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王喰い〜KingSupreme〜  作者: しぃら茶番
他校交流編
20/20

揺らぐ意志、従う者と逆らう者

天嶺学園の中央棟──

その一角にある豪奢な応接室。

「レリア様、先ほどの巡回中に例の“異能殺し”様と接触なさったとのことですが……」

姿勢を正し、端然と立つ少女の声は穏やかだが、内に秘めた緊張を隠しきれていなかった。

その少女、名前をエリス・フォン・アーデルハイトという。

天嶺学園における“階級の頂点”であるレリアに仕える専属の付き人であり、

その忠誠心と献身は他の誰にも負けない自負を持っていた。

「ええ、エリス。確かに“お姉様”とは話をしましたわ」

レリアは優美な仕草で紅茶を口に運びながら、

微笑を浮かべて語る。その表情には、喜びと興味が入り混じっていた。

「やはり、特別な方ですわ。“秩序を壊す者”というだけではなく、その在り方そのものが──」

「ですがレリア様!」

エリスは勢いよく声を張り上げた。

その目には、わずかな焦りが宿っていた。

「危険です。彼のような者を近づけるのは……天嶺学園の秩序に何をもたらすか、予測がつきません!」

「ふふ、確かにそうですわね。でも、だからこそ興味深いのです」

「しかし……」

エリスの言葉を遮るように、

レリアは手を軽く上げた。

その動作だけで、彼女の威圧感が空気を引き締める。

「エリス、あなたは私に忠誠を誓ってくれているのでしょう?」

「……もちろんです、レリア様。私の全てはあなたのために」

「ならば、私の意志を疑う必要はありませんわ。むしろ──」

レリアは目を細め、楽しげに言葉を続ける。

「彼の存在こそが、この学園の“枠組み”を再構築するための試金石なのです。

 彼の力を取り込み、私の支配を“完全”へと昇華させる。

 そのためには……彼ともっと対話しなければなりませんわ」

「……レリア様」

エリスは言葉を詰まらせる。

レリアがそこまで執着する相手に対して、自分の意見を押し通すことなどできない。

「ですが……その者が学園に混乱をもたらす可能性も……」

「混乱?」

レリアはわずかに笑みを浮かべた。

「いいえ、エリス。彼の存在がもたらすものは単なる“混乱”ではありません。

 それは“刺激”ですわ。

この学園における秩序の中で、ずっと眠っていた者たちへの刺激。

 それを与えられる存在が現れた──それだけのことです」

「……では、私はどうすれば?」

「エリス。あなたには引き続き、私の側にいてもらいますわ。

 そして、あの“お姉様”の行動を観察しなさい。

 彼が何を望み、どこへ向かうのか──

 それを見極めることが、今のあなたの役目です」

「承知いたしました、レリア様」

エリスは深々と頭を下げた。

だが、その内心ではまだ不安が渦巻いていた。

異能《王喰い》──天嶺学園の秩序を破壊する可能性を持つ存在。

その者を“興味深い対象”と断じるレリアの考えが彼女には理解できなかった。

「では、失礼いたします」

エリスは一礼して部屋を後にした。

廊下を歩く足取りは、普段よりも僅かに重い。

(あの男……神宮寺紡希……彼は一体、何を考えているのか?)

エリスは思案しながらも、与えられた任務を全うしようと決意を固める。

──レリアのために。


※※※※※※※※※※

彼女が部屋を出た後、レリアは再び紅茶を口に運びながら、窓の外を眺めた。

視線の先には、広大な庭園の向こうに広がる灰色の空。

「お姉様……私はあなたを決して見逃しませんわ」

レリアの瞳には確固たる意志が宿っていた。

神宮寺紡希という存在を取り込み、あるいは飲み込まれることすら厭わない──

その意志は、もはや執念に近いものだった。

(次はどう動くかしら、お姉様?)

彼女の微笑は、ますます深くなっていった。


※※※※

──天嶺学園の庭園から離れた一角。

神宮寺紡希は、人気のない場所を選んで腰を下ろしていた。

周囲に響くのは風の音と、遠くで交わされる生徒たちの会話のざわめきだけ。

この学園での交流期間中、自由行動と称して一人でいることは珍しくなかった。

(……レリア。あいつの“支配”ってやつは、何かが違う)

ふと、頭に浮かんだのは天嶺学園の“階級の頂点”である少女、レリアの姿。

彼女の言葉、行動、その全てが“支配”を中心に据えていた。

けれど、それは単なる権力欲や傲慢ではない。

むしろ、彼女は自分の“秩序”を築き上げるためにあらゆるものを取り込み、

自分の力に変えようとしている。

それは──ある種の柔軟さであり、

意志の強さでもあった。

(あいつの目……俺を取り込むって、本気で思ってるんだろうな)

紡希は小さく鼻で笑う。

だが、その表情にはかすかな疑念が混ざっていた。

「……自分の支配に組み込みたい、か」

《王喰い》という異能は、構造を破壊して支配の枠組みを食い破る力。

その性質上、他者の支配に組み込まれることなどあり得ない。

しかし、レリアの言葉はまるで──その異能すらも自身の枠組みに取り込むつもりでいるかのようだった。

(本当にできるのか……いや、そんなことどうでもいい)

自分の思考を振り払うように、紡希は頭を振った。

求めるものは何もない。

ただ、自分の存在を貫くこと。

それだけが紡希の信念であり、存在理由だった。

「神宮寺様……ここにいらしたのですね」

声がかかったのは、その時だった。

振り返ると、整然とした姿勢で立つ少女がいた。

天嶺学園の制服を纏い、その立ち振る舞いはまるで訓練を受けたかのように洗練されている。

「……誰だ?」

「エリス・フォン・アーデルハイトと申します。レリア様にお仕えする者でございます」

エリスは穏やかな表情で深々と礼をした。

その動きに無駄はなく、完璧な礼儀作法に従っていることが一目で分かった。

「レリアの……付き人か」

「はい。レリア様より貴方様の様子を観察し、ご報告するよう命じられております」

「観察……ね」

紡希は肩をすくめる。

天嶺学園の“支配者”であるレリアが自分に興味を持つことは分かっていたが、

まさかこうして監視役を送り込むとは予想外だった。

「お前も、俺を取り込むつもりか?」

「いいえ、私はただ……レリア様の命を遂行するのみです。

 貴方様に対して敵意や害意を持つものではありません」

エリスの声音には嘘はなかった。

むしろ、その忠誠心がひしひしと伝わってくるほどだった。

「……忠犬みたいなもんか」

「仰る通りです。私はレリア様の忠実なる従者であることを誇りに思っています」

その言葉に、紡希は興味を引かれたように目を細めた。

「そんなに忠実であることに、意味があるのか?」

「もちろんです。レリア様こそが天嶺学園の頂点であり私にとっての全てですから」

「お前は、ただ従うだけで満足なのか?」

「満足……いえ、それ以上です。レリア様のお役に立てることこそが、私の存在意義なのです」

「存在意義……ね」

紡希はその言葉を反芻した。

自分とはまるで異なる価値観。

エリスは自身の意志を持たず、ただ他者に従うことを“誇り”としている。

(支配されることを誇りに思う……そういう生き方もあるのか)

「それで、お前は俺をどうするつもりだ?」

「何もしません。ただ、貴方様の行動を見守り、その結果をレリア様に報告するだけです」

「……勝手にしろ」

紡希は再び視線を外し、空を見上げた。

エリスはそれを見て深々と礼をし、少し離れた位置で佇む。

(見守るだけ……か)

だが、その存在感はまるで影のように付きまとい、

紡希の意識にわずかな重さをもたらしていた。

──天嶺学園の“支配”とは、こういうものなのかもしれない。

見えない鎖で縛りつけ、従わせようとする意志。

レリアという存在が持つその支配力の一端を、紡希は少しだけ感じ取った。


※※※※※※※※※※

──それから数日。

『学園連携特別強化週間』と称されたこの交流期間は、表向きは平穏を保っていた。

各学園の生徒たちは演習や文化交流プログラムに参加し、互いの技術や知識を交換し合う。

だが、その裏で張り詰めた緊張が絶えず漂っていた。

(この“連強週間”ってやつも、所詮は互いの力を探るための“試験”に過ぎない)

神宮寺紡希は、学園内の敷地を歩きながらそんなことを考えていた。

龍帝学園から参加している者たちは大半が戦闘訓練に専念し、天嶺学園の生徒との演習で互いに力量を測り合っている。

だが、紡希はそうした訓練に参加することもなく、ただ気ままに学園内を彷徨っていた。

「神宮寺様……」

影のように付き従うエリスの声が背後から響いた。

あれ以来、彼女は常に紡希を監視し続けている。

けれど、それが“束縛”だと感じたことは一度もなかった。

むしろ、彼女の態度は実直すぎるほど従順で、存在を消すことすら意識しているようだった。

「……お前、いつまでついてくるつもりだ?」

「レリア様より“観察”を命じられていますので、貴方様がこの学園に滞在している間は、ずっとです」

「ご苦労なことだな」

「いえ。これも私の役目でございますから」

まるで決まり切った返答のように、

エリスは淡々と答える。

彼女の視線は決して紡希を逸らさず、どこまでも忠実だった。

(本当にただの“付き人”か? こいつ……)

そう疑いながらも、紡希はそれ以上問い詰めることはしなかった。

──その時。

「──ふ、君って普通に優しいんだね」

不意に聞こえてきた声。

柔らかく、けれども挑発的な響きを含んだ声色が風に乗って紡希の耳へ届いた。

「……誰だ?」

振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。

薄いピンク色の髪を背中まで垂らし、

瞳はまるで宝石のように煌めいている。

彼女の姿は他の学園生徒とは異なり、

どこか異質な雰囲気を纏っていた。

「僕? フィル・フローレリアっていうんだよ。覚えてくれたら嬉しいな」

フィルは小さく手を振り、にこやかに微笑んでいた。

その笑顔は愛嬌に溢れながらも、どこか鋭さを含んでいる。

「お前も“観察者”か?」

「まあ、そう言えなくもないかな?

でも、僕は別に命令されて動いてるわけじゃないよ。ただ興味があっただけ」

「興味?」

「うん。君の《王喰い》ってやつにね」

その言葉に、紡希は眉をひそめた。

「どうして俺の異能を知ってる?」

「噂になってるからだよ。“異能殺し”とか“構造食い”とか、色んな呼び方があるみたいだけどね。

 でも、それを正しく理解してる人は少ないんじゃない?」

「正しく……?」

「うん。君の《王喰い》っていうのは、単なる“破壊”だけじゃない。

 それを理解しないままに噂だけが先走ってるってこと。違う?」

フィルはまるで観察者のように、紡希を見つめていた。

その眼差しは鋭くもあり、同時に優しさも滲んでいる。

「……お前は何者だ?」

「ただの人間、って言いたいけど…まあ、僕も色々あるからね。

 ただ、一つだけ言えることがあるよ」

フィルはふっと笑みを浮かべ、手を広げた。

「この花々の妖精。つまり僕とは…?」

「支配……とでも言うのか?」

「そう。でも、君みたいに“食い破る”力を持つ者っていうのは興味深い。

 普通なら相容れない力同士が、どう作用するのか──ね?」

フィルの言葉には挑発の意図が含まれていた。

だが、それ以上に彼女の好奇心が強く伝わってくる。

「つまり、俺とやり合いたいってことか?」

「ううん、そういうわけじゃない。

 ただ、君と少し“遊んでみたい”だけ。

 どういう風に反応するのかを見てみたい──それだけだよ」

「遊び、ね……」

紡希はフィルをじっと見つめた。

彼女の言葉は冗談のようでありながら、底知れぬ本気が含まれていた。

「まあ、すぐにってわけじゃないよ。

 でも──また会おうね。君のこと、もっと知りたくなったから」

フィルはそう告げると、

軽やかに踵を返した。

その背中はどこか無防備で、しかし異能者としての自信が漂っていた。

「……エリス」

「はい、神宮寺様」

「お前は今の会話をどう思う?」

「フィル・フローレリア──本名は分かりませんが"彼"もまた貴方と同じ、

我々とは別の立場であることは間違いないと思います。

ただ、レリア様の支配とは異なる“個人の意志”を感じます」

「個人の意志、か」

紡希はフィルの残した言葉を反芻しながら、静かに息を吐いた。

次に動くのは誰なのか──いや、それともまた自分自身なのか。

──不確かな予感が、胸の奥で微かにざわついていた。

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