第5話 建前と本音の愛の狭間で生きて
「それでは皆様、行って参ります…」
(いよいよ日本、出立の朝になりました。そして私は玄関先で使用人の方達に頭を下げていました。隣には眠い目を擦りながら私の手を握り締めている、シャルルがいました。今回は執事長のクリスも同行して下さいます。そして、私はシャルルと共に車に乗り込み、空港に向かい始めます。そして屋敷から数台の車が警備として同行して下さいました)
「えっ…クリス、空港へ向かう道が違うようですが…御父様に叱られてしまいますよ!?は…早く元の道に戻って……嫌ッ…」
(後続車が赤信号で停まると、クリスは後続車を待たずに信号を曲がり、そしてクリスが向かい始めた道で、私は自身の身体を抱きしめ始めました。震え始めていたからです。この向かう先には、彼が留学当時に暮らしていたアパートがあるからです。そして彼と最後に別れた場所でもあります。其処にクリスが車を向わせたことで…、私は…)
「…お願い…クリス……やめてッ…」
(そして車はアパートの前で停められました。それに対して、クリスは冷静に語りかけて来ます)
「セシリア様、お顔を上げて下さい…其処に貴女が切り捨てた過去があります…そして彼に対する貴女の心から想う本心の気持ちがございます…」
(コートに包まれた私の身体は、寒いとは違う感覚に包まれていました。そして、後部座席の窓から彼が暮らしていた部屋を恐る恐る見上げました。そこで私の脳裏に淡い記憶が蘇ります。ベッドで愛し合った彼の温もり、そして彼の元を本当は離れたくなかった事…そして涙ながらにして部屋を後にした事…)
「わ…私は……ローズ家の繁栄の為に…ッ…強くあらねば…いけないのです!…ですから…私は…も…もう愛する事は…」
(本心とは真逆の言葉をクリスに述べていました。本当は彼の事を今でも愛していると言いたかった。私は、あの人の妻なのよ!と…世の皆様方に宣言したかった。でも、そんな事をしたらローズ家はスキャンダル報道を受けてしまう。そしてローズ家の歴史に汚点を残してしまう。だからこそ、私は…)
「クリス…参りましょう!……お父様が空港でお待ちです…」
(そして車は静かに空港に向かいました。そして私は再び、彼への思いを閉じる事に致しました。私には、シャルルがいて下さいます。貴方と愛し合った確かな絆が、この子なんです。ですからこそ…私は…)