンプすると一瞬で〝猛禽〟と同じ高みへと至る。対する〝猛禽〟はレンたちからヴラムに狙いを切り替え、仰いだ翼から無数の霊子弾を放つ。しかしヴラムは“血の壁”を生成し、霊子弾を防ぎ切ると、新たに生み出した“血のギロチン”で“猛禽”の双翼を根本から断ち切った。揚力を失い、落下し始める〝猛禽〟は最後の抵抗として嘴を限界まで開き、圧縮した霊子砲をヴラム目掛けて放とうとするが、吐き出す寸前にその口内に全長20メートルを超える長さの“血の槍”が突き刺さり、収束していた霊子の塊が霧散する。

 

 ヴラムは背中からマントのように血を噴出して推力を得、そのまま加速落下すると“猛禽”の胸に乗り、手にした槍でコアの中心部を穿ち抜いた。結果として生じたのは血の破裂であり、全身を血の奔流によって内側からズタズタに切り裂かれた“猛禽”は青白い炎に身を焼かれ、先の1体目と同じ末路を辿った。

 

 レンとルミアは消えゆく青い炎を横目にゆっくりと石畳の地面に降り立つ。するとイノリや子供たちが駆け付け、ふたりを取り囲んだ。

 

「ルミアお姉ちゃん! ジョージは!?」

 

「みなさん心配をおかけして申し訳ありませんでした。ジョージは無事です」

 

「ジョージ! 心配かけさせないでよね!」

 

 勝気な女の子が両手を腰に当ててジョージを叱りつける。しかし彼女も大きな瞳に涙を溜めていた。

 

「みんな心配させてごめん……ルミアお姉ちゃんもごめんなさい! おれ、葬奏者が嫌いって言ったけど、お姉ちゃんたちが助けてくれなかったら……!」

 

「いいんですよジョージ。わたくしの方もいつも淋しい思いをさせてしまってごめんなさい」

 

 緊張の糸が切れ、泣きだしたジョージをルミアは抱き締め、その頭を撫でる。しかしルミアは気づく。いつの間にかジョージを蝕んでいた霊核の汚染がすっかり消えていることに。確かに霊核の汚染は時間経過などにより回復するが速くても数か月程度の時間は要し、なおかつ適切な治療が必要で、一瞬で治るものではない。どういうことかと思い、すぐそばで泣きじゃくるジョージを微笑みながら見守っているレンの顔を見上げるが、彼は特に心当たりがないのか、こちらの視線に気づくとわずかに首を傾げるのみだった。

 

「ルミアお姉ちゃん~!」

 

「こわかったよ~!」

 

 すると他の子どもたちも泣き出してしまい、ルミアに抱き着く。ルミアは微笑みを浮かべながらひとりひとりの頭を優しく撫でる。

 

「みんな怖い思いをさせてごめんなさい。でもレンお兄さんとイノリお姉さんのお陰で、怖い無骸霊(ムクロ)は居なくなったのでもう大丈夫ですよ」

 

「イノリお姉ちゃん大好き!」

 

「みんなが無事で居てくれて何よりだよ」

 

 無邪気に抱きつく子供たちをイノリは笑顔で撫でる。どうでもいいがイノリのもふもふの尻尾に普通に触れられるのは素直に羨ましいとレンは思った。

 

「ありがとうお兄ちゃん!」

 

「かっこよかった!」

 

「そ、そうか? でもそう言ってくれて嬉しいよ」

 

 一転して懐いてくれた子どもたちにレンは少し照れくさい気持ちになる。しかしそれ以上に彼らが無事に済んで安心した。

 

「――なんとか間に合って良かったな」

 

 ルミアとレンが顔を上げると、そこには槍を収納したヴラムがおり、静かにその光景を見守っていた。

 彼はゆっくりとルミアの元に近づき、

 

「ありがとうルミア」

 

 彼女の右手を手に取ると、そのまま静かに跪き、その甲にキスをした。一方のルミアも少し顔を赤くしつつ静かに目を伏せる。

 

「こちらこそ、ありがとうございました。ヴラム」 

 

「ヴラムお兄ちゃん騎士みたいでかっこいい!」

 

「ルミアお姉ちゃんお姫様みたい〜」

 

 はしゃぐ子供たちにルミアは更に顔を赤くする。

 立ち上がるヴラムは微笑みながら子供たちの頭を撫でつつ、レンたちの方を向いた。

 

「イノリ、大丈夫か?」

 

「うん。私は元気だよ。だから安心して」

 

「それなら良い」

 

 微笑むイノリに対し、ヴラムは静かに目を伏せる。

 わずかな間があり、レンは少し気になったが、ヴラムが今度はこちらに目を向け、彼は少し身を強張らせる。

 

「レン」

 

「な、何だよ」

 

「ありがとう。お前がここに居なければ子供たちは危うかったかもしれない。無事に済んだのはお前のおかげだ」

 

 頭を下げるヴラムにレンは慌てて手を左右に振り、

 

「買いかぶりすぎだろヴラム。俺なんて大したことしてないよ。ルミアとイノリ、そして駆けつけてくれたアンタのお陰さ」

 

「謙遜が過ぎる男だな」

 

 頭を上げたヴラムはいつもと変わらない涼しい顔のようで居て、わずかに苦笑が含まれているのが見え、レンは意外に思った。

 

 ※

 

「皆様、こちらの孤児院の創設記念のパーティーをしているんです。もし良かったら少しお時間をいただいてもいいですか?」

 

 教会に戻るとルミアからそんな提案があり、レンとイノリは頷きを返す。

 

「子供たちも喜んでくれるなら大歓迎だよ」

 

「私も久しぶりにみんなとお話したいから嬉しいな」

 

「レンお兄ちゃん大好き!」

 

「オレも大人になったらレン兄ちゃんみたいなかっこいい葬奏者になる!」

 

 レンは自分の背中を見て葬奏者を志す子が居ることに感極まって少し涙目になり、

 

「あれ? これってプレゼント!?」

 

 ふとテーブルに置いていた戦利品に子どもたちが飛びついていることに気付いた。

 

「そうだよ~みんなが前に欲しいって言ってたでしょ」

 

「あ、これボクの好きなガンバレルのプラモだ!」

 

「オレの仮面ライザーベルトもある!」

 

「ポケクリうれしい~!」

 

「これわたしのプリケアだ~!」

 

 ――なんかいまいちイノリとの会話が嚙み合わないと思ったらそういうことだったか~! 

 ……まぁでも、あの子たちの笑顔が見れたしいいか、とレンは苦笑いを浮かべる。

 

「でも驚いたよ。レンには特に話してなかったのに何であの子たちの好きなおもちゃとかがわかったの?」

 

「えーっとぉ……」

 

 それは少年のハートを大事に持っているからです、と素直に答えられないレンであった。

 

 ※

 

 夕方になり、遊び疲れた子どもたちは天使のような寝顔で眠りについていた。

 

「みんな疲れて寝ちゃったね」

 

「ふふ、風邪を引かないようにベッドに運ばないといけませんね」

 

 子どもたちの前髪を撫でながらルミアが微笑む。

 

「実はほかの皆さんも誘っていたんですけど、任務やお仕事で都合が合わず、子供たちがみんな淋しがっていたんです。“プレゼントは嬉しいけど、それよりもお兄ちゃんやお姉ちゃんと遊びたかった“と……特に最近は無骸霊(ムクロ)の出現数増加で忙しかったのもありましたから」

 

 ルミアは申し訳なさそうに眉を下げつつ、

 

「でもこうしてレンとイノリが来てくれて、この子たちの眩しい笑顔がたくさん見れて本当に感謝しています。ありがとうございました」

 

 ルミアがふたりに頭を下げる。

 

「いやいや、俺も子供たちに懐かれて嬉しいよ」

 

「また時間があるときに顔出すからね」

 

 ルミアに見送られながらレンたちが外に出ると、教会の裏の墓地ではヴラムがふたつの墓碑に花束を供えていた。

 

「誰の墓碑か気になるか?」

 

 レンの視線に気付いたヴラムが振り返らないままレンに声を掛ける。

 

「いや、言いたくないなら良いよ。名前が刻まれてないっていうのはそれなりの理由があるんだろ」

 

 何も言わないまま墓碑の前に佇むヴラムの背中は何故だか小さく見えた。しかしレンは言葉を続ける。

 

「でも、いつかここに大切な人たちの名前を刻めるようになったらいいな」

 

 そんなレンの言葉にヴラムはふと顔を上げ、夕陽が沈みゆく空を見上げて、

 

「――そうだな」

 

 そっけなくも、わずかに祈りのような感情を込めた言葉で応じた。

 

「そういえばエルブライト式のお墓参りのやり方ってよくわからないな。神群(かむろ)式でいいか?」

 

 レンはおもむろにヴラムの隣に立ち、手を合わせる。

 

「別に好きにすればいいさ。弔ってくれる気持ちさえあるならな」

 

 一方でヴラムは胸元の十字架のペンダントを握り、静かに目を伏せる。

 そんなふたりの後ろ姿をルミアとイノリは静かに眺めていた。

 

「不思議な人ですね、レンは。たくさんの人たちとすぐに打ち解けられる」

 

「うん。きっとそれがレンの一番すごい力だと思う」

 

 まるで自慢するかのようにイノリはルミアに笑みを向け、ルミアもイノリに微笑みを返す。

 

「さて、俺はそろそろ仕事に向かわなければならない。ルミア、エルブライトを頼む」

 

「はい。お任せくださいヴラム。あなたもどうかご無事で」

 

 墓碑から身を翻したヴラムにルミアが頭を下げる。

 レンたちも身体をヴラムの方に向け、彼の出発を見送る。

 

「ではまた会おう。レン、イノリ」

 

「気を付けてね」

 

「達者でな」

 

 ヴラムを乗せたVTOLジェット“サンタマリア”はあっという間にその姿を闇夜に消した。

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