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まず動いたのはモニカだった。
「火」
虚空に生じた魔法円から発射されるのは3つの火の玉だ。それらが弧を描きながらレンの足元に着弾し、爆発する。咄嗟に回避したレンだったが、目前には炎の海が広がっていた。
「怖っ……」
レンは肌がじりじりと炙られる感覚を覚えつつ、咄嗟に後方へ跳んでモニカから距離を取る。
しかし背後から高速で迫る気配を察知し、身を翻したレンが反射的に焔魂を構えると、ラウルが振り下ろした剣月光を間一髪で防いだ。
だが、胸を撫でおろす隙は無く、
「銀狼! “アン”!」
ラウルの背後から飛び出すのは霊子の肉体で構成された半透明の狼だ。
それが牙を剥き出しにしてレンに飛び掛かった。
「くっ……!」
レンは咄嗟に身をひねって狼の攻撃を躱そうとしたが、わずかに狼に左肩を喰われる。痛みというより熱が傷口から感じられた。実際に負傷したわけではないとはいえ、心拍数が高くなる。
「この……ッ!」
レンが身をひねり、焔魂を360度振り回す。ラウルはレンの大振りな攻撃に対し、月光で真正面から受け止めるが、
「おっと」
焔魂の刃から爆炎が生じ、ラウルは銀狼と共にレンから一旦距離を取る。
「レン! 左に避けて!」
どのようにラウルに攻め込むか思案していたレンだったがイノリの声があり、言われた通りに左に動く。
直後、イノリが姿を現し、背部の天照神光を一斉に放った。
8つのビットは並んで円を形作り、その中心部に霊子エネルギーを溜めて収束させたものを一気に発射する。しかしラウルと銀狼は大木を蹴って咄嗟に回避し、光線は木々を薙ぎ倒していくだけに留まった。
「残念、外れてしまったみたいだね!」
「ううん、狙いはラウルじゃない」
ラウルの挑発にイノリは笑みで応じる。
彼女の目はモニカに向けられていた。
「なるほど、私の方ね――土」
イノリの放った光線はモニカの生み出した巨大の岩の壁によって防がれる。
それでも莫大な破壊力によって岩の壁は粉々に崩れてしまい、モニカはイノリがビットの霊子ブレードを2振手にして現れるのを目の当たりにした。
「なるほど考えたわね。距離を詰めればこちらの魔法は間に合わず、優位に立てると。でもあなたなら知っているはず」
モニカが挑発的な笑みを浮かべながら魔法の杖をバトンのように手元で回して弄び、
「私の深淵魔導は魔法の杖であると同時に大鎌でもある、と」
直後、魔法の杖の先端部の山羊の頭蓋を模したようなユニット部から霊子ブレードが生じた。それはまさしく死神の鎌のようなシルエットであり、彼女はそれを巧みに操り、次々に繰り出されるイノリの双剣を防いでいく。
「イノリ!」
「よそ見をしている場合じゃないよ!」
レンが叫ぶが、ラウルはその隙を見逃さずレンへ肉薄する。
「ドゥー、トロワ、カトル」
彼の背後から3体の銀狼が次々に飛び出し、牙を剥いてレンに襲いかかる。
レンは咄嗟に大剣を振り回して追い払おうとするが狼たちは機敏で彼の攻撃をすべて回避してしまう。
「さらにサーンク、スィス」
こうしてレンは全部で6体の銀狼に取り囲まれた。
「――さぁ狩りの時間だ」
「くそっ!」
自分が獲物になったことを悟ったレンは咄嗟に地面に大剣を突き立てた。地面が割れ、亀裂から炎が噴き出し、それが巨大な炎の壁を形成して狼たちを後退させる。
レンはその隙を利用して手近な茂みに飛び込んだ。
「それで隠れたつもりかい? でも僕の銀狼たちの嗅覚からは逃れることはできないよ」
ラウルは即座に銀狼たちに獲物を追わせる。
しかし直後、素早くラウルの後ろに回り込んでいたレンががら空きの背中に向って大剣を振り下ろしながら飛び出した。
「後ろから攻撃……でもね」
ラウルは余裕の笑みを崩さず、
「銀狼たちは気づいているよ」
直後、レンのもとに6体の銀狼が殺到し、彼を飲み込んだ。
「レン!」
窮地に陥ったレンにイノリの意識は向いてしまう。
当然、モニカはそれを見逃すほど甘くはない。
「その隙が命取りよ――雷!」
「……ッ!」
直後、イノリの頭上に魔法円が浮かび、そこから雷が放たれ、彼女の体を貫いた。
「お互いを思いやるせいで全く力を発揮できていないようね。それは連携とは言えないわ。むしろお互いに味方の足を引っ張っているだけね」
モニカは地面に倒れ伏し、呻くイノリに冷たく吐き捨てる。
「そう。君たちは結局のところ本当の意味で信頼関係を築けていないんだ。常に仲間を心配しているのは裏を返せば仲間の力を信じていないということ――それは自分が手を貸さないとダメなんだという思い上がりだ」
「思い上がり……だと?」
銀狼に全身を貪られるレンが大剣の柄を強く握り締める。
「それにイノリ、あなたは本当なら私たちを遥かに超える強さの筈よ。なのにこの体たらく……彼を守ろうとしているせいで力を存分に発揮できないのかしら?」
「それは……」
イノリは何か言い返そうとしたが、それは叶わなかった。
レンはその意味を噛み締め、
「俺が弱いせいでイノリが……」
「まったく、期待外れだね。君は葬奏者に……イノリの隣に立つのに相応しくないよ」
ラウルは失望した様子で目を伏せ、静かに剣を構える。
それは処刑人のような冷徹さで、
「イノリ、ごめん。俺はキミを信じられていなかった。それは俺の弱さだ」
銀狼に全身を喰われ、激痛に苛まれてもなおレンはゆっくりと立ち上がる。
さらに彼の熱い思いが形を成すようにして爆発的な炎が生じ、彼を包囲していた銀狼たちを纏めて吹き飛ばした。
「私もそうだよレン、だから……今度こそ完全に信じよう。お互いの強さを」
イノリもその想いに応え、まだ痺れの残る身体を起こした。
「――ついて来れる?」
「なら存分に行くさ」
ふたりの雰囲気が一気に変わった。
ラウルとモニカはわずかに口端を上げる。
「属性融合――“火”・“水”!」
作り出されるのは赤熱して燃え上がる水……マグマの海だ。それらはみるみるうちに森全体を吞み込んでいく。
地上に逃げ場はなく、彼らは一斉に手近な木々の上に立つ。
「銀狼!」
木の枝に立つラウルは向かいの木に立って大剣を構えるレンに6体の銀狼をけしかけた。銀狼たちは木の上から次々に跳躍し、レンの全身を骨の髄まで貪らんとする勢いで殺到する。
一方でレンは突然身を屈めた。ラウルは彼の不可解な行動に対しわずかに眉を顰めるが、
「これは……!」
銀狼たちの体に次々と天照神光のビットが突き刺さる。
ラウルは、はっと息を呑む。レンたちの狙いがやっと理解できた。
※
「やるわね」
モニカは素直に称賛した。
身を屈めたレンが足場の枝を強く踏み込み、反動を以てまっすぐこちらに突っ込んでくる。
故に彼女は真正面から迎え撃つことを選んだ。
「属性融合――“雷”・“風”!」
生じるのは雷電を帯びた竜巻だ。
それはマグマの海を巻き上げ、木々を薙ぎ倒し、ありとあらゆるものを巻き込んでレンのもとに迫る。
しかしレンは止まらない。
後ろを振り返らずこちらへと迫る。
「……良い目ね」
モニカとレンの視線が交差した。
モニカは敵の首を刈り取らんとする勢いで構えた大鎌を横薙ぎに振るった。
「!?」
しかし大鎌に手応えはなく、モニカは目をわずかに見開いた。
「速い……!?」
咄嗟に後ろへ身を翻すと、既にレンが炎を纏う大剣を振り上げていた。
「――でも想定内ね。“水”・“土“!」
生じるのは氷山と見紛うほど巨大で分厚い氷の壁だ。
それがレンの全身を丸ごと呑み込んだ。




