プロローグ1
中世ヨーロッパに良く似た国、エルテンシア国…大陸の中央に位置し、他国との共立を保ち、常に先進性を維持し続ける小王国…300年以上に渡って国の繁栄を保ち続けたこの国に、今…大きな窮地が訪れようとしていた。
数年程前に、国の辺境の地に休火山が噴火した。当初国はそれほど重大な事とは受け取らなかったが…その噴火と共に、地上よりも遥か深くに眠る魔獣達の群れが目を覚まし、地上に現れたのだった…。
魔獣達の群れは、地上に生きる全ての生き物を襲い続けた。この出来事にエルテンシア王国は騎士団を派遣し、魔獣の群れの行進を食い止める行動に出た。
国境にある砦、セーぺア城で最初の戦線が始まった。王国騎士団は最初は奮戦したが、魔獣達の終わりなき追撃により、城主であり、騎士団長を勤めていた者が戦死し、指揮が乱れて魔獣達の猛攻に苦しまれた。
その直後、当初は調査として部隊を引き連れて近くを通ったセティオロスと言う若い騎士が、砦の危機を知って直ぐに援軍として駆け付け、魔獣の猛攻を防いだ。彼等が援軍として戦いに参加した事で、砦は陥落を免れたが…何千と言う、人の身の丈を超える魔獣達の群れが絶えず現れ、いつ終わるかも不明な争いにやがて騎士団は疲弊と恐怖が募り始める。
重軽傷者や死亡する者が増えはじめる中、セティオロスも戦死し、砦は陥落して…ついには逃走する者まで現れ始めた。
国境にある休火山から出現した魔獣の群れは、国の中央高原へと進行を続ける。騎士団達の抵抗も空しく国は次々に村が襲われて…やがて魔獣達の大群の進行が王国にまで差し掛かろうとしていた。
ー 秋中旬
まるでイナゴの群れかの様に、絶えず移動し続ける魔獣達…その光景を王国の城門から眺めている兵士達は、恐怖に震えていた。
「お…俺達は、このまま奴等に喰われてしまうのかな…」
「くそォ…こんな事になるなら、居酒屋の姉ちゃんに告白しとけば良かった」
「このまま、サヨナラなんて嫌だ…」
兵士達の嘆きに対して老いた騎士団長が現れて一喝する。
「こら、何弱気な事を言って居るのだ。我等は国や民、王女である姫様をお守りする、大事な役目があるだろう!」
それを聞いた兵士達が自身に関わる大切な任務を思い出し、統率を立て直した。老いた騎士団長は周囲を見渡して、軽く笑みを浮かべる。白髪の齢80歳を越える老齢の男性は、年齢を重ねたが、長年騎士団を纏めて来ただけ在って、その威厳だけで周囲を纏める術を身に付けていた。
「そ…そうだった、我等は国や姫様を守る騎士団だった」
「大切な役目を忘れかけていた」
自分達の任務を失い掛けていた時に、声を掛けられ指揮を取り戻した兵士達は活気を取り戻した。その中で1人の兵士が騎士団長に向かって話す。
「騎士団長…その、お守りする姫様の姿が数日前から見られませんが…何処に?」
「まさか姫様一人で逃げられたのですか…?」
その言葉に周囲の兵士達の視線が騎士団長へと向けられる。
「逃げたのでは無い、姫様はこの事態に備えて最善の策を打つと言って、単身で城を離れたのだ…」
「王家の方が単身で城を離れるなんて…無謀過ぎます!」
「仕方あるまい…我々としては前例の無い窮地に直面して居るのだ、姫様を信じて待つしか無いのだ…」
敵国に四方を囲まれたのなら、何らかの案が思い着くのだが…自分達が直面しているのは、人間では無かった。そう…騎士団長が思っている中、城門を守っていた兵士の一人が慌てて騎士団長の前に来た。
「た…大変です、魔獣達が目の前の広野付近まで現れました!」
「何だと!」
騎士団長は遠眼鏡を使い、目の前の広野を見ると、そこには砂煙を巻き上げながら突進を続ける魔獣達の姿があった。
「ど…どうしましょう…」
一時は活気を取り戻した兵士達の中に怯え出す者が現れ始める。
「むう…とにかく今は姫様を信じるしか無い」
しかし…城を出た王女が何時戻るかも不明な中、騎士団長にも焦りの色が現れ始めていた。
「恐れる事はありません…」
一同が緊迫している中、ささやかな声で現れたのは、美しき容姿をした若き女性だった。ブロンドの長くしなやかな髪が風に靡いている。
美しい顔立ちをして、高貴で…どこか愛らしさを感じさせる風貌だった。その場に立っているだけでも周囲とは異なる雰囲気を漂わせる。
王族ならではの美しき衣装を着込み、その上に深緑色に染まった旅人用のフード付きのローブを掛けていた。山道を急いで来たのか…若干ローブには汚れや綻びがあった。
「リムア姫、お戻りになられましたか」
「はい、心配掛けて申し訳ありませんでした」
「しかし…何故、この窮地に城を出たのですか?」
「これを取りに、王家の山へと行って来たのです」
リムアと言う名の姫は、そう言って白銀に煌めく鞘に入った短剣を皆に見せる。
「そ…それは、もしや伝説の剣、聖魔剣ですか?」
「そう…古文書によれば、かつて大きな争いに終止符を伐ったのが、この剣と記されて居ました。私は古文書を読み解き、今…この窮地を打開させるのは、これしかないと判断したのです」
「し…しかしリムア姫、その剣は聖剣と呼ばれますが、扱いを誤れば持ち主の命さえも危険に晒させる恐ろしい魔剣でもあります。姫様が命を張ってまで扱う代物ではありません…」
「では、他にこの剣以外で、この窮地を抜け出す方法があると言うのでしょうか?全員が一斉に飛び出せば、間違い無く国は亡びます。それに我が国の残された兵の数も少ないでしょう…これ以外のやり方で、この窮地を脱する方法が貴方にはお有りか?」
その言葉に騎士団長は首を横に振りながら答える。
「確かに…その通りではありますが。その短剣は姫が所有するには少々荷が重すぎると、私は感じます」
「そこまで言うのであれば…誰か他の者で、この短剣を鞘から抜く事の出来る人物がいるのか?」
リムアは騎士団長に短剣を手渡した…騎士団長が力を込めて短剣を鞘から抜こうとするが…短剣は引き抜け無い。他の兵士達も同じ様に短剣を抜こうとするが、誰も剣を鞘から抜く事が出来なかった。
「もう…良いです、この短剣は己が認めた者以外の者にしか扱え無いのは証明された。選ばれし者にしか剣は威力を示そうとはしない物よ」
リムアは短剣を手にして、軽く剣の柄に手をかざしただけで、短剣はスッと音も無く鞘から抜き出る。
しかも…短剣が鞘から抜き出てくると、剣の物越しは一般的な長剣へと長く伸びていた。
鏡の様に研ぎ澄まされた長剣…スラリと眩い燐光を放ち、剣の刃は鋭く触れれば傷を負いそうな切れ味を見せる。その長剣を見て一同は息を呑んだ。
「これから魔獣達を鎮めに行きます。城門を開けなさい」
リムアは剣を鞘に収めて言う。
「ひ…姫様…」
「気にする事はない、魔獣達を闇に還すだけの事だから…門番達に開門を伝えておくれ」
リムアは軽い足取りでその場を去って行く。その後ろ姿を見ていた騎士団達は皆涙を堪えながら王女の後ろ姿を眺める。