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3-2

 参道の階段を降り、参拝者用の駐車場へ向かうとそこには如何にもお金持ちが乗ってそうな高級車が停まっていた。

 

「かっこいいスーパーカーだな。見たことないデザインだけどカスタムしてるのか?」

 

「うん、名前は“プラチナウルフ”。気性が荒くて乗り手を選ぶけど手懐けると主人に忠実なかわいいヤツさ」

 

 ラウルがうっとりと傷はおろか汚れひとつない愛車のボディを艶めかしく撫でる。

 

 鏡のようなボディは木の葉と青空を映し、柔らかな雲がゆるやかに流れていくのがわかる。陽光を受けたシルバーの塗装は、ただの金属ではなく、液体の光のように揺らめき、ボンネットに伸びるラインは、風を切り裂くための洗練された曲線を描き、山の中で優雅な存在感を醸し出していた。

 

「まったく男のロマンっていうのは理解できないわね。リューの“黒龍(ヘイロン)”といいネーミングやら内蔵火器やら変形機能やらゲーミングLEDやら……っていうかアクセル踏み込むたびに“リミッター解除。出力120%”とかシステム音声が流れるのは無駄よ」

 

 運転席に座るラウルに続いてモニカが呆れた様子で右側の助手席に乗り込む。レンとイノリも、後部座席に並んで座り、シートベルトを締めた。

 

 車内には深いレザーの香りがあり、漆黒のナッパレザーが張られたシートは、まるで上質な紳士のグローブのように手触りがよく、身体をしなやかに包み込んでくれる。磨き抜かれたウッドパネルが、かすかなアンバーの照明を受けて艶やかに輝き、ダッシュボードに刻まれたエンブレムが存在感を主張するように煌めいていた。

 

「あははそうだね。ヴラムは確か“サンタマリア”っていうVTOLジェットだよね。あっちは実用性重視だしルミアは気に入ってるみたいだけど」

 

「“不遜ながらも大空を支配する感覚は“主”にお近づきになれたようで高揚いたします”って結構ノリノリよね。天使の翼は生えてるけど見た目だけで飛ぶ機能は無いからコンプレックスだったりするのかしら?」

 

「みんなお金持ってるんだなぁ……トウカとかネルはあんまりそんな感じじゃないけど」

 

 ラウルがプラチナウルフのエンジンを始動させると、心地の良い振動が背中から伝わる。

 

「まぁヴラムはかつて“財団”の当主だったから。色々あって解体して、資産も全て寄付したのだけれど、強力な無骸霊(ムクロ)を何体も相手にしてるからその報酬でまたトップクラスの資産家になってるわ。ラウルの運転してるこのプラチナ(なにがし)もヴラムが任務の円滑な遂行のためにってことで貸してくれてるものだしね」

 

「だからボクはメンテナンスとか運転を主に任されてるだけさ。マイカーを持つのが夢だね」

 

「それにトウカは4年前に無骸霊(ムクロ)の被害で実家のお寺が半壊して、その再建のための借金を返済していたからね。前に見かねたおばあちゃんがうちにお寺を移して神宮寺にしないかって言ったんだけどトウカは面倒をかけるのは申し訳ないってことでそれを断って。それにヴラムもお金は有り余ってるから借金を肩代わりするって言っても断固として拒否して」  

 

「やっぱり真面目だなぁ、トウカのやつ」

 

 そうして一行を乗せたプラチナウルフはしばらくアスファルトの大地を法定速度の範囲で風を切りながら走っていく。そうして神群(かむろ)から少し離れた西洋文化が色濃い街“エルブライト”に到着する。

 そこでは朝の光がやわらかく街並みを包み込み、西洋の歴史を感じられる石畳の路地に淡い影を落としていた。

 

 目を引くのはランドマークの大時計塔だ。街の中心に堂々たる存在感を放つ大時計塔の高さは200メートルにも及び、街のどこからでもその姿が目に入る。レンガと石材を基調とした古風なデザインが施されたその外観は、時代を超越した優雅さと威厳を漂わせ、時計塔の四方には、それぞれ巨大な文字盤が設置されており、分針と時針が太陽の光を受けて金色に輝いている。

 塔の頂上には鋭く尖ったスパイアがそびえ、装飾された風見がその先端に取り付けられている。その風見は風の流れに合わせて静かに回転し、青空に映えるシルエットを描き出していた。

 

 車が広場に入ると、中央の噴水が静かに水を湛え、陽光を反射してまるで銀の糸を編むような煌めきを生んでいるのが見える。噴水を囲む石造りのベンチには、街の人々が腰を下ろし、ゆったりとした時間の流れに身を委ねているようだった。窓を開け、上を見上げると、堂々たるゴシック様式の鐘楼が聳え、緻密な装飾が繊細な影を落としながら、静かに街を見守っているのが見えた。

 

 通りを抜け、アーチ型の門をゆっくりとくぐると、大通りにはかすかに焼きたてのパンや古書、花の香りが漂い、歴史の厚みを感じさせるような商店が並んでいる。

 

「そろそろ目的地だよ」

 

 しばらく異国情緒あふれる風景を窓越しに堪能しているとプラチナウルフが停車した。


「すごっ」


 思わずレンはぽつりと漏らす。

 

 車を降りたレンとイノリの前には城かと勘違いしそうなほど立派な邸宅が待ち受けていた。


 青空の下、陽射しが瓦屋根の上に緩やかな陰影を落とす、広大な敷地にそびえるその建物は、白亜の石造りでありながら、陽光を浴びるたびにほのかな金色の輝きを纏い、まるで王冠の一部であるかのような存在感を放っている。


「こちらがヴラムの屋敷よ」

 

 屋敷の正面は、緻密な彫刻を施された壮麗なファサードが特徴で、大理石の階段が優雅な曲線を描きながら広場へと続き、堂々たる門柱が来訪者を歓迎するかのように見える。

 

 庭園に目を向けると、整えられた並木道が続き、噴水が涼やかな水音を響かせており、レンはただ感嘆のため息を吐くことしかできない。 


「おかえりなさいませ。モニカ様、ラウル様」

 

「いらっしゃいませ、イノリ様、レン様」

 

 出迎えたのはタキシード姿の男性型ロイドやクラシカルメイド姿の女性型ロイドだ。庭の草花を手入れしている庭師たちも皆ロイドであり、人間の姿は見られない。

 

「お邪魔します」

 

「すごく広い屋敷だな。なんか高そうな美術品があちこちにあって落ち着かないぞ」


 重厚な扉がロイドの従者の手で静かに開かれると、優雅な空間がその姿を現した。陽光が玄関のステンドグラスを透過し、淡い色彩の光が床に柔らかな模様を描いている。足を踏み入れれば、磨き上げられた大理石の床がほのかに冷たく、その表面には緻密な装飾が施されているのが見える。


 正面には壮麗な大階段がそびえ、手すりには繊細な金細工が施されている。階段の脇には大きな柱が立ち、その表面には薔薇の彫刻が刻まれていた。壁には大きなタペストリーや有名な絵画がいくつも飾られ、まるで美術館かと錯覚してしまうほどだ。


 空間に漂うのは、わずかにオーク材の香りと古い書物の残り香。奥へ進めば、暖炉のある広間が見え、煌めくシャンデリアが天井から垂れ下がっている。クリスタルの光が細やかに揺れ、赤いベルベットのソファが穏やかな影を落としていた。

 

「全然くつろいでくれていいよ。僕もモニカもここの一室を借りて生活してるし。なんならここで生活してくれてもいいよ。僕たちには広すぎて持て余すからね」


「なんだろうここまでスゴイ屋敷だとそれはそれで苦労が多そうで嫉妬の気持ちが一切沸かないぞ?」


 酸っぱい葡萄じゃないからな、とレンは自分に言い聞かせつつ、

 

「ルミアの部屋もあるんだけどあの子は基本的に教会で過ごしてるからあんまりこっちには居ないのよね」

 

「主人のヴラムもそうだね。ワーカーホリックだから、彼」

 

 確かにヴラムの普段の生活はあまりイメージできない。何か常に仕事をして自分の時間というものが無いように思える。それは何かから逃避しているようでもあるとレンはまだ会って間もない彼のことを思う。


「こっちだよ」


 レンとイノリはラウルとモニカに案内されるまま地下の螺旋階段を下りていく。


 モニカがLEDキャンドルを捻ると大きな扉がひとりでに動いた。そこに広がっているのは数え切れない数の本棚の回廊だ。

 

「巨大な図書館?」

 

「今片づけるわ」

 

 モニカがホログラムウィンドウをタップすると本棚は床や壁にスライド収納されてゆき、一転して何も無い、広大なスペースに変貌する。

 はぇ〜とレンは気の抜けた声で感心した。

 

「ここであなたたちには私たちと戦ってもらうわ」

 

「トウカとネルからレンの連携力の向上を進言されていてね。取り敢えずイノリと組んでもらっていいかい?」


「ふたりともその為に私たちをここに呼んでくれたの? 忙しいのにありがとう」

 

「それで、どんな風に戦うんだ? 障害物とか見当たらないけど」

 

「それについても問題ないわ」

 

 再びモニカがホログラムウィンドウを操作すると、何もなかった空間に様々なオブジェクトが作り出されていく。


「え?」


 レンは自分たちが突然瞬間移動したのかと錯覚する。


 何故ならばそこに広がっていたのは夜の森だったからだ。


 冷たく湿った空気が頬を撫で、月の光が梢の隙間からこぼれて、ほの白い光の斑が湿った土の上に浮かび上がっていた。レンが恐る恐る足を踏み入れると、枯葉の下に隠れた小枝がかすかな音を立て、静寂の中に微かな気配を響かせる。

 

「霊子で構築した訓練用アスレチックよ。様々な環境を再現することができるの。便利だと思わない?」


 月光に照らされたルミアが微笑む。

 

「これが利用できるのは他にはCLOUD(クラウド)TOWER(タワー)の訓練施設くらいだろうね」

 

「ヴラムって本当にすごいヤツなんだな。何から何までスケールが違い過ぎる……」


 レンは改めてそのブルジョワっぷりに引く。

 果たしてこの環境を整えるのにいくら掛かっているのかお金持ちの生活に無縁な彼には想像もできない。

 

「さて、そろそろ始めましょうか。あとわかっていると思うけど安全のために葬奏機の設定は訓練モードにすること。でもリアルさを追求してある程度の痛覚はあるし手足にダメージ判定があったら一時的に疑似麻酔でその箇所は動かせなくなるからかなり実戦寄りになってるわよ」


 痛いのはやだなぁ、と思いつつも強くなるためだと自分に言い聞かせたレンは気合を入れて臨む。

 

「準備はいいかい?」


 レンとイノリはこくりと頷く。

 

「頑張ろうね、レン」

 

「よろしくイノリ」


 レンとイノリはお互いにアイコンタクトを交わした。


「それじゃ行くわよ――深淵魔導(グリモワール)


 モニカが魔法の杖を手にする。

 

月光(ムーンライト)!」


 ラウルが白銀の剣を握る。

 

天照神光(マハー・ヴァイロ)!」


 イノリが光背を背負う。

 

焔魂(ブレイズハート)!」

 

 レンが炎の大剣を構える。

 

 そうして戦いが始まった。

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