我が名は
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「ラクリマ!」
わたしは思わず駆け寄りました。
恐らくとても美しいであろう、桜色の3対翅は、広がりません。
ど、どうしましょう。
こういう時は、翅を濡らすのがいいんでしたっけ!?
「……羽化不全か」
「んんんやはり魔力不足」
レンさんとミカゲさんがラクリマを見つめます。
やはり、羽化するのに、魔力が足らなかったのですか。
「……ごめんなさいラクリマ、わたしが簡単に羽化すれば、なんて」
『…………いいの。おかげで、思い出せたよ』
「!ラクリマ」
ラクリマはその虹色の眼で、真っ直ぐこちらを見つめます。
『……ありがとう。背中を、押してくれたから、ラクリマ、思い出せた。……不器用な、やさしさを持った、男の子の事』
そうして顔を上げたラクリマは、観客席の方向をみてまるで眩しいものを見るように、目を細めました。
『……ずいぶん、大きくなった、んだね』
「ッヴァイスさん!ヴァイスさんこちらに!」
そう呟いて、ほろほろと涙を流します。
ラクリマの視線の先にいる、この世界の住人であるヴァイスさんを、急いで呼びます。
ヴァイスさんは一瞬迷う素振りを見せましたが、次の瞬間には塀を乗り越えてフィールドへと飛び降りました。
「ッラクリマ…」
『おおきく、なったね』
「君、覚えて」
『……おもい、だしたの。君と過ごしたひとときは、とても楽しかったよ』
「……そうか」
ヴァイスさんは柔らかく微笑むと、ラクリマも目を細めました。
『……はじめて、暑いの意味、わかったよ』
「……そうか。暑いだろう」
『うん。それに、たいようって、眩しいね』
ラクリマの視線の先には、ソル様がいます。
ソル様は、ラクリマを静かに見ています。
……ラクリマの身体から、徐々に魔力が抜けていきます。
成体になるのに、魔力もHPも消費したようです。
このまま、消えてしまいそうです。
わたしはスカートの裾を握りしめます。
ラクリマを、生贄になんて、
「ミツキ」
「……はい」
『……ありがとう、星の女の子。いいよ』
「っ」
わたしは顔を上げて、ヴァイスさんを見つめます。
何も聞かなくてもわかります。
かつてヴァイスさんとラクリマは、この森で素敵な思い出を作ったのでしょう。
そのラクリマを、わたしは目の前で生贄に捧げようとしているのです。
「……彼女の生命を、無駄にしないでほしい」
「っでも」
「こうなっては彼女はどうにもならない。彼女の願いを、叶えてやってくれ」
《…せめて誰か、何かの為に死にたいと》
戦う前の、ヴァイスさんの言葉を思い出します。
わたしは、唇を噛み締めました。
そして両膝をついて、両手を組みます。
……少し乱暴に頭を撫でられました。
そして背中を軽く叩かれました。
視界に入る黒いブーツと白衣の裾。
レンさんとミカゲさんです。
二人はいつも、何も言わず寄り添ってくれます。
……わたしは、今日のことを忘れません。
「……〈さいだん座〉」
見慣れた祭壇が、目の前に出現しました。
‐生贄を捧げますか?‐
生贄の対象はモンスター、プレイヤーとなります。
対象:ミツキ レン ミカゲ リュー サクヤ ソラ ラクリマ
わたしは、ラクリマを選択しました。
‐ ラクリマ を 生贄に 捧げます ‐
「……コスモス様……」
『……愛し子が悲しむ顔は、見たくないんじゃがの』
優しい声色で、コスモス様が応えてくれました。
わたしは目を開けて、祭壇の真上に開いた宇宙を見つめます。
『視ていた故、愛し子の葛藤はわかっておる。……よく決断したのう』
「コスモス様……」
『……愛し子を悲しませたくはないのじゃが……我が実体化するにはその幻獣を取り込まねばならぬ。……目を閉じて良いぞ』
「……いえ、見届けさせて下さい」
『……あいわかった』
ラクリマの身体が徐々に空中に浮かび、空中に開いた亀裂へと消えました。
……ありがとう、そして、ごめんなさい……ラクリマ。
わたしはあなたの事を、絶対に忘れません。
少し待つと、亀裂が縦に広がりました。
そこから、褐色の小さな手足が出てきました。
『よい、しょっと。久方ぶりの身体は扱いが難しいのう』
「……コスモス様、?」
『うむ!我じゃよ!』
目の前に降り立ったのは、推定年齢10歳以下の、白いワンピースを着て黒髪を靡かせた褐色の肌を持つ子供でした。
髪の内側には、宇宙が広がっています。
わたしは思わず二度見しました。
なにが、どうなって!?
『これは省エネモードよ。大きい姿だと、20分しか実体化出来ないからのう』
「20分、ですか……」
ラクリマほどの力を持つ幻獣でも、コスモス様が長時間実体化するには足らないのですね………
『…………実際には大きい姿になるなら、ラクリマを贄にするなら1時間は実体化できる』
「え」
『小さなこの姿であれば3時間は実体化出来る。じゃが、今回ある事をしたからの。1時間しか実体化出来ぬのじゃ』
「あ、あること??」
『その説明は皆の前でしてやろうかの!』
は、そうでした。
まだ、謎空間にいるのでわたしとコスモス様二人きりです。
コスモス様は、指を鳴らしました。
…森の空気と風、日差しの暑さが戻ってきました。
『ほう!実際に見ると中々新鮮じゃのう!』
コスモス様は物珍しそうにキョロキョロと周りを見渡します。
そんなコスモス様を、皆が見つめました。
『……ふふ、我が名は宇宙!よろしく頼むのじゃ!』
腰に手を当てて、コスモス様は勝ち気な笑みを浮かべました。
それを、わたし以外の皆はぽかんと見つめました。
『………ふむ、反応が無いの』
「…コスモス様、今わたし達はラクリマを生贄にしたのでそんなハイテンションには、なれないです」
『…そうじゃの。さっさと種明かしでもした方がよいの』
コスモス様はわたしの前に立ちました。
わたしはコスモス様の前で、跪きます。
『我は、愛し子達を悲しませたくはない。我の為に、感情を犠牲にしなくて良い。だが、我の為に決めた選択も覚悟も無かったことにはして欲しくは無いのじゃ』
コスモス様は小さな両手でわたしの頭をなでます。
わたしはひとまずそのまま動かず撫でるのを受け入れます。
『故に、我は考えたぞ。我は宇宙、膨大なリソースを持っておる』
膨大な、リソース?
わたしはコスモス様を見つめます。
『一度取り込んだ故、我の力が混ざっておるだろうが……そら』
コスモス様は、真横に出現させた亀裂の中の宇宙から、一つの卵を取り出しました。
『種族は変わってしまったやもしれんのう。だが、魂はキチンと分けたぞ』
「……コスモス、様」
『……育ててみるのも、よかろ』
わたしの膝に、卵を乗せました。
………まさか。
「まさか、ラクリマの、」
『生贄を欲するのは、我のリソースの為。そして、一番リソースを持っているのが魂なのじゃ。それ故我は今回、一度ラクリマを取り込んだが、幻獣としての力と肉体の7割は取り込ませて貰った。残りの3割と魂は、キチンと戻したがそれだと足らんからの。我のリソースを押し込んだぞ』
宇宙空間を維持するのは大変なんじゃぞ〜
なんて話すコスモス様の言葉も聞きつつ、わたしは膝の上の卵から、目を離せません。
これが、ラクリマの卵……?
星空を背景に、薄い桜色の帯が何本も描かれています。
「ラクリマ……」
軽く抱きしめると、ほんのり温かいです。
………ここに、ラクリマがいます。
「……あ、ありがとうございます、コスモス様…」
視界が潤みます。
わたしはわたしの選択で、ラクリマと二度と会えないと思いました。
……罪悪感が、ありました。
ラクリマにも、ヴァイスさんにも。
「……ここに、いるのか」
ヴァイスさんが、わたしの隣に跪きました。
そして、卵に触れます。
卵の温かさを感じたのか、小さく微笑みました。
『………其方は本当に大きくなったのう』
「………貴方は私の祖父母か何かですか」
『其方がエトワールの弟子になったちんまい頃から見ておったからのぅ!』
「……っやめろ」
両手でわしゃわしゃとヴァイスさんの頭を撫で回します。
そして満足したかと思うと、一連の様子を見守っていたレンさん、ミカゲさん、わたしの家族の方へと向き直ります。
『さて改めて名乗ろう。我は宇宙。……宇宙より此方を見守る、宇宙の概念である』
先程までの明るさは鳴りを潜め、低い声音で話すコスモス様は、まるで別人のようです。
『其方達が愛し子の家族よな?吸血鬼で使徒に鬼人とは面白い組み合わせよ。……それに其方は雷に目をつけられているようじゃの』
面白そうにコスモス様はわたしの家族を見ます。
雷にマーキング……あ、ネームドモンスターと戦ったと言ってましたね、兄は。
『それに、ふむ。ふーむ』
レンさんとミカゲさんも近寄って見上げます。
ミカゲさんは跪き、レンさんはコスモス様を見下ろします。
『……肝の据わったやつよ。そして其方は礼儀正しい自由な子じゃのう』
「あ、ありがとうございます」
『そのまま愛し子と仲良くしてくれ』
「勿論です!」
『……愛し子はチョロいからの。其方が警戒してやってくれ』
「……ああ」
「コスモス様??」
あれ、なんか貶されました?
わたしはチベットなスナギツネ顔になります。
『……さて時間も勿体無い。太陽、そなたもこちらに来るが良い!』
『……其方は騒がしいな、宇宙よ』
『我らは今からプレゼンタイムじゃ!』
プレゼンタイム………!?
…………この世界だと神のような存在のコスモス様やソル様が、使徒である母に、プレゼン………?
隣のヴァイスさんも、スナギツネの顔になりました。
心の葛藤を文章で表すのは中々難しいです。
ですがミツキの感情を知ってもらえたら、嬉しいです。
そして作者はハッピーエンドが好みです!
作者は最近夏バテ気味で体調を中々優れた状態で保てませんが、読者の皆様は夏バテお気をつけ下さいね!
これからもこの作品をよろしくお願いします!
今日はお昼にもう一回投稿します!




