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「一歩遅かった……!」
その場から立ち上がるレンたちが見上げる先には、全長7メートルほどの“猛禽”の無骸霊が存在していた。そいつは脚で掴んでいる気絶したジョージを自分の獲物であると知らしめるかのように見せつける。
さらには無骸霊は300メートル四方の範囲で障壁を展開している。そのまま逃げれば良いにも拘らず、敢えて閉鎖空間を作っているのは自分の強さを誇示する意味と空間内の限られた霊子量でこちらを消耗させ、ひとりずつ的確に潰していくという狙いだろう。
無骸霊らしからぬ狡猾さだ。
「ジョージが無骸霊に捕まっちゃった!」
「無骸霊に食べられちゃうの? そんなのやだぁっ!」
教会の中から飛び出してきた子供たちも無骸霊に囚われたジョージを目にして泣き出す。
「みんな、どうか安全なところに避難していてください。わたくしが必ずジョージを助けますから」
「ルミアお姉ちゃん……」
不安そうな子供たちを安心させるようにルミアは微笑みかける。
しかしすぐに子供たちから身を翻すと真面目な顔に戻り、
「レンとイノリは子供たちや避難している方々を守ってください。わたくしはあの無骸霊からジョージを助けに向かいます」
「わかった! 頼むぞ!」
「子供たちは任せて」
ルミアはふたりに頷き、無骸霊を仰ぎ見る。
「神聖十字」
拡張空間から取り出され、ルミアの右手に構えられるのは十字架型のシールドだ。パネルラインから浮かび上がるのは、ルミアのオーラを反映した金色の霊子光であり、エッジ部には霊子ブレードが発振している。
ルミアが神聖十字のコアユニットと一体化した中央の砲口部を“猛禽”に向けると、そこから霊子ビーム照射される。狙いは機動力を奪うため、“猛禽”の左の翼だ。
一方で“猛禽”は迫りくる霊子ビームを身を翻して素早く躱すと、翼を大きく仰ぎ、羽毛のような形状に圧縮した汚染霊子弾をばら撒くように発射する。対するルミアはステップで素早く飛来する霊子弾を回避した。しかし“猛禽”の霊子弾の連射は続き、その攻撃はルミアだけでなく避難者や子供たちにも向かう。
しかしレンは焔魂で霊子弾を次々に掻き消し、イノリは天照神光のビットでシールドを形成して飛来する弾を防ぎ、背後の子供たちを守り抜く。
続けてルミアは十字架の砲口から高レートで霊子弾を発射する。しかしそれらの弾は“猛禽”の翼で防がれる。あの翼には相当な量の霊子エネルギーが蓄えられており、それが霊子シールドの役割を果たしているようだった。
「機動力も高いし防御力も高いしロングレンジからビーム撃ってくるしどうすればいいんだ……!」
「このままじゃジョージ君が……」
「おふたり共、わたくしに考えがあります。今気づいたのですが、あの無骸霊がこちらに攻撃する際、必ず動きを止めているのです。その隙を突いて一気に近付き、至近距離からコアにダメージを与えることができればきっと……」
「でも空中の相手に近づく手段が必要だな」
「私の纏神神楽もあの距離かつ長時間となると難しいかも」
「わたくしの霊能、“神聖御光”は“一帯に存在する霊子を集め、他者に分け与える”というもの。この力があれば、イノリの“纏神神楽”の効果範囲も拡大する筈です。リスクはありますが、一刻の猶予もありません」
ルミアの覚悟が決まったまなざしにレンとイノリも応じる。
「やるしかないか……!」
「行くよ!」
イノリの“纏神神楽”が発動し、レンとルミアは身体が一気に軽くなったのを実感するとみるみるうちにふたりの身体は教会の敷地内にある鐘楼と同じ高さまで浮き上がる。深い水の中に飛び込んだかのような、無重力感を覚えるレンは手足をばたつかせて動こうとするが、その場に留まったままとなる。
「推力をどうにか生み出して!」
「こうか!?」
レンはイノリに言われた通り、焔魂から炎を噴き出し、スイングする。すると生み出されたベクトルに従い、レンの身体は一気に前進した。しかし彼の身体はあっという間に“猛禽”の横を通り過ぎてしまい、レンは慌てて身体を捻りながら焔魂を振るい、軌道を変更する。
「中々難しいな……っていうかルミアの方はスイスイ動けてないか!?」
「実は昔から空を自由に飛ぶ空想に耽ってイメージトレーニングを欠かさず行っていたんです。天使の翼が生えているのに飛べないものでしたから」
言いつつ、彼女は神聖十字を上手く操り、一気に“猛禽”の懐に迫る。
対する“猛禽”は嘴を大きく開き、喉奥にチャージされた霊子エネルギーの塊を一気に吐き出す。
対するルミアは神聖十字を突き出し、霊子シールドを展開して殺到する照射ビームを防いだ。
「くっ……!」
みるみるうちに霊子シールドが削られ、減衰していく。
「ルミア!」
眼下からイノリの声があり、天照神光のビットが2基、ルミアの前に割り込む。ビットがシールドを展開し、ビームを防ぐことでルミアの展開するシールドは攻撃を凌ぎ切ることができ、彼女は防御姿勢を解くと、神聖十字のエッジ部を“猛禽”の脚目掛けて叩きつける。根本で断ち切られた脚は純霊子の青い炎に包まれ即座に消滅し、囚われていたジョージの身体はそれに伴い自由落下を始める。しかしルミアは咄嗟に神聖十字を手放し、両手でジョージを抱き締めた。
「天使さま……?」
「ジョージ……!」
寝惚け眼でルミアの顔を見上げるジョージをルミアはしっかりと抱き締めた。しかしルミアは彼の身体が長時間無骸霊と接触していたことで汚染霊子に冒されてしまっていることに気づく。
まだ初期症状で、白目の黒化や肌に浮かぶ血管状の線など外観で見える形の症状は無いが、仕事柄、多数の霊子汚染症の末期患者と関わってきたルミアには彼の身体が蝕まれつつあることを察知していた。
しかしルミアは彼に不安を与えないよう笑みを浮かべる。
きっと彼の身体は治ると自分に言い聞かせ、
「無骸霊が……!」
気配を察知したルミアが身を翻すとそこには足を喪った“猛禽”が怒り狂ったようにその身を捩らせ、全身から赤黒い霊子を放出させていた。それはまるで燃え盛る不死鳥のようであり、腕の中で抱くジョージが身体を震わせる。しかしルミアは今葬奏機を手放しており、身動きが取れない状態だった。“猛禽”は嘴を開け、足を奪った忌まわしき敵を喰らわんと迫るが、
「――ルミア!」
イノリが機転を利かせ、ルミアに付与していた重力無効化を解除するとジョージを抱く彼女の身体は自由落下し、ギリギリのところで“猛禽”の食らいつきを回避した。なおも“猛禽”は執拗に落下中のルミアに食らいつこうと迫るが、
「はぁぁああああああああああッ!!」
空に炎の軌跡を描くレンが一気に“猛禽”のコア目掛けて焔魂を叩きつけた。直後にコアが砕け、紅蓮の炎が内側から次々に噴き出すと、純霊子の青い炎に包まれながら“猛禽”は墜落する。レンは消えゆく“猛禽”を横目に下に向かって飛翔し、ルミアの手を握り、ぎゅっと彼女の身を寄せる。しかしレンとルミアはまだ強い気配が残っていることに気づいていた。




