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試される覚悟

転校初日が終わりに近づくにつれ、

神宮寺紡希は学園内の空気が確実に変化しているのを感じていた。

廊下を歩くたびに向けられる視線。

敵意を隠そうともしない者、慎重に距離を測る者、興味本位で様子を伺う者。

その全てが、彼の存在を「異物」として捉えている証だった。

この学園は表向きは平穏を装っているが内部では二つの勢力が対立している。

強大な権限を持つ生徒会と、その支配に反発する反生徒会。

その均衡が保たれる中で、突然現れた「神宮寺紡希」という未知の存在は、

どちらにとっても無視できるものではなかった。

放課後に下駄箱を開けると、一枚の紙が落ちた。

無造作に拾い上げ、記された文字を目で追う。

「体育館へ来い」

それだけの簡潔な指示。送り主の名はないが、意図は明白だった。

(……まあ、予想はしていた)

紡希は軽く息をつき、紙をくしゃりと握りつぶす。

転校初日から派手にやらかした覚えはないが、それでも目立ってしまったことは否めない。

おそらく、どちらの陣営かが「試す」つもりなのだろう。

挑戦を受けない理由はなかった。

***

体育館の扉を押し開けると、

中は静まり返っていた。

人気のないはずの空間に、

確かな気配が満ちている。

「……来たか」

男の声が響いた。

その瞬間、天井に取り付けられた照明が一斉に灯る。

まるで舞台の幕が上がるかのように、

光が紡希の足元を照らした。

視線を上げると、そこには数人の生徒が並んでいた。

制服の胸元に輝く生徒会の紋章。

彼らはこの学園で特に強い力を持つ者たち

つまり生徒会直属の異能者部隊だった。

「神宮寺紡希。お前が何れ程のものか確かめさせてもらうぞ」

先頭に立つ短髪の男が静かに言った。

紡希はその言葉を受け、口元をわずかに歪める。

「力試しってことか」

「理解が早くて助かるよ。手加減はしない、始めるぞ!」

次の瞬間、鋭い風切り音が耳をかすめた。

***

先制攻撃を仕掛けてきたのは、

状態を操る能力者だった。

例えば身体強化、肉体の剛性を人間では不可能なレベルまで引き上げる。

それにより筋肉が隆起して筋組織が千切れながらも自己修復状態に持って行き、

より更に強靭かつ効率的最適状態に瞬時に至った。

そして盛り上がった力を足先に一点集中し、ガラスを割るような破砕音と共に体育館の地面ごと空間も踏み抜く。

一瞬遅れて衝撃波が発せられる中、

気合いとともに重たい拳を紡希に向けるも軽々と全て往なされるも次の瞬間、

炎の奔流が紡希へと迫る。

熱波が空気を歪ませ周囲の床が焦げる。だが——

「……遅い」

紡希の目が冷たく光った。

彼が足を踏み出した瞬間、周囲の空気が変わる。

まるで時間が引き伸ばされたかのような錯覚。能力者たちは直感した。

この空間は支配された。

「王喰い——瘴蠢」

囁くような声とともに、紡希の手がわずかに動く。

その瞬間、炎はかき消えた。否、吸収された。

「な……!」

炎を放った状態能力者が声を失う。

自分の力が完全に消滅し、制御すらできなくなった事実に、脳が追いつかない。

紡希は動じず、無表情のまま一歩前に出た。

「次は?」

挑発するような言葉。

だが、誰も動けなかった。

彼の異能「王喰い」は、相手の異能を無効化し、その力を奪う。

今この場にいる者たちは、その事実を目の当たりにしてしまった。

「……バケモノめ」

誰かが小さく呟く。

その言葉に紡希は初めてわずかに笑みを浮かべた。

「違うよな」

足元に転がる焦げ跡を一瞥し、静かに言葉を続ける。

「お前たちが弱いだけだ」

***

戦いが終わった体育館に、静寂が戻る。

倒れた能力者たちが呻く中、体育館の入り口が音を立てて開いた。

「やっぱり、君は厄介だね」

低く、落ち着いた声。

振り向いた先に立っていたのは、一人の青年。鋭い眼差しと整った顔立ち。

学園を支配する生徒会の頂点——生徒会長・相馬颯。

「君の力、今の所は想像通りだったよ」

颯は微笑を浮かべながら、ゆっくりと体育館へ足を踏み入れる。

その目は、興味と警戒が入り混じった光を宿していた。

「……お前も試すつもりか?」

紡希の問いに颯は軽く肩をすくめる。

「いずれ、ね」

意味深な言葉を残し、彼は踵を返す。

体育館の扉が静かに閉じられ、静寂が戻る。

紡希はわずかに息を吐いた。

(……やはり、避けられないか)

この学園において、自分は既に「排除すべき存在」として認識されている。

だが、それを恐れるつもりはない。

紡希はその背中を無言で見つめた。

静かだった。

戦いの余韻がまだ体育館に漂う。

倒れた能力者たちの荒い息遣いだけが響いている。

「……お前の手の者だったのか?」

紡希が問いを投げると、颯は歩みを止めずに応えた。

「そうとも言えるし、違うとも言える」

曖昧な言葉だった。

「何が言いたい?」

「彼らは僕の指示で動いたわけじゃない。でも、君と戦うことを望んでいたのは確かだ」

颯はようやく足を止め、振り返った。

「彼らは君を恐れている。だから試した。実際に戦えば、何かが分かると思ったんだろう。だが——」

彼は視線を紡希へと向け、その目を細めた。

「その結果、確信に変わっただけかもしれないね」

「確信?」

「君が、学園の秩序を壊す存在だってことさ」

颯の言葉には、僅かながらも確かな圧力が込められていた。

「この学園は、ただの学び舎じゃない。

強者が強者として君臨し、支配する場所だ。そして、その頂点にいるのが僕たち生徒会。だが——」

彼は淡々と続けた。

「そこに君が現れた。力を持ち、なおかつそれを恐れない存在が」

「それがどうした」

紡希の声は冷静だった。挑発には乗らない。

颯は小さく笑った。

「君はおそらく、どちらの陣営にも興味がないんだろう?

生徒会に従うつもりも、

反生徒会に与するつもりもない」

「正解だな」

「だが、それが一番の問題なんだよ」

颯の言葉に、体育館の空気がわずかに張り詰めた。

「どちらにも属さない強者は、

この学園にとって脅威でしかない。

敵か味方か、それすら分からない者がいることが、一番の不確定要素だからね」

「……だから、どうする?」

紡希の問いに颯はふっと微笑を深めた。

「君が何者なのか、どう動くのか——それを見極める。そして、いずれ……」

言葉を一度区切り、颯はゆっくりと告げた。

「必要なら、僕が君を排除する」

体育館に沈黙が落ちた。

言葉が重く響く。まるで宣告のように。

しかし、紡希はそれを受けても微動だにしなかった。ただ、静かに相手を見据え、口を開いた。

「いいだろう」

短く、だが確かに言い切る。

「お前がそのつもりなら——受けて立つだけだ」

静かに呟くその言葉、本当は誰に向けられたものでもなかった。

だが、確かに響いていた。

試される覚悟。

戦いは、まだ始まったばかりだった。

相馬颯はそう言って背を向けた。

まるで、この場の結末を既に理解し、

すべてを掌握しているかのような振る舞いだった。

颯はその返答を聞いて、満足そうに笑った。

「やっぱり、君は面白いね」

そう言い残し、颯は踵を返し、体育館を去っていった。

紡希はその背中を最後まで見送ったあと、ゆっくりと深呼吸した。

「……試される覚悟、か」

彼は自嘲するように呟くと、もう一度周囲を見渡した。

倒れたままの能力者たち。彼らはまだ戦える状態ではないが、意識はある。

その視線には、畏怖と、そして悔しさが滲んでいた。

「これで分かっただろう?」

紡希は彼らに向けて言った。

「俺にちょっかい出すのは止めておけ」

それが警告なのか、忠告なのかは、自分でも分からなかった。

***

静寂が体育館を支配する中、神宮寺紡希は倒れた能力者たちを一瞥し、ゆっくりと歩き出した。戦闘の余韻がまだ彼の体に残るが、彼自身に疲労の色はない。

むしろ、これが始まりに過ぎないことを自覚していた。

相馬颯は去った。

しかし、あの男の言葉は明確だった。

——必要なら、僕が君を排除する。

紡希はその言葉の裏にある意味を考えながら、体育館の扉に手をかけた。

その瞬間、背後で微かな動きがあった。

「……待て」

低く、悔しさを滲ませた声。

振り返ると状態を操っていた能力者が体を起こし、紡希を睨んでいた。

顔には焦げ跡が残り、制服の袖も焼け焦げている。

それでも、その目にはまだ戦意が宿っていた。

「まだ……終わってねえ」

彼の言葉に体育館のあちこちで呻いていた他の能力者たちも、意識を取り戻し始める。

彼らは皆、紡希に敗れた者たちだ。

だが、それでも立ち上がろうとしていた。

紡希は短く息をつき、目を細めた。

「そうか」

その一言だけを返し、再び体育館の中央へと足を進めた。

すると、ドアの向こうで誰かが舌打ちする音がした。

「……やれやれ、バカ共が」

扉が音を立てて開かれ、新たな人物が姿を現す。

長い銀髪を後ろで束ね、黒のコートを翻しながら、気だるげな表情を浮かべた青年——東堂蓮司。

彼の胸元には、生徒会の紋章とは違う、

黒い徽章がついていた。

「東堂……!」

炎の能力者が歯を食いしばる。

紡希はその反応から察する。

どうやら彼は反生徒会側の人間らしい。

蓮司はゆっくりと歩みを進めながら、

紡希を値踏みするように見つめた。

「お前が神宮寺紡希か……なるほど、話に聞いていた通りってところか」

「そっちも俺を試しに来たのか?」

紡希が問いかけると蓮司は鼻で笑った。

「いや、俺はそんな自殺願望なことはしねえ。ただ……こいつらがやられてる所を見掛けたからな?」

彼は倒れた能力者たちを見回すと、

肩をすくめた。

「ま、弱い奴が悪いってのは分かるが、

それでもちょっと面白くねえ状況になってるみたいだからな」

そう言いながら蓮司は手をポケットに突っ込んだまま、静かに足を止めた。

「それに——お前の力、もう少し見てみたいって気にもなった」

次の瞬間、体育館内の空気が変わる。

まるで空間そのものが重くなったような錯覚。

「……性質か」

紡希はすぐに察する。蓮司の異能は、単なる身体強化やエネルギー操作とは違う。これは、環境そのものに影響を与えるものだ。

「へえ、気づいたか」

蓮司は口元を歪めると、そのままポケットから手を抜いた。

指を軽く弾く。

それだけで、周囲の空間が歪んだ。

「開閉ーーこれは『広がり』でも在るのか」

紡希の言葉に、蓮司は楽しげに笑った。

「お察しの通り俺は『そのもの』さ」

その瞬間、紡希の足元が沈む。

「……!」

ナニカが急激に増加し、紡希の体が床に引き寄せられる。

膝が沈み込み世界全体が歪むような圧力を感じた。

「どうだ?」

蓮司は余裕の表情で問いかける。

そして紡希は無表情のまま、それを聞き流す。

「悪くない」

そう言いながら、彼は軽く息を吸った。

「だが——」

次の瞬間、重力の圧力が消えた。

蓮司の表情が一瞬、驚きに変わる。

「なっ……!」

「お前の性能、悪くはないが……俺には効かない」

紡希は静かに言い放つと、手をかざす。

「——『王喰い』」

その瞬間、蓮司の異能が完全にかき消された。

彼の周囲の空間が歪むことなく、通常の状態に戻る。

「……ッ」

蓮司は舌打ちすると、一歩後ずさった。

「こりゃ、厄介だな……」

だが、彼はまだ諦めてはいない。

むしろ、興奮すら覚えているような表情だった。

「面白い」

蓮司は薄く笑い、手を軽く握る。

「ますます、お前に興味が湧いたぜ」

その言葉に、紡希はわずかに眉をひそめた。

「お前……本気で俺と戦うつもりか?」

蓮司は答えず、ただ笑う。

そして——

体育館の扉が、再び開かれた。

「待て、蓮司」

低く、鋭い声が響く。

そこに立っていたのは、一人の少女。

長い黒髪を靡かせ、冷たい瞳でこちらを見つめていた。

「……お前は」

紡希は、その少女の姿に目を細める。

「これは……面白いことになりそうだな」

蓮司がくつくつと笑う中、少女は無言で紡希を見つめ続けていた。

静寂が満ちる。

だが、どのみち——

戦いは、まだ始まったばかりなのだ。

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