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2-6

「マジでUFOがある! 初めて見た……!」


 そこに佇むのは、不思議な銀色の円盤――その存在は境内においては場違いでありながら、どこか荘厳な空気をまとっていた。

 円盤は滑らかで、完璧な対称を保つ曲線で構成されている。その表面は月光を反射して美しく輝き、まるで生きているかのように微かに脈動しているようだった。しかし、電源が切れているのか、その内部からは何の音も発せられていない。かつては何か壮大な力を秘めていたかもしれないが、今はただの静寂の塊のように見える。


「……触ってもいいよ?」


「おお、すべすべだな」


 ネルに促され、冷たい金属表面に触れる。あちこちに大小さまざまな傷があるが、状態は良好で今にも動き出しそうなほどだった。境内の石灯籠の柔らかな灯火が、その銀色の胴体に揺らめく影を描き出している。


「これ普通に動いたりするのか?」


「……ただのジャンク。反重力テレポートエンジンは抜かれてるから無理だね」


「でも本物なんだろ? ロマンあるなぁ」


 レンは子供のように純粋な好奇心に突き動かされてあらゆる角度からUFOを眺める。

 異星人の存在が認知されてからそれなりに年月が経過しているとはいえ、やはりまだその存在には不明な点が多く、ロマンであるのは間違いない。


「……気になるなら中に入ってもいいよ」


「え、良いのか?」


「……まぁ恩があるし。中を見れる人はラッキーだから感謝して欲しい」


 ネルが立て掛けられているハシゴでUFOの上に登り、その表面に触れるとゆっくりとパネルが持ち上がり、中に続く正方形の穴が開かれる。

 どうでもいいがネルがハシゴを登っている時パーカーの中のレオタードのかわいいお尻が見えたし、トウカのホットパンツに包まれた大きなお尻が見えて少しドキドキしたのは内緒だ。


「「このむっつりスケベ」」


 顔を赤くしたトウカとネルにジト目を向けられ、レンは何も言えずに俯く。しかしふたりはそれ以上何も言わず、チョイチョイと中に入れと手でジェスチャーする。


「ここがUFOの中かぁ……意外と生活感があるな」


 レンの言う通り、UFOの中はベッドやソファ、テレビ、パソコン、本棚、冷蔵庫、電子レンジなどが揃っており、トイレや風呂、洗濯などを除けば快適に過ごせそうな空間となっていた。


「すごいでしょ? ここがネルの秘密基地。寺の庫裏(くり)に空いてる部屋があるんだからそっちで生活すればいいって言ってるんだけど、ここがいいって言うのよ」


「……ここは落ち着く。PCがあるし、冷蔵庫もあるし、ベッドもあるし、ソファもあるし、快適に過ごせる」


「仮想デバイスが普及したのにテレビとかパソコンなんて旧時代のハード使うなんて相当なガジェットオタクなんだなぁ。まぁ電気街は細々ながらも長く残ってるし、案外そういうマニアは多いのか?」


「仮想キーボードでFPSをするのは味気がない。やっぱり実物じゃないと。それに青軸の打鍵感と打鍵音はたまらない」


「お。ネルのPCのグラボ、G-Forze(ジーフォーズ)のRGX 99999090ti super搭載じゃん。一体何すんだよ」


「……ふっ、それは愚問。ゲーマーたるもの常に勝利のためにはハイエンド一択」


「私にはさっぱりだけどなんで話に着いていけんのよアンタ……」


「ああ、おやっさんがこういうの好きでさ。昔ちょっとPC自作してたりもしたんだよな」


「……それにこれはお母さんと過ごした場所だから」


 するとネルはキーボードを打鍵する手を止め、ぽつりと漏らした。


「お母さん?」


「……正確にはわたしのオリジナル。“月の兎”の霊核を持つ優秀な葬奏者でもあった。わたしの臨界巨星(コスモスマッシャー)も彼女が使っていたものをそのまま使ってる。クローンのお陰か霊核に宿る因子も一緒だったから」


「私は写真でしか見たことないけど本当にそっくりだったわ。イメージとしては背が高くなって、髪を伸ばしたネルって感じかしら」


「……胸はわたしより大きいけどね」


「せ、成長するわよ多分……」


「……もう18歳だから絶望的……下級学校の水泳の授業で使ってた水着がまだ着れるし……」


「物持ち良すぎだろ」


「……欲しい?」


 ネルはどこからか取り出した、ゼッケンに「ねる」とひらがなで書かれた由緒正しい、紺色の旧型スクール水着を取り出す。


「あの、俺を変態か何かだと勘違いしてないか?」


「……違うんだ……」


「なんで残念そうなんだよ」


「そりゃイノリと出会って即日同棲するとかカラダ目当ての最低野郎としか思えないでしょ」


「なんか色々と理不尽過ぎるだろお前ら! 全然健全な関係だからな!」


「……草食系、いいね」


 ネルは親指を立てる。

 レンは色々と諦めてため息をしつつ、


「えっとそれで……聞いていいのか? クローンがどうとか……」


「……別に構わない。今でもごく一部のやむを得ない正当な理由があればクローンは生み出されるし、かつて騒がれたような遺伝子疾患や寿命問題も無いし、クローン出生者の人権は認められてるしね。わたしのような存在は珍しくないし……逆に変に気を使われる方が苦手」


「ごめん……」


「……ちゃんと同じ人として見てくれるなら、それでいい」


 ネルはベッドに寝転がり、ピンク色のタコのような、デフォルメされた火星人のぬいぐるみを抱きしめ、


「……それでお母さんにはお父さん……UFOオタクの婚約者が居たんだけど、その人は無骸霊(ムクロ)との戦いで亡くなって……お母さんも若くして霊子耐性が低くなる突然変異の遺伝子病で霊核汚染が一気に進行して、葬奏者も続けられなくなった上に妊娠機能を失ってお腹の中に居た赤ちゃんまで喪って……それでも子供を望んで、わたしが生み出された」


 ぬいぐるみを手慰みに弄ぶネルは太陽系の模型が吊るされた天井を見つめながら、


「……病室のお母さんはいつもごめんねって言ってた。クローンっていうのもあったし、お仕事ができなくなって、治療費で経済的に厳しくて治安があんまり良くない土地のボロボロの家に住むことを余儀なくされたのもあったし、それに当時はまだクローン出生者の風当たりが強くて、わたしもよく近所の子たちにいじめられてた。でも大好きなお母さんを悲しませたくなくて、心配かけさせたくなくて、わたしはお母さんの前ではできるだけ平気な顔をして、お父さんが唯一遺してくれたこのUFOの中で泣いてた。それで8年前、お母さんも亡くなってわたしはひとりになって……そんな時にわたしはトウカに会った」


 トウカもネルの隣に寝転がり、ふたりは肩を寄せ合う。


「いじめっ子からトウカがわたしを守ってくれたの。それからトウカのお父さんがわたしをこのお寺に住まわせてくれた。境内の隅にUFOも置かせてもらって」


「父さん、結構エイリアンとかUFOとか好きだったのよね。ネルのことを想って直接触ったりはしなかったけど……でも、ネルが自分から中に案内した時はすごく喜んでたわね」


「……あの人はわたしのふたり目のお父さんみたいな存在だから」


 昔を懐かしむようにふたりは微笑んだ。

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