宣戦布告①
学園全体が注目する「試練」の発表により、神宮寺紡希はついに公式の場で実力を示すことを強いられる。
対戦相手は、生徒会直属の異能者。
これは単なる実力試験ではなく、生徒会長・相馬颯が紡希を試すために仕組んだ戦いだった。
放課後、紡希は相馬美久と再び対話する。
彼女は兄の狙いを理解しており、戦いを避けられない現実に苦悩していた。
「紡希……この試練、断ることはできないの?」
美久の問いに、紡希は静かに首を振る。
「もう決まったことだ。それに、俺の力を試したいのは彼奴等だけじゃない。」
学園の派閥が紡希の動向を注視している以上、逃げることはできない。
彼がこの学園で生きるには、力を示すことが必要不可欠だった。
一方で、氷室澪は試練の裏に隠されたもう一つの目的を察していた。
生徒会は「試練」の名のもとに紡希の本質を見極めようとしている。
「この試練は、君にとっての“宣戦布告”みたいなものだね。」
澪の言葉はどこか含みを持っていた。
彼女が何を知っているのか、それを紡希はまだ掴めずにいた。
「テストだか試練だか知らないけども」
そして迎えた試練当日。
会場には生徒会と反生徒会のメンバーが集まり学園の空気は張り詰めていた。
試練当日、学園の広場には無数の視線が集まっていた。
生徒たちは壁際に並び、緊張感に包まれた空間を固唾を呑んで見守っている。
中央には試練の舞台――広場の一角が、
結界によって区切られていた。
結界の内側は、外界と隔絶された静寂に包まれていた。
外のざわめきはまるで別世界の出来事のように遠く、ただ対峙する者同士の気配だけが際立つ空間だった。
紡希は深く息を吐き、視線を正面へ向ける。
柊木渚紗――
生徒会幹部の一人にして、相馬颯の腹心。
肩にかかるほどのふわりとした銀髪が微かな風に揺れ、瑠璃色の瞳が無邪気な猫のように細められている。
その奥にある優しくも冷徹な観察眼。
「……なるほどねーぇ」
渚紗は口元に微笑を浮かべながら、
哀れむように紡希を眺めた。
その声音には余裕があり、この試練がすでに勝負の決した遊戯であるかのような響きを持っていた。
「さすがに緊張してる? ほら、学園中の視線が集まってるもんね」
どこか挑発とも取れる言葉。
しかし紡希は反応を見せない。
彼女の唇が笑みを描きながら、軽快な声が響く。
「紡希って可愛い名前だよねぇ?」
どこか愉快そうな声音に、周囲のざわめきが増す。
しかし紡希は微動だにせず、ただ無言で相手を見据えた。
「女の子同士でさぁ?仲良くしたいところなんだけど……」
渚紗は割と本気で肩をすくめる。
「そうもいかないんだよなーぁ?
だよね、生徒会長さん」
彼女の言葉に応じるかのように、
観戦席の最上段に座る相馬颯が微かに頭を抱えた。
その鋭い眼差しは、この戦いの行く末を測るように静かに注がれている。
「……あんたが俺の相手か」
静かに呟く。
挑発にも何も乗らない、そのつもりだ。
無意味なやり取りに時間を使うつもりはなかった。
「そうだよ。私は柊木渚紗、よろしくね?」
彼女は軽く首を傾げながら、まるで親しげに言葉を紡ぐ。
紡希は渚紗の纏う雰囲気を見極めるように、ゆっくりと彼女を観察した。
戦う前にまず相手を知る。
これは当然の心得だった。
身のこなしは軽やかで無駄がない。
姿勢には隙があるように見えて、実際にはすぐにでも動き出せる構え。
そして、何よりも気になるのは――
渚紗の「気配」が全く読めないことだった。
普通、異能者同士が対峙すれば、どんなに抑えていても微かな力の波が伝わるものだ。
しかし彼女からは、それが感じ取れない。
(力を完全に制御している……? いや、違う)
紡希は目を細める。
※※※※※
「……本当に戦いたくないよねーぇ?」
渚紗は寂し気に言いながら、一歩踏み出すと肩にかすかな痛みを感じた。
シャツの一部が裂け、赤い筋が滲む。
「!」
驚いた柊木渚紗が炸裂させた青い雷撃。
何百発も。何千発も。何十万発も。
神宮寺紡希が浴びながら欠伸を堪えていると目からハイライトが消えて涙を浮かべた渚紗が呟く。
「うん、ごめんね。痛いし熱いよね?
幾ら君が強くても後遺症残っちゃうと思うから後で言ってね。
治してあげるから」
渚紗が重々しく俯く。
「でもね、でもさ。これ会長さんに頼まれてんだ。ホントに嫌だよね?私達の事も恨んでいいよ?紡希ちゃん」
彼女の瞳が、深く、青く、曇った。
この試練は最早単なる実力の測定ではない。
通常の人間ならば、その瞬間に感覚を焼き尽くされ、膝を折るはずだった。
しかし――
「効くわけがないだろうが」
紡希のドスの低い声が響いた。