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「無骸霊!?」
レンたちが目の当たりにしたのは鋭い牙と獅子のような鬣を持つ、ライオンのような、虎のような、狼のような、四足歩行の“獣”の無骸霊だった。赤黒い霊子が蜃気楼のように揺らめき、その赤い眼光はレンたちを射抜くように光っていた。
一瞬、レンと敵対するふたりがお互いを見つめた。その目には、共通の敵に立ち向かうべきか否か、決断を迫られる表情が浮かんでいる。
しかし、“獣”はその猶予を与えず、まずトウカに襲いかかった。彼女は咄嗟にターゲットをレンから無骸霊に切り替え、刀を振るうが、“獣”の動きはかなり速く、ジャンプで躱される。
距離を取り、間合いを測っている様子の“獣”に対し、トウカは鞘から放つ榴弾で仕留めようとするが、そちらも“獣”は容易く機敏な動きで回避する。
「……トウカ!」
ネルがレンの拘束を解除し、急いで仲間のもとに向かう。
身体の自由を取り戻したレンはふたりに呼びかけ、
「ここは一旦中止だ! 協力して戦うぞ!」
「……一応まだ敵同士だし、キミの言うことは聞けない」
「ネルの言うとおりよ。こっちはこっちで勝手にやるわ!」
こちらの提案は即座に却下され、ふたりは“獣”の無骸霊に武器を向ける。
「アンタはひとりでそこで突っ立ってなさい!」
「おい!」
レンは諦めず、引き留めようとするがやはり聞き入れられない。
「……速いけど、捉えた……!」
ネルがトラクタービームであちこちを縦横無尽に駆ける“獣”の動きを止めることに成功する。
「ネル! そのままにしておいて!」
そしてトウカが一気にじたばたと抵抗を続ける“獣”に肉薄し、居合を放った。不可視の速度で鞘から抜かれた刀は“獣”の首を刎ねる。
一瞬身を強張らせた“獣”の身体は力なくその場に崩れ落ち、“獣”の首は地面を1回バウンドしながらしばらく転がったのち、ふたつとも青い炎に包まれ消滅する。
「ふん、大したことないわね」
「……想像以上に弱い。これは肩透かし」
先程まで苦戦していたことを覚えていない様子のトウカとネルは残心とともに武装を解除しようとするが、
「いや、まだだ!」
背後から聞こえてくる足音、そして低く響く唸り声が静寂を引き裂き、空気を冷たく不吉なものへと変える。ふたりが振り返ると、そこには先ほど倒したものと同型の無骸霊たちが、赤黒い霊子を纏いながら姿を現していた。獅子のような鬣、鋭い牙、赤い眼光――それが6体も並び、赤い眼光でふたりを見据え、一歩ずつ間合いを詰めてくる。その動きに合わせて大地が微かに震え、周囲の空間が異様な圧迫感に包まれた。
「……この数は想定外」
「次から次へとキリがないわね……!」
トウカとネル、そしてレンはそれぞれ分担して“獣”たちの対応をする。
トウカは紅夜叉を振るい、次々に襲い掛かる“獣”を対処しながら、時折鞘から榴弾を放つ。
ネルも懐に潜り込もうとする“獣”に対して臨界巨星を振り回し、距離を保ちつつトラクタービームを狙う。
しかし“獣”たちの動きは速く、中々ふたりの攻撃は当たらない。
「……こいつらかなり強いよ。私の念力でも捕捉しにくいし、正直かなり相性悪い……」
「お前らさっき楽勝とか言ってなかったか?」
レンはふたりを尻目に焔魂で“獣”の一体を振り払いつつ、背後から迫るもう一体の“獣”に霊子弾を発射して遠ざけた。
「う、うっさいわね! じゃあアンタは何か勝機があるっていうの?」
トウカの問いにレンは頷き返す。
「アニメとかゲームとかだとこの手合いのはボスが居る筈だ。そいつを倒せば雑魚も消える筈だ! ……多分だけどな」
「アニメやゲームが参考になるか馬鹿!」
顔を真っ赤にするトウカだが、
「……見えた。多分アレがボス」
ネルが臨界巨星のマニピュレーターで指差す先、森の木陰には他の“獣”より一際身体が大きく、全身から放出する霊子量も多いものが身を潜めながらこちらを睨んでいた。
「ま、まぁアンタの勘も少しは役に立つみたいね」
「……とにかくこのままじゃジリ貧だしあの“ボス”をさっさと片付けよう」
ネルが両腕の臨界巨星を構え、掌同士を向かい合わせると、そのふたつの間にブラックホール弾をチャージする。対して6体の手下たちは無防備なネルのもとへ一斉に殺到するが、トウカとレンはすぐさまネルの前に割り込み、迫りくる“獣”を次々に振り払っていく。
「……これで終わらせる、よ……! 終焉巨星!」
遂にチャージが完了し、ネルは巨大なブラックホールを“ボス”に向けて放った。
指向性を持たせたブラックホールは周囲の“獣”を巻き込み、圧縮分解しながら、石畳の地面や木々など周辺の環境には一切影響を与えず、ただ静かに高速で“ボス”に迫り、“ボス”も堂々と彷徨と共に口から照射した霊子ビームで迎え撃つ。黒い球と赤黒い光線がせめぎ合うが、その隙にトウカとネルは一気に“ボス”のもとへ肉薄した。
「――トドメよ!」
トウカが紅夜叉を振り上げ、ネルが臨界巨星の拳を握る。それが振り下ろされればすべてが終わる筈だった。
「――駄目だ!」
しかし、突然レンがトウカとネルに背後から抱きつき、ふたりを地面に押し倒す。
「ちょっ……アンタどこ触って……!?」
「……やっぱりキミは敵……! って、え?」
レンに身体のあちこちに触れられ、顔を真っ赤にするトウカとネルだったが、ふたりはあることに気づき、目を見開く。
「アンタ血が……!?」
「ぐっ……!」
レンの右肩に長い杭のようなものが突き刺さっており、そこでふたりはやっと、ヤマアラシのごとく“ボス”の全身から無数の針が伸びていることに気づいた。もしもあのまま突っ込んでいたら餌食になっていたのはふたりの方だった。背筋が凍り付き、ミスを犯したことにふたりの思考が一瞬停止する。
「……早く逃げて! 腕が……!」
「ここは私が気を引く!」
トウカが刀を振り上げて突っ込み、“ボス”の注意を向けさせ、その隙にネルは臨界巨星のマニピュレーターでレンから“ボス”を引き剥がそうとする。
「くっ!」
「うぅ……!」
しかし“ボス”は前脚を振るい、鋭い爪でトウカとネルを吹き飛ばす。ふたりとも咄嗟に武器でガードしたため直撃は免れたが、衝撃を殺し切ることはできず、地面に叩きつけられてしまう。
「がっ……!!」
激痛に意識が飛びそうになるレンの内に、再び黒い炎が燃え上がるが、紅蓮の炎で呑み込み消し去る。
無骸霊ではなく、葬奏者として戦う。
そのための武器はここにあるのだから。
レンの意思に応じ、紅蓮の炎が勢いを増す。
その熱量に狼狽えたのか、“ボス”の針が肩からずるりと抜け、立ち上がったレンは右肩の痛みを堪え、焔魂の柄を握り締める。
その気迫に“ボス”は後ずさり、逆にレンはみるみるその距離を詰めていく。
「ぁああああああああッ!!」
両手で握る大剣を一気に“ボス”の胸元目掛けて突き入れた。
炎を噴き出す刃は胸部の“霊核”を正確に捉え、粉々に砕く。
「――――ッ!!!!」
“獣”が断末魔に咆哮した直後、その肉体は青い炎に包まれ、灰となり、跡形もなく消滅した。
「……大丈夫か?」
レンはよろめきながら地面に倒れたままのふたりに手を差し伸べた。
しかし肩口からの出血が酷く、彼は膝を着くと慌てて身を起こしたトウカとネルはレンを支えた。
「な、なんでアンタ私たちを庇って……」
「……無骸霊から守るのは当たり前だろ……うっ!」
力なく笑みを浮かべたレンだったが、遂に彼は意識を失い、トウカの胸元に倒れ込んだ。
「……あっ! ちょっと!」
「……気を失ってる……」
ふたりは困り顔で顔を向かい合わせた。




