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01 人は、誰かを通して自分を見てる

 

 僕はホームセンターに走りこんだ。


 店内を走りながら色を探す。初めに僕の目入ったのは、色とりどりのスプレーだった。

 これなら、僕に色を付けてくれるはず。


 パッケージをその場に破り捨てて、手当たり次第にスプレーを吹きかけた。

 けど、かけてもかけても、僕の背後に色が付くだけで、僕に色はつかなかった。


 くそっ これじゃだめだ。

 他に何かもっと強力なやつないの?


 僕は必死に辺りを見渡す。

 すると、スプレーの隣の棚にある、ペンキを見つけた。

 商品には目立つ文字でデカデカと『一度ついたら決して離れません!』って書いてある。


 僕にはそれが救いの言葉に見えた。


 僕は、そこにあるペンキを片っ端から開けて被った。


 もう色なんて何でもいい。

 怒られるかもしれないなんて、そんな些細なこともうどうでもよかった。


 何個も、何個も開けて、一心不乱に被った。


 これで色が付いたはずと期待して、目の前に手をかざしてみる。


「っ!

 ......どうして......」


 だけど少しも色はついていなかった。

 床はペンキで酷い色になっているのに、僕はその色を手に入れることが出来ない。

 思わずそのばにへたり込んでしまいそうになる。


「キャ、なにこれ!」


 その時、突如僕の後ろで悲鳴が上がる。

 振り返ると見たら、少し離れたところに店員さんがいた。

 彼女は、間違いなく僕のことを指さしていた!


「あっ......あ」


 僕が気が付かないだけで、色がついたのかな? 

 余りの嬉しさに僕は満面の笑みで彼女に話しかけた。人見知りなんてもう関係なかった。ただ僕を見てさえくれれば何でもよかった。


「君、ボクノことが見えるノ? 

 見エるんデしょ? 

 ねェ!」


 しかし、彼女は僕のことを無視した。その代わりに僕を指さしたまま叫んだ。


「店長ぉ~! 

 ペンキが、ペンキが床に! 

 大変なことになってます、 店長ぉ~!」


 えっ、なんで? なんで僕を無視するの?


 動揺する僕の元に、叫びを聞きつけた店長らしき男性が走ってくる。


「は? 

 え、ちょっと、なにこれ! 

 どうしたらこんなことになんの? 

 ◆◆君、とりあえず掃除道具持ってきて、早く!」


「は、はい!

 わかりました!」


「ほんとになんだよこれ、誰かがペンキでもぶちまけたみたいになっちゃって! 

 これとれるかぁ?」


 そういって男性は僕の真下の床を指でつついた。

 そして次に棚を見上げる。全部、僕のことを無視して。


「まだ濡れてんな。本当になにこれ? 

 最悪だよ。......うっわここにも飛んでる、ひっどいな~誰のイタズラだよ。くっそ......報告書も増えるし......絶対取れないだろこれ」


 僕が犯人だよ! 

 目の前にいるじゃない! 

 気づいてよ! 


 こんなにも怪しい奴が目の前にいるじゃん。

 僕は男性に気がついてもらおうと目の前にある体を掴もうとした。


 その手はあっけなく空を切る。


 ナンデ、ナンデ、ツカメナイノ?


 ナンデ、ナンデ、ダレモボクヲミナイノ?


 ナンデ?


 ああ、色がつかないのは僕自身の色じゃないからかな? 

 じゃあ、僕の色を被ればすべて元通りになる?


 ならばと棚に並んだペンキの中に、僕の色を探す。だけど、僕の色は見つからなかった。   

 僕の色は、僕の色は、


 アレ、ボクノイロハ、イッタイドノイロダッタッケ?


 ついに、ペンキすらつかめなくなった僕はとぼとぼその場を離れるしかなかった。


 ホームセンターのガラス越しに、みえる暗くなった外。


 鏡のように反射するガラス、そして当然のごとくそこにいるはずの僕はうつらない。


 きっと僕はこの世に存在しないと、こんな偽物の鏡にすら否定されているのだ。


 ただぼんやりとガラスを眺める。

 ふと後ろに黒ずくめの男が映っているのに気が付いた。


 僕の目は一瞬で覚醒したように大きく見開いた。

 後ろを振り返ると、やっぱりあの男が笑いながら立っていた。


「おやおや、随分と焦ってらっしゃいますね」


 男は上手くいったと言うような満足そうな笑みを浮かべている。


「ア、あ。......僕の色返シテ! 戻ス方法もあるんデショう? 何色デモイいから!」


 とっさに、両腕で掴みかかる。

 すり抜けるはずの腕が男を掴み、体をゆさゆさとゆすぶった。


 触れる! 僕はまだ生きてる?!

 まだ間に合うかもしれないという気持ちが、死んだ僕の心を突き動かした。



「何色でもいい。ほう元の色でもよいのですか? 

 あれほど、嫌っていたのに」


「元の色でもいいから。お願い。.......僕、僕が消えちゃう。誰も、......誰も僕を見てくれないんだ」


 元の色でいい。心の底からそう思ったのは初めてだった。

 涙があとからあとから、とめどなく溢れてくる。


「残念ながら、戻すことは出来ません」


「そ、んな」


「貴方の色は、貴方だけの物。似た色はあっても、まったく同じ色はこの世にないのです。貴方はそれに早く気付くべきでした」



 まるで自分自身に言い聞かせるかのように静かに、残酷な事実を男が告げた。


 同じ色はこの世にない。

 それは、僕はもうもとに戻れないという死刑宣告だ。


 僕は湧き上がる怒りを抑えきれなかった。

 こんなに感情のままに怒りをぶつけたことなど今まであっただろうか。


 僕は男に掴みかかりながら叫んだ。


「なんでよ、僕が悪いって言うの? 

 ふざけんなよ! 

 もとはといえばあんたが、あんたがあんな薬持ってくるから! 

 何が試作品だよ! 

 消えるなんて聞いてないよ!

 ......聞いて、ないよ......」



「......」


 私は進めただけ。選んだのも飲んだのも貴方自身だ、これは貴方の責任なんですよ?

 僕に掴みかかられても微動だにしない、男の冷静な視線はそう言っていた。


「......っ! 

 じゃあ、他の色でいいから。なんでもいいから! 

 僕は、僕はまだ消えたくない! 

 ......消えたくないよ。お願い。......お願い」


 男が僕を哀れむように大きなため息をついて言った。


「残念ながら、自分には自分の色しか付けられないのですよ。 先ほども言ったでしょう」


「......うそ」


 力の抜けた手がズルズルと落ちる。力が入らない。

 僕は男の下にしゃがみ込むように崩れ落ちた。


 じゃあ僕はこのまま消えるしかないのか。

 熱いものが頬を伝っていく床に落ちる。

 その水滴で水たまりが出来るんじゃないかというほど、ボロボロと。



 2人とまたバカやって遊びたかった。

 あの漫画もゲームもまだ手つかずのままだし、中学で新しい友達も作れてない。

 いつかは可愛い彼女だって欲しかった。

 やりたいことはまだ沢山あったのに。

 家で父さんがと母さんが僕の好きなから揚げ作って待ってくれているのに。


 僕にもう生きることは許されない。



 そんな他愛もない願いを数えるほど、その幸せが遠くなっていくような気がした。

 その叶わぬ思いと一緒に涙が、透明な頬をつたい落ちていった。



「......何をしても消えたくないですか? 

 助かる方法はまだ一つだけありますよ」


「えっ」


 その男の思いがけない言葉に、思わず顔を上げる。


「私のようになればいい。そうなればもう二度と元の生活には戻れませんが、少なくとも消えずにこの世に残れます」


「......それは、僕にもあなたと同じことをしろってこと? 

 みんなの色を消して回れって?」


「......ええ。貴方が消えたくないのなら。それしか道はありません。それに望んだものの色を消すだけです。......そう悪いことじゃない」



 男の言ってる意味が分かり、頬から血の気がサーっと引いていくのが分かった。

 僕意外の人の色を消して、生きていく人生。


 家族とも離れ離れで楽しみも苦しみもなく、ただ僕みたいな思いをする人を増やして生きていくだけの人生。


 そんなの人生なんて言えないよ。



 もし、いま生きたい気持ちを優先してその選択したところで、僕はその先でもっとひどい地獄を見ることになる。


 これは救いの手なんかじゃない。


 口では『そう悪いことじゃない』と言ながら......。

 本当は、新しい苦しみへの片道切符なのんだ、僕をのぞき込んだ男のよどんだ目は語っていた。


 僕は馬鹿だ、甘い言葉に踊らされて、薬飲んで、色を無くして......。

 でも分かった。自分がどんなに愚かだったか。

 あの時、少しでも考えていれば......。

 誰かに相談していれば......もっと疑っていれば......色を消すなんてこと、そんな簡単にしていいわけなかったのに。


 さぁ、どうしますか?

 そういうように、男が僕を見つめる。


「......出来ない。僕には出来ない。こんな思いをする人を増やすことなんて」



 消えたくない、その湧き上がる衝動を必死に抑えて、自分の本心を確かめるように呟く。

 奥底では分かっていた。

 それは半分本心。半分綺麗ごとだ。


「たとえ、消えることになったとしてもですか?」


 男が僕の目を見透かすように見つめ返す。


「他の人を消して、代わりに僕が生きていくなんて。......多分僕には耐えられない」


 そう、僕はきっと耐えられないだろう。その罪の重圧おもみに。

 犠牲にした人を思い出すたびにきっと消えてしまいたくなるに違いない......そう思った。



 結局、僕の生きる道は色を捨てると決めた時に自分で消してしまってたんだ。



「お優しい方ですね貴方は、優しくて弱い。この世界で貴方が生きていけなかった理由かもしれませんね」



 男の言う通りだ、僕の弱さが僕を殺した。


 誰かが僕の色を変だといっても、僕自身がそれを否定しちゃいけなかった。


 今まであった人の中にも、僕の色を好きといったり気にしないでくれる人も少しはいた。

 僕もどう捨てるかではなくて自分の色を好きになる努力をすべきだった。

 そもそも色なんて、人と比べるものじゃなかったんだ。......その強さが僕にはなかった。


 でも、僕の弱さは最後の決断をした。


「これ以上誰も傷つけたくない。僕自身も僕の色も」


 だから僕は消える。


 その決断は僕の弱さがなければたどり着けなかった答え。

 そして、初めて自分自身を本気で好きになれた瞬間だった。


「......ねぇ、僕の色覚えてる? 

 僕もう思い出せないんだ」


「ええ。......消した色は全て覚えていますよ。あなたの色は、個性的で貴方らしい素敵な色でした」



 その答えに僕の顔は自然と笑顔になった。



「うん。僕もそう思う。あの時同じ答えが出せればよかった」



 自分と、自分の色をもっと愛してあげればよかった。

 そしたら、あの時あの薬も飲むまで追い詰められることもなかったのに。

 いや今更、そんなこと言っても何にもならないか......。


 消える今になってやっとわかった。

 あの色は僕自身だったんだ。


 だから、一足先に僕の色がこの世から消えてしまった今、僕も消えるのが自然なことだと思った。


 愛せなくてごめんね。大切にできなくてごめんね。

 来世というものがあるならば、来世ではきっと、どんな色でも愛してあげたい。



 ......その思いを胸に僕は消えた。


 この世から、跡形もなく。


 ♢♢♢♢♢♢


 また一人、この世から消えた。

 いや、私が消したのか。


 私は、少年が消えた場所を静かに見つめる。


「私もあの時、貴方のような選択が出来ればよかったのでしょうね」


 いまさら言ってもどうにもならないことは分かっていた。

 それでも、遥か昔の自分を思い出しそっと目を閉じるのを止めることは出来なかった。

 出来ることなら彼に新しい命と人生を。


 誰に届くかもわからない祈りを捧げた後、男は新たな客を探しに世界を回る自分の姿を思い、苦笑する。

 あの時、あれほど()()()()()()と思った私の望みが、今では()()()()だなんて......。



 人生とはうまくいかないのものですね。

 あとどれくらい消せば、私は消えることができるのだろうか?


 男は左手に黒いバックを持ち、再び終わりの見えない旅に歩き始めた。




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