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二次創作:『亜空間グランデホテル』業務日誌

しなやかに、強く。

作者: ちょび

副題:──あるカディル人少年の思い──

 おったまげた。

 目の前に拡がる光景に、ボクはこの言葉しか出て来なかった。


 汚れ一つ無い壁紙。タイル模様のカーペットが敷かれた床。清潔なベッド。ランタンやロウソクとは違う不思議な灯りが部屋を柔らかく照らしている。


 ゴミも埃も臭いも無い。雨漏りも隙間風もネズミが走り回る音も。昨日まで暮らしていたボクの家とは何もかも正反対だった。


 まるで夢の中にいるように、隣に居る母さんも手荷物を抱えたまんま呆然と立ち尽くしていた。


 · · • • • ✤ • • • · ·· · • • • ✤ • • • · ·· · • • • ✤ • • • · ·


 ボクたちカディル人はいつも差別されて来た。


「混ざりっ子が来た!シッシッ!」

「汚ねぇ混血が歩いてんじゃねーよ!」


 悪口は慣れっこだった。ボクの母さんはカディル人だけど死んだ父さんはそうじゃない。だから、ボクと母さんは今までどの国でも──カディル人のグループにすら爪弾きにされた。


 ドルナウでは国からドレイを廃止する御触れが出ているから、ボクたちは今までよりもマシな扱いを受けた。

 コバディ商会の大旦那も、ボクのような「混ざりっ子」を雑用係に雇ってくれた。商会の荷物運びのお手伝い、店の周りのゴミ拾い…そんな仕事でパンをもう一個買えるだけのお金を稼ぐ事も出来た。


 でも。外国から戻った若旦那が店を継いだ途端、ボクは容赦無く追い出された。


 それだけじゃなく「ドレイの分際で出入りするな!」と、若旦那の圧力で他の店からもカディル人は締め出されてしまった。

 コバディ商会は街で幅を利かせてるから、よっぽどの覚悟が無ければ大っぴらにボクたちを庇う事が出来ない。


 それでも何軒かの勇気のあるお店──「店主会」って言うんだって──がボクたちに食べ物を売ってくれたり、自分たちの店の下働きに雇ってくれたおかげでカディル人は生きて行く事が出来た。


 ボクたち親子も宿の裏方に雇われ母さんは洗濯と皿洗い、ボクは客室の掃除と宿屋の子たちの遊び相手になった。

 宿の子たちもボクと同じ「混ざりっ子」だったのには驚いたけど、それと同時にやっと友だちが出来たのがとても嬉しかった。



 だけど、ボクたちに追い打ちをかけるように恐ろしいクマの魔物が街を襲った。



 兵隊さんや冒険者さんたちが必死になって食い止めてくれたけど、街を守る城壁はあちこち壊れ城壁の外の家はガレキの山になった。

 ボクの家も屋根や壁が傾いてしまった。


 片付けや炊き出しが始まっても、カディル人への配給は少なかったし色んな事が後回しにされた。


 仕方がないのでボクたちカディル人は街外れに別の避難所を作ったけど、この間まで街の人たちと助け合って暮らしていたのが、何だかとっても遠い昔のように思った。


 皆が不安になったりイライラしていたせいだろうか。「魔物を街に引き込んだのはカディル人だ」なんてウソが街のあちこちに広がり始めた。


 それを本気にしてしまった人や面白がった人がウワサを周囲に広めたせいで、ボクたちと街の人たちはお互いに、前のように仲良く出来なくなった。

 ウワサのせいで邪険にされたり家を追われたカディル人の中には、ヤケになって泥棒やかっぱらいになる人もいてボクたちはもっと恥ずかしい、哀しい思いをした。


 そんな時、エラい人の親戚だって名乗るフリフリに着飾ったオバさんがボクたちの避難所に押しかけて来た。

 そして親を亡くした子供たちに古くて固い小さなパンを「施す」と、


「んまぁ!な~んてみっともなくてかわいそうな()()()()()()ざましょ。女神のようなこのアテクシが引き取って差し上げますわ♪卑しいお前たちはこのアテクシに感謝なさい!」


 ボクたちをバカにするようにそう言って、オバさんは自分が気に入った男の子ばっかり選ぶと荷馬車に乗せて行ってしまった。


 それを見た母さんは、オバさんが来るとボクを隠すようになった。「アレは『人買い』よ。顔を見せちゃダメ」ってボクに言いながら。


 そして、全身レスカ色のフリフリオバさんを見なくなった頃、別の人たちが街にやって来た。


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 何かヘンなモノが動いている。と言うか走っている。


 最初に見掛けたのは、不思議な形をした「乗り物」だった。

 木じゃなく鉄で出来ていて馬車の様に車輪が付いていて、でも馬車をひく馬もいないのに砂煙を上げながら物すごい音と速さでボクの家の前を駆け抜けた。


 もし夜中に見たら魔物と間違えたと思うけど、中に屈強そうな冒険者の人たちがいたから乗り物だと思う。恐らく、多分、自信は無いけど。


 あっと言う間に鉄の乗り物は街中に走って行ったけど、今度は一体誰が来たんだろう?

 この前のフリフリオバさんみたいな「人買い」じゃなきゃ良いけど。


 そう思いながら、ボクは得体の知れない鉄のカタマリを見送った。


 次の日の夕方、避難所のすみっこで炊き出しの手伝いをしていたボクの所に、宿屋の女将さんが走って来た。


「探したよ!さ、お母さんと一緒に付いといで!」


 そう言うと、女将さんは避難所に居たカディル人の皆を連れて商業ギルドへと向かった。

 街の中心に行くのは、コバディ商会を追い出されてからはじめてで少し怖かったけど、女将さんや店主会の人たちが連れて来た他のカディル人と一緒に階段を登り二階のホールへと向かった。


 そして、ホールの真ん中にデデン!と置かれた不思議な扉の前で女将さんがしてくれたのは、まるでおとぎ話か何かのようですぐには信じられない話だった。


「イエニタさん。…つまり、その扉の脇の薄板に手を当てて自分の名前と歳を言えば良いのか?」


 キャンプで一緒だったおじさんが首をひねりながら女将さん──イエニタさんに聞いた。よく見ると扉の脇には池に張る氷のような薄くて半透明の板が立派な台座の上に置かれていた。


「そうよ。この扉を出入りするのには必要な手続きなの。それと、扉の向こうではケンカや悪さはご法度ですからね。破ったら出入り禁止にされるから気を付けてちょうだいね」


 女将さんが、ボクを含めて連れて来た一人一人の顔を見ながらそう言った。中には少し顔を強ばらせた人も居て、その人たちはやっぱり扉をくぐる事が出来なかったけれど。

 そうして、行儀良く順番に薄板に触ってから名前と年齢と仕事を言い、ボクたちは不思議な扉をくぐった。


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「…ウソだろ」「ここ、どこ?」


 扉の向こう側はギルドのホールとは全然違う、今まで見た事が無いような広場だった。


 壁も床もツルツルで窓もランタンも無いのに明るくて、大勢の人が居るのに蒸し暑くも臭くも無い。

 通路になっている場所には植物の柵で仕切られ、ボクたちが知っているようなのとは全然違うお店が賑わっていた。


 そして、さっきの扉の前にあった薄板を大きくしたようなプレートが幾つも壁に掛かっていて、一枚一枚の中にお揃いの服を着た女の人やお仕着せ姿のおじさん、ボクたちよりも浅黒い肌のムキムキマッチョな人が映っていた。


 ビックリし過ぎて立ち止まったままのボクたちを、宿の女将さんや店主会の人、そして遠い街に住んでいるはずの人たちが奥の「多目的ホール」に案内してくれた。

 そこでよその街から運ばれて来たお布団や服や食料を受け取ると、ボクたちはこれから寝泊まりする場所を教えてもらった。


「簡易宿泊棟→」と書かれた案内板を目印に進んで、たくさんある玄関のドアを開けると床も壁も貴族様のお屋敷みたいに立派な客室ときれいなトイレの並んだ廊下があった。

 ボクたち親子の他に何組もの家族が同じ並びの部屋を割り当てられ、皆おっかなびっくりしながら客室の扉を開けた。


 ──そして、おったまげた。


 シミ一つ無い壁に敷物が敷かれた床、ふかふかのベッドに魔法の灯り。それにタダでお風呂に入れる。それも毎日!


 掃除や洗濯、料理は自分たちでやらなきゃならないけれどイエニタさんの宿で毎日こなしていたからそれくらい平気だ。

 それに、皆で使う台所には料理を簡単するための魔道具や調理道具がいっぱいあって、今までのようにかまどで火をおこしたり水を汲んで来たりしなくていいから、母さんも料理やあと片付けがとても楽になって喜んでいた。


 そして新しい場所での便利な暮らしに少し慣れてきた頃、仕事を無くして困っているカディル人のために荷物の配達や屋台、宿のお手伝いやお店の売り子の募集が始まった。

 ボクより年下のチビたちも不思議な宿──亜空間ホテルの制服姿で働き始め、あまり身体を動かせない人やおばあさんたちは服作りや小物作りの工房に雇われた。


 ボクたちはこれまでイエニタさんの宿で働いていたけど、母さんはいつか独立する時のためにと「キッチンカー」って言う鉄の乗り物が付いた屋台の売り子に応募した。


「うっわぁあああっ…!」


 屋台は色んなお店があった。

 お菓子を売るお店、「丼」って言うお弁当を売るお店、串焼きを売るお店、パンを売るお店。


 鉄の乗り物にくっ付いた台所には魔法仕掛けのかまどやオーブン、「水道」って言うきれいな水が出て来る細い筒、食材を腐らせずに冷やして置いておける「冷蔵庫」があって出来たての料理をすぐにお客さんに渡せる工夫がいっぱいされていると、大きな薄い板の中から職人みたいな格好のお兄さんが説明してくれた。

 おまけに、キッチンカー"そのもの"が料理やお店の飾り付けを手伝ってくれるって言って、早速、皆の目の前で美味しそうな料理を作ってくれた。

 まるで魔法使いの使い魔みたいだけど、魔法仕掛けの乗り物だからこう言うのは朝飯前なのかな。

 そう思いながら食べたアツアツのピッツァは母さんの手料理と同じくらい美味しかった。


 母さんたちが嬉しそうにキッチンカーを選び、ボクらが美味しいご飯にはしゃいでいるのを見て、ここまで案内してくれたお兄さんが糸のような目で微笑んだ。

 お兄さんの名前はトシヤさん。神様に選ばれて別の世界からやって来た、この不思議な宿や魔法の乗り物の持ち主なんだって。


 王様や貴族様とも友だちで物語の英雄みたいなすごい人。

 だけど、皆を案内したり何か困っている事はないか話しかけてくれたり、親とはぐれて迷子になったチビたちの子守りをしたり、時々おかしな魔法で部屋を増やして叱られたりしながら周りの人たちと一緒に働いているんだ。


「ご飯は美味しいですか?元気になってくれて良かったです。僕も同じ国民として頑張りますから、皆で一緒にドルナウを立て直しましょう!」


 トシヤ兄さんは口々にお礼を言うボクたち一人一人に話しかけ、握手してくれたり頭を撫でてくれたりした。前に避難キャンプに来たフリフリオバさんとは正反対の真っ直ぐで温かな、力強い声に何だか急に涙がこぼれた。


 本当はずっと怖かった。寂しかった。


 カディル人でもそれ以外でもない、どっちつかずのボクは「混ざりっ子」。冷たくあしらわれる度に「混ざりっ子だから仕方ないんだ」とあきらめながら生きて来た。


 こんな風に温かく話しかけられる事が、それが普通で当たり前なのだと言う事が、ドルナウの街の人間として胸を張って生きられる事が。

 嬉しさと戸惑いと、今までの辛さが頭の中でごっちゃになって。


 母さんがオロオロしたりトシヤ兄さんが慌ててポケットからハンカチを取り出したりするから、泣きやもうとしても涙が止まらなくなってしまった。


 · · • • • ✤ • • • · ·· · • • • ✤ • • • · ·· · • • • ✤ • • • · ·



 トシヤ兄さんは優しいだけじゃなく、とても強いと思った。見た目はヒョロっとしておじいさんみたいな感じで、屈強な冒険者さんが交代で護っている。

 でも、本当の強さは腕力や権力だけじゃない。そう、ボクが強く思える事件が起こった。


 キッチンカーに慣れる練習で、街の片付けをしている人や新しい家を建ててくれている大工さんにお弁当を届けに行った日の事。

 ウワサを聞きつけたコバディ商会のゴロツキたちが押しかけ、買いに来てくれたお客さんの邪魔をしたり作ったばかりのお弁当を捨てたりしてボクたちを追い出そうとした。


 以前のボクたちだったら、どんなに悔しくても何も出来なかっただろう。カディル人はドレイの民、どんな扱いをされても逆らえな"かった"のだから。


 だけど。今はもう、そうじゃない!


「うわっ!なんだこりゃ?!」「ぎゃあっ!」


 キッチンカーを叩いたり乱暴にゆさぶろうとしたゴロツキたちが突然、ぽーん!と弾き飛ばされた。

 何度体当たりをしても石やガレキを手当たり次第に投げ付けても、目に見えない壁がボクたちを包み込み悪い事をする奴らを寄せ付けない。


 キッチンカーの魔法の一つで、取り付けられた薄板で操る事が出来るんだって、一緒に付いて来てくれたトシヤ兄さんが教えてくれた。

 もしもコバディ商会が嫌がらせに来ても負けないように、街に出る前に母さんたちが薄板の使い方を一生懸命練習していたんだ。

 いつか独立して商売を始めても、危ない目にあったりしないようにって。


「…ああ言うのはいけませんねぇ。本当にいけませんよ」


 悔し紛れに捨て台詞を吐いて逃げて行くゴロツキたちを見ながら、トシヤ兄さんは低い声で言った。よく見たら糸みたいな細い目が少しだけ吊り上がっていた。


「僕だって怒る時はありますよ。でも、怒ったままで行動しないで、その怒りをバネにするだけの知恵も必要なんです」


 悔しさを忘れず、でも怒ったままではなくそれを力に変えるだけの冷静な思いで。

 死んだおじいさんの教えだと、目元を和らげてトシヤ兄さんは教えてくれた。

 きっと、それが本当の「強さ」なんだとボクも思う。


 ボクがカディル人の「混ざりっ子」である限り、コバディの若旦那やフリフリオバさんのような奴と、これからも何度もぶつかるだろう。「ドレイの民」のウワサと悪口も一生付きまとう。


 不思議な扉に弾かれてしまった人たちのように一時の怒りに振り回されて暴れるんじゃなく、理不尽さを、怒りを、バネに変えてボクたちはしなやかに強くドルナウで生きて行こう。

 街を再び発展させて一人でも多くの人と助け合えるように。


 · · • • • ✤ • • • · ·· · • • • ✤ • • • · ·· · • • • ✤ • • • · ·


「あのさ、そう言えば…なんだけど」


 逃げて行ったゴロツキの一人を前に見た事がある、と、ボクは思い切ってトシヤ兄さんに話してみた。

 避難所から男の子ばかり連れて行ったフリフリオバさんの用心棒にとても似ていたからだ。


 トシヤ兄さんは一緒に来てくれた冒険者さんたちと難しい顔をしてボクの話を聞くと服のポケットから取り出した小さな薄板に何か喋っていた。

 それからトシヤ兄さんはボクに向き直って今の話をもう一度、王様の前でしてくれないかい?と頼んだ。


 国で一番偉い王様とボクたちカディル人が直接お話出来るなんて事は普通だったら絶対に無かったと思う。

 ガチガチに固まって、上手くしゃべる事の出来なかったボクのたどたどしい話にも怒らず、王様と側に控える宰相様は辛抱強く聞いてくれた。


 それが、後でとんでもない大きな事件になってしまう事に、その時のボクは気が付いていなかった。


※紛らわしくて申し訳ありませんが、作中に出て来る「宰相」は宰相代理のシュバルツ・ボードン卿です。子供目線では滅多に会えない偉い人なので、その辺の事情は分からない…と言う設定です。

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