サクラマイチル
全校生徒がほぼ登校してから後にいつも中庭をパタパタと走る男子生徒の姿が見える。毎朝同じくらいのタイミングで校舎の三階の窓際から私はその光景を見ている。いつも見ているとなんだか心が踊ってしまう。
授業が終わりいつもの部室に向かう。部室といっても他のクラブの部室とは違ってうちの高校では理科室が二部屋あって、一部屋は使用されていない、その使用されていない方の部屋がまるまる私の所属するサイエンスクラブの部室だった。その部屋で部員はのんびり水槽のメダカやアロワナ、ハムスターの世話をしながら、何故か置いてあるオーディオコンポから銘々好きな音楽を代わりばんこに流す。そうしてダラダラと皆と時間を潰すのが日課だ。動物が何故いるのかというと理科という教科の中の生物も含めての解釈だかららしい。部室の横の倉庫にはなんと雄と雌の鶏まで飼っている。ちなみに健太と姫という名前。なんで健太という名前なのかは言わずもがな・・・。
もちろん科学的な実験もしたりする。一度火山の仕組みの実験をしたことがあった。桃の缶詰の中に異なる薬品を三層にして入れて、部屋を暗幕のカーテンで占めて真っ暗にした上で机の上にその缶を置いて一層目の薬品に火をつける。第一噴火、ドラゴン花火のようにシュボーっと音を立てて火柱が上ると共にみんなの歓声も上がる。第二噴火、さらに高く火柱が上がる。そして第三噴火、天井まで届くような火柱と共にシュゴーと音が鳴ったと思ったら、校舎内にジリリリリと非常ベルが鳴り響き、スプリンクラーが動作し私たちはずぶ濡れになった。駆け付けた校長や他の先生方に顧問の先生が平謝りに謝ってた。今度からこの実験をする時は火災探知器の真下に設置するのはやめようと心から誓った。
またこの部室には多くの部外者の生徒も遊びに訪れる。立ち寄りやすくこの穏やかな空気が落ち着くのか、中にはクラブには入らないけど居つく人もいる。遊ぶ用具も多いのだ。ほかのクラブで使われなくなったであろう、オセロや将棋、バトミントン、テニス、卓球、野球などなど、多くはないけど揃っている。漫画なども各自持ってきて勝手に本棚に置いてたりする。隣の部屋は理科準備室で教員用の部屋だけど自由に出入りできるし、何故か暗室まである。
そこで先生たちともだべったりしながらまったりとしたコミュニケーションも図ったりしている。
そんな感じで先生とだべっていたら扉が開いて坂井先輩が準備室に入ってきた。
「友達の竹ちゃん連れてきました。いいやつですよ。」と坂井先輩。後ろを見ると、いつも中庭を走ってくる人だ・・・!
穏やかな顔つきの青年。いやむしろ少年といった方が正しいかも、優しそうで柔らかい雰囲気をまとったその人が喋った。
「初めまして、竹田進です。」テナーというよりどちらかというとアルトな澄んだような声が部屋に響いた。むしろ私の頭の中にはよりよく響いた。
「朝倉舞子です。」と誰よりも真っ先に名乗ってしまった。
「なんで二人ともフルネーム?あはは!」と笑うのは同学年の高村千春。名前をきちんと名乗るのは当たり前のことだ、と言いたかったけど、「高村です。よろしく!」と高村はすらっと名乗ったので、もうこれ以上は何も言わなかった。
ここにいるメンバーが各々名乗り、先生も含めて談笑した。竹田先輩は心を引くような話が上手で、その間ずっと私の目は竹田先輩をずっと見ていた。
「あ、僕そろそろ帰らないと。今日はこのへんで失礼します。」と竹田先輩。「え?もう行っちゃうの?もう少し話したかったなー。」と高村。私も心の中ではそう思っていたけれど、竹田先輩は帰って行ってしまった。
「竹ちゃんは妹と弟がいて、親が仕事の間に面倒見てるんだって。」と坂井先輩。そうか、竹田先輩優しいんだな・・・。
翌日、竹田先輩は再び坂井先輩と共に部室にきて、竹田先輩が割と大きめの袋を持っている。
「昨日家で妹がクッキー作りたいって言って、2キロの小麦粉の中に砂糖入れて混ぜてしまったんで、仕方ないから夜中まで頑張って焼いてたんです。で大量に余ったんで持ってきました。もう二度とこんなことしたくないですけど、みんなで食べてください。」
袋を開けると中に小袋で小分けされてて、『ハチミツ』とか『ミント』とか書いてある。ミント好きなので小袋を開けて食べてみた。「美味しいです・・・。」と私が言うと、「そう言ってもらえると嬉しいなぁ。」と爽やかな笑顔で答える。
竹田先輩って男性なのに女子力高いなぁ、と感心した。みんなも美味しい美味しいと言って大量にあったクッキーをすっかり食べきってしまった。
そんな感じですっかりみんなと打ち解けて、竹田先輩はよく部室に来るようになった。
そんなある日、竹田先輩がいつも通り先に帰った後、私は坂井先輩と鳥小屋と呼んでる倉庫の中で二人きりで掃除していた。
「あの先輩・・・」と一大決心をして坂井先輩に声をかけた。
「ん?なんだ朝倉?」と私の雰囲気をなんとなく読み取ったのか、坂井先輩がどこかぎこちない。
「私・・・好きなんです・・・竹田先輩の事が・・・だから竹田先輩に付き合って欲しいって伝えてもらえませんか?」
ぎょっとした顔をする坂井先輩。と同時に「ちょっとまったー!」と言って鳥小屋に飛び込んでくる高村。扉のすぐそこに居たのだろうか。突然の乱入者に驚く私と坂井先輩。
「いや、ちょっと待って!それならあたしも付き合いたい!坂井先輩、あたしも一緒に伝えてよ!」
え?高村も!?予想外のライバルに私は動揺した。高村の勢いに負けて坂井先輩は「わかった!」と答える。高村の高い声が部室全体に響き渡る。これじゃ部室に居るメンバーに全部筒抜けだ。いやー・・・ちょっと待ってよ・・・。
「負けないからね!」と私に向かってふんぞり返り腕を組む高村。どうなっちゃうんだよ・・・と俯きながら私は鳥小屋を出た。「俺じゃないのかよー・・・」と鳥小屋の中から聞こえた気がした。
あくる朝、いつも通りに中庭をパタパタと走る竹田先輩。それを眺めながらため息をつく私。なぜかクラス中、いや隣のクラスまでこの話が広まっていた。「あの朝倉が・・・まさかねぇ・・・」というひそひそ声が教室から聞こえる。すっかりいたたまれない気持ちで授業内容もそぞろに頭に入らない。昼休みもまともに持ってきたお弁当も喉を通らなくてほぼ食べずにしまう。
そして放課後になったので、部室に向かった。まだ誰も来ていなかった。
部室の椅子に座り机に突っ伏して「はぁ」とため息をついた時、ガラガラと部室の戸が開いて坂井先輩が入ってきたから飛び起きた、竹田先輩は今日はいなかった。その後ろから続いて高村も入ってきた。
「おまえらさ・・・」とため息を吐くように坂井先輩が声を出す。「竹田は弟たちの面倒で忙しくて恋愛とか今は考えれないんだってさ、だからごめんって言ってた。」
「あちゃー・・・ダメだったかぁ・・・」とさすがに横でうなだれる高村。
心が締め付けられる・・・我慢してるつもりでも涙が出てくる、ここで泣いたらダメだ・・・。ここで泣いたりなんかしたら・・・と思いながらもせき止めようもなく溢れ出る涙が床にぽつりと落ちる。「大丈夫、私はだいじょ・・うぶです・・うっ・・・坂井先輩ありがとうごじゃいますうっ・・・」俯きながら顔を上げれなくなって顔を抑える。
「朝倉・・・泣くなよ・・・」と私の肩に手をかけてくる坂井先輩。「だったら俺が」「ストーップ!」と高村。「坂井先輩。今はちょっと反則だよ。そっとしといて」と少し涙目の高村。私はその会話は聞こえてなかった。「今日は帰ります。」と一声だけ振り絞って立ち上がり帰路をゆっくりと進んでいった。
次の日クラスメイト達が優しかった。
日は過ぎて文化祭の前日、クラブの出し物がサイエンスクラブにもかかわらず何故か綿菓子を出す事になっていた。顧問の先生が業務用の綿菓子製造機をレンタルで借りて部室に置いてくれていた。何があったのか知らないけど坂井先輩と高村がやけに仲良しだった。多分そういうことだろう。本当になんというか・・・はぁ。
「誰かスーパースギヤスに行ってザラメ買ってきてくれる?」と顧問の先生が言うと「はいはーい、あたしたちがいきまーす。」と高村が答えた。あの二人が行くのか、本当に仲がいいなーと思っていると、「朝倉も一緒に行こう。」と高村が私を引っ張った。思いがけない誘いに戸惑いながらも学校を後にした。
「ザラメっ!」ザラメっ!ザーラーメー!」などと歌いながら、なんでも置いてるスーパースギヤスに向かう道を先頭きって歩く高村。その後ろを坂井先輩、私と続く。ふいに坂井先輩が振り向き「朝倉、来週の日曜暇か?」と聞いてきた。え?なんで高村じゃなく私?「え?特に用事ありませんけど何でしょう?」と答えると、なぜかガッツポーズをとる坂井先輩が「プラネタリウム行こう!」と言う。え?いや、坂井先輩と高村って付き合ってるんじゃないの?という疑問が沸きながら「え、でも高村は?」と言う。うなづく坂井先輩。不意に前を歩いてる高村に向かって「おーい!オッケーだってよ」と叫ぶ。
「やったー!いこいこプラネタリウム。ダブルデートだー!」と飛び跳ねる高村。え?いったい何がどうなってんの?
「実はさー、あたしと坂井先輩と竹田先輩の三人でプラネタリウム行く約束になってるんだよねー。」と屈託ない笑顔で言う高村。「俺はさー、朝倉に幸せになってほしいんだよなぁ。竹田には俺から言っておくから。」としんみりした顔で坂井先輩が言う。よくわからないけど、竹田先輩とプラネタリウム行けると思うと久しぶりに鼓動が高まる。
ザラメを買って部室に戻りみんなに見せる。
「いやいや、三人もいてなんで茶色いザラメ買ってきちゃってるの。普通綿菓子のザラメと言えば白いザラメでしょう?」と顧問の先生に叱られた。私は行く前に頭に入れてたけどデートの話で浮足出してしまってすっかりやってしまったのだ。結局また三人でスーパースギヤスに白ザラメと交換してもらいに向かった。
文化祭の後、結構余ったザラメを使ってみんなと自分の綿菓子を作って遊んでいた。私もポリ袋いっぱいの綿菓子を作って家に持って帰って家族と一緒に貪った。
プラネタリウムに行く前日の土曜日の夜、私は布団の中で胸がドキドキしてなかなか寝付けなかった・・・というか、ドキドキしたまま朝を迎えてしまった。
服を何度もこれが良いか、それともこっちの方がいいかなどと着たり脱いだり、自分にできる精一杯のオシャレをして、待ち合わせのプラネタリウムのある駅に一時間前に着いた。当然誰も来ていない。やきもきしながら待つこと30分、やはり誰もまだ来ない。こういう場合の時の流れはものすごくゆっくりしたもんだ。もう半日くらいここで待っているんじゃないかと錯覚した頃に坂井先輩と竹田先輩がやってきた。「よう」と坂井先輩。「どうも」と竹田先輩、「こここここんにちわ」と私はどこの鶏かと思うほどどもってしまって顔が真っ赤になってしまった。
時計を見ると待ち合わせ時間の5分前。高村がまだ来ていない。待ち合わせ時間になったがまだ来ない・・・。20分ほど過ぎた頃にバタバタ走りながら「ごめんなさーい」と言いながら高村がやっと来た。
「千春なんでこんな日に遅刻するんだ。」と坂井先輩が高村を窘める。
「竹田先輩が来ると思って準備してて気が付いたら待ち合わせ時間だったの!」
「いや、なんで俺と二人の時より気合入ってるんだよ!朝倉なんてこんなに気合入ってるのに俺ら来たらもう居たぞ。」と坂井先輩は声を荒げた。
「だって、本当は竹田先輩が本命だったもん。」と高村はとんでもないことを言う。私の細い目が丸くなるかと思った。
「何をー!」と怒り心頭の坂井先輩。今からダブルデートだというのにまさかご破算になってしまうのか、とハラハラしていると、「待って待って二人とも、今日は喧嘩しに来たわけじゃないでしょ。」と竹田先輩が二人の仲裁を図る。
「ごめん言いすぎた・・・。」と高村が言ってなんとかこの場が落ち着いた。
「とりあえず飯行くぞ。時間なくなってしまう。」と竹田先輩が私たちを急がせる。みんなで近くのマクドに向かい、私はフィレオフィッシュセットのポテトとコーラを頼んだ。
「朝倉さん、座ってていいよ。僕が持って行ってあげる。」と竹田先輩が言ってくれたけど、そんな恐れ多い事をさせれない。
「大丈夫です。むしろ竹田先輩が座っててください。私が持っていきますから!」
唖然とする竹田先輩。少しの間の後優しい顔で「朝倉さん、そんなに気張らなくていいよ。ここは僕が持っていくから先に席を取っておいて。」と言う。
私は頷いて窓際の四人席を確保し、高村と一緒に座った。
「ふふーん、二人ともいい感じじゃん。」と高村が得意げそうに言う。
「まだ何も出来てないよ・・・。」と答えるが、高村は慢心そうに私を見つめている。
「おまたせー」と坂井先輩と竹田先輩が四人分のセットを持って来てくれた。見る予定の時間まであまりないので四人とも急いで食べた。もっとゆっくりのんびり食べながら話したかったなぁ・・・。
マクドを出て急ぎ足気味でプラネタリウムに向かった。せっかく来たのにほとんど竹田先輩と話出来ていないな。
プラネタリウムに着いた頃私は息切れしていた。普段ならこれくらいなら全然大丈夫なのに。まぁ、そんなことより中に入ろう。
中に入ると割と広めのドーム状の部屋だった。ドーム状とは言え東京ドームとか大阪ドームとかよりは遥かに小さいんだけども。
高村、坂井先輩、私、竹田先輩の順に席に着くとさっそくブーと開始の音がなった。注意のアナウンスが流れ部屋が暗くなる。そのまま私も暗闇に落ちていく・・・。
「おーい朝倉。朝倉ってば。」
誰かが私を呼ぶ・・・意識が戻る。声の主は高村だった。目を開けると高村、坂井先輩、竹田先輩が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。あれ、私プラネタリウム見に来て・・・ハッと気づいて飛び起きた。やってしまった・・・。
「大丈夫、朝倉さん?」と竹田先輩が声をかけてくる。
「ごめんなさい・・・大丈夫です。」なんとかそう答えた。
私が起きてすぐ四人はプラネタリウムを後にした。
「そしたら、ちょっと俺たちは行くところがあるから。」と坂井先輩と高村は去っていった。
竹田先輩と二人きりになってしまった。すごく気まずい・・・けど、このチャンスは二人が作ってくれたから。なんとか自分で伝えよう。
「竹田先輩・・・」
「ん?何かな?」
「私・・・竹田先輩の事好きです。弟さんたちのお世話があるならそんなに会えなくても良いので付き合ってもらえませんか?」
勇気を振り絞ってそう伝えた。そう、前回は自分で伝えなかったのがきっと悪かったんだ。最初から自分の声で伝えるべきだったんだ・・・。しばしの沈黙・・・の後に竹田先輩が話し出す。
「ごめん・・・やっぱり付き合えないよ。今は弟たちの面倒が一番だし恋愛の事は考えれないよ。平日は親が帰ってくるの遅いし、土日も居ないこと多いんだ。今日は母が休みで時間作れるって言うんで、ずっとプラネタリウムに行きたかったのを坂井君に行ったら一緒に行こうという話になって、そしたら後で朝倉さんも来るって聞いて・・・断る理由もなかったから承諾したんだけど、こういう話になるとは思ってなかった。ごめんね。配慮が足りなくて。」
ダメなのか・・・やっぱりダメなんだ・・・。そりゃそうだよね、前日に眠れなかったとはいえ一緒にいるのに寝てしまったりしたから・・・。とぐるぐる思考が空回りしていた。私の頭の中にはあまり竹田先輩の声は届いてなかった。
「竹田先輩が悪いわけじゃないです。私が諦められなかっただけです。ありがとうございました。」と声を振り絞った。けど、涙声になっててちゃんと伝えられたんだろうか・・・。私はそのまま走って逃げた。
家に帰ってから高村に降られた事を伝えた。高村から「がんばったね」と言われた。
次の日の放課後クラブに顔を出すと坂井先輩と高村だけが居た。高村がそっと私を抱きしめてくれて人の温かみを感じて涙が出てしまった。坂井先輩が困り顔で「えーと、なんだ。悪かったな、気を利かせたつもりだったんだが、かえって・・・んーとなんだ。プラネタリウムが降られた理由になってしまって。」と言ったかと思うと坂井先輩の断末魔の叫びが聞こえた。どうやら高村が坂井先輩の足を踏みつけたようだ。そのタイミングでメンバーがぞくぞく集まってきていた。どうも聞かれていやようだ。
「歩!そういう所ほんとデリカシーない!励ますならもっと言葉選びなさいよ!」と高村が竹田先輩を睨みつけた。
私は涙目のまま笑った。ただ、次の日から一部の心ない人からプラネタリウムがフラレタリユウとからかわれるようになってしまい、坂井先輩への恨みだけは残ったけど。
-高校生編 終わり-