07 子どもには子どもの社会があるって話
強い日差しが照りつける公園には、今日も騒がしいセミの鳴き声と、子ども達の元気な声が響いている。
自分の部屋の窓からその光景を一人寂しく見つめるのが、僕がここに引っ越してから1週間の密かな習慣になっていた。
ただ今日に限っては、それを眺める僕の位置だけがいつもとは違った。
そう、今日の僕はみんなが遊んでいる公園の端の木陰からその様子を見ているのだ。
いつも冷たいバリアのようにそこにあった窓ガラスが無くなった分、夏のうだるような暑さとみんなの声がいつもよりリアルに感じる。
引っ越したばかり、しかも知らない人しかいない家の外にでるなんて、人見知りの僕にしてはかな~~~~り勇気をだした方だと思う。
ただ僕の勇気貯金はそれで尽きてしまったみたいで......。
今日こそ、誰かに話しかけてみようと勢いで外にはでては見たものの、
「一緒に遊ぼう?」
その一言が言い出せずに僕は、その場でただ突っ立っていた。
そう言えば、ばあちゃん家に行く途中でみた田んぼに刺さった案山子ってこんな感じだったよな......何も言わずに意味もなく突っ立ってるのなんてそっくりだ。
お母さんに何あれ?って聞いたら
「ん? ああ、あれ? カラスとかの鳥よけよ。ほら、お米が食べられちゃ困るでしょ。××も食べるお米無くなったら困るじゃない」
って笑いながら言ってたっけ。
カラスがあんなので騙されるはずないのに。
だけど、脳みそも口もあるのに喋れない今の僕は、あの時見た案山子よりよっぽど間抜けに思えた。
クーラーが効いてない外のじっとりとした暑さと緊張で頭がクラクラしてきた。
『もう諦めて帰った方がいいんじゃないか』
ふと浮かんだ弱気な考えを、ブンブン頭を振って、隅に追いやった。
ダメだ、このスーパー人見知りの僕が、せっかく勇気をだして外に出んだ。
今日を逃したら、もうきっとチャンスは来ないような気がする。
引っ越してもう1週間立つ。
家の中で一人で過ごす生活には、もううんざりなんだ。
何より、これから長い夏休みを一人で過ごすことを思うとゾッとする。
絶対に、行くしかないんだ。
今日は仲良くなるまで家には帰らないぞ!!!
―――30分後......
そんな決心をした結果
自分から話かけるタイミングもわからなかった僕は、夏のこのカンカン照りの中、30分も木陰で立ち往生する羽目になっていた。
そろそろ近所で変な子どもがいるって言われてもおかしくない。
いや、むしろ気づいて!?
気づいて話しかけてくれ!
何分眺めてればいいんだ、っていうかどんだけ影が薄いんだ僕は!?
タイミングを逃しすぎてもう、僕からじゃ無理だ。
お願いだから!
お願いだから誰か僕に話しかけてくれ!
そんな願いもむなしく、皆は僕に気が付くことはなさそうだった。
「□□色!」
公園の中でも一際大きい木に額を付けた男の子が大きな声で叫ぶ。
その言葉にいくつかの塊になっていた子ども達が、ワッと蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
公園の真ん中に立っている鬼の子が再び叫んだ。
「もぉー いーかーい?」
それに他の子ども達が、楽しそうに答える。
「「「もぉー いーよー」」」
「「「いーろーいーろなーに色、どーんな色―?」」」
「○○色!」
鬼の子から指定された色に、皆がキョロキョロと周りを見渡す。
そして、すぐに目当てのものを見つけ勝ち誇ったように口元を緩ませた。
そして目標物に向かって一直線に走っていくと、鬼との距離を確認しつつすぐそばにいた男の子を得意げにタッチした。
「へへへ、さーわった!」
「○○君は○○色だもんね!」
「こんなの簡単すぎだよ~。△△頭わる~い。アハハ」
散々な言われように鬼の子が口元をとがらせながら不満そうな声を漏らした。
「はぁ?
人は禁止だろ?」
「そんなルールありませぇ~ん!」
「い、言ったよ!」
「いつ?
何時何分何秒地球が何回回った時ですか~?
言ってくれなきゃわかりませ~ん」
うわ~でた~めんどいやつ~
同じことを思ったのだろう。△△と呼ばれた男の子も顔をしかめる。
「そんなの分かるわけないじゃん!」
「じゃあダメで~す。ホウレンソウしなさいってよく先生も言ってんじゃん?」
「そうそう、ホウレンソウだよ! ホウレンソウ!」
他の子からの猛反撃に鬼の子が諦めたように大きなため息をつく。
「わかったよ。次から無しね!?
ちぇっその色にしなきゃよかったな~」
「は~い。もっかい△△君オニだからね!」
「え~また俺かよ~。もう3回目じゃん!」
「もっと頭使えよ!
△△ありそうな色ばっかり言うし。大体俺に対して○○色って本当につかまえる気あんのかよ」
○○色の男の子が、鬼の子にからかうようにそう言った。
「う~、じゃあ超絶むずかしいのにしてやるからな!
後で文句言うなよ!」
「できるもんならやってみな!」
鬼の子をその場に残して、子供達がまた散らばっていく。
いつもの、お決まりのやり取りの後、鬼の子は少し考えるそぶりを見せると、意地悪くニヤリと笑った。
「......じゃあ次は~、××色!」
その瞬間、僕は心臓が思いっきり飛びはねて口から出そうなほど驚いた。
まさか、僕がこっそり見ているのがバレたのかな?
へ、へへへ変な奴だと思われたらどうしよう...と。
いや、変なのは今更か?
今むしろチャンスなのか?
出ていくべきか?
しかし、大きく飛び跳ねた僕の心臓は、皆の言葉で今度は盛大に地面に叩きつけられた。
「え~、そんな色ないよ! ムリじゃん!」
「そうだよ! そんな色あるわけないじゃん! ずるいよ~」
皆が口々に不満を漏らす。そ
の言葉に自分の生まれつきの色が否定されたようで。
そうだ、僕の色は......××色は、変な色なのだ。
皆受け入れてくれないかもしれない。
......帰ろう、変に傷つく前に分かってよかった。
今までだってそうやってきたじゃないか。
嫌な思いをする前に、この場から逃げなきゃ。
だけど、家に向かって動かそうとした僕の足は少しも動かなかった。
今度はショックを受けたことに頭が追い付かないみたいで、指令を出すはずの頭は歩くことを拒否していた。
僕はズルズルとその場にしゃがみ込んだ。
「ぜったい見つけられないやつ選んだんだからな~。よ~し」
得意げな鬼の子は、××色を探しながら半ば諦めたような顔で逃げ惑う子供達の誰を捕まえようかと周りを見渡している。
その声がどこか遠くに聞こえた。
頭がクラクラする。
視界がじんわりと歪んでいく。
その時、××色を探して逃げ回っていた一人の子が公園の端でしゃがんでいた僕に気づいた。
「ねぇ。......あの子、あっ!
やっぱり! ××色じゃん!」
そして、僕の事を指さしながら皆に向かって大きな声で叫び始めた。
「ねぇ!
みんな~!
あの子××色だよ!」
「えっ! どこどこ?」
物珍しいものを見るかのように、僕の元に皆が集まってきた。
その騒ぎに意識がはっきりと戻った僕は、慌てて走って逃げようかと思ったが、ここまで注目を集めれば今度は恥ずかしくて動けなかった。
その人だかりに今までやっていた、遊びなど忘れて鬼の子まで僕のところに集まってきた。
「ねぇねぇ、なんでしゃがんでんの?
大丈夫?」
「へぇ~。へんな色~」
「ね、マジでこんな色あんだ~。ウケる」
「ねぇねぇ、なんでそんな色なの?
ねぇ聞いてる?
大丈夫?」
集まってきた子供たちが口々に僕に話しかけてくる。
その目は動物園の動物を見るような興奮と好奇心に溢れていて、僕は更に体を縮めて小さくなるしかなかった。
だけど、こんなのいつもの事だった。
引っ越す前からずーっと。きっとこれからも変わらないんだと思う。
ただ、何度も経験しているからといって、この好奇の目には、慣れることはきっとない。
いつもなら、ここから逃げ出すか誰かの後ろに隠れるかするところだけど......。
今日に限ってそれは出来なかった。
引っ越したばかりの僕にはいつものように守ってくれる友達がいるわけもない。
両親も仕事でここにはいない。そもそも囲まれてるのだ。逃げる場所なんてない。
それに、逃げたらここでくそ暑い中待っていた意味がなくなってしまう。
むしろ、この状況は自分から話しかける勇気のない僕にとって最後で最高のチャンスでもあった。
窓から毎日、毎日楽しそうに遊んでいるのを一人で見ているのはもう嫌だ!
その強い思いが緊張を吹き飛ばして、僕の震えた口から飛び出す。
「あ、あのさ、ぼぼ僕、ひっこしてきたばっかりで友達いないんだ。よかったらなかまに入れてくれない!?」
目の前で小さくなってもじもじしているだけの僕が急に叫んだことに驚いたのか、皆が僕のことを丸い目で見る。
心臓の音がドックッドックといつもより大きく聞こえてる。緊張で吐きそうになるのは初めてだった。
数秒の気まずい沈黙の後、皆の目線は○○君と呼ばれた男の子に注がれた。
「......な、なんだよ~、急にさけぶなよな、びっくりした~」
「え~、どうする○○君?」
「うーん。知らないヤツだからな~」
「別に入れてあげればいいじゃん、ね?
△△」
話を振られた背の低い男の子、さっきの鬼の子は少し考える素振りを見せる。
「......え~じゃあさ、俺のかわりにオニやるんだったら入れてやってもいいよ?
俺もうオニあきたし、なっ○○?」
鬼の子の取りなすような言葉に、先ほど○○君と呼ばれた男の子が軽く頷く。
「△△のオニもあきたしな。そうするか、えーっと......それでいい?
何君だっけ?」
なんかサラッとオニを押し付けられてるのが解せないが、どうやら受け入れられたらしいという事実に顔が緩む。
「う、うん。それでいい!
名前はえっと、××」
「OK。じゃあ××な! 俺○○よろしくな」
「うん!」
「じゃあ、みんなちらばれ~。つづきやるぞ!」
△△君がみんなに号令をかける。
皆が公園内に散らばったのを確認すると、僕は大きく息を吸って叫んだ。
「もぉーーー いーかいー」
先ほどよりも明るく見える公園に、僕のかすれた声が響いた。
「「「もぉーーー いーーーよぉーーー」」」
それに続けて皆が口をそろえて叫ぶ。
僕らの声はセミの声に混ざって、夏の青空に心地よく響き渡った。
「「「いーろーいーろなーに色、どーんな色―?」」」
僕はもう一度大きく息を吸い込んで、辺りを包む蝉の声に負けないように叫んだ。
「□□色――!」