【コミカライズ】緑の手どころか、すべての植物を枯らしてしまう根絶やし令嬢です。結婚相手を探すために辺境に来ましたが、塩対応だったはずの義弟に溺愛されています。
婚約者もできぬまま行き遅れてはや数年。田舎領主の娘とはいえ、まごうことなき貴族令嬢にも関わらず、すっかり行かず後家となった私は決心した。
男性に見初められないというのなら、こちらから女日照りの土地へ行ってやろうじゃないかと。狙い目は、開拓団。男ばかりの彼らの中でなら、ちょっと難アリの私だってモテるかもしれない! 辺境で自分の土地と素敵な旦那さまを手にいれて、きゃっきゃうふふの新生活の始まりだ!
そんなことを思っていた時が、私にもありました。具体的には昨日の私、お前、もっと冷静になれ。どうなっても知らんぞ!
「世間知らずのお嬢さまが、荒くれものの開拓団の中で生きていけるとお思いですか?」
「アラン、あなたが来るまではそれなりに溶け込めていたのよ」
そう、義弟が上から下まできんきらきんの王子さまスタイルで、開拓団に合流するまではね。
いや、みんなドン引きしてたわ。真っ白な絹織物で、どうやって野良仕事をする気よ。あとね、いきなり次期領主が従者をぞろぞろ引き連れてやってきたら、後ろ暗いところがなくてもビビるでしょ。
上から下までじろじろ見つめてやれば何か思うところがあったのか、アランがそっぽを向く。
「なんでこんなことになっちゃったのかしら」
「それはこちらの台詞ですよ」
ワイルドな男性陣と道中でお近づきになるはずだったのに! 義弟と2人で紋章のついた馬車に乗る羽目になり、すでに遠巻きにされている。当然馬車を止めて休憩や夜営となったところで、粉をかけてくるような男はいない。この日のために準備してきた私の努力って……。
小さくため息をつけば、アランもまたため息をついていた。
「義姉上など、目的地に着くまでの間に売り飛ばされるのが関の山です」
「領地の開拓団を一体なんだと思ってるの?」
「一山当ててやろうと思っているならず者の集団ですが、なにか?」
言い方ってもんがあるでしょうよとは言えぬまま、アランの冷たい言葉に身を縮こませる。助けを求めたくても、そもそも馬車に侍女は同乗していない。こころなしか、馬車の外を警護しているみなさんからも距離をとられているような……。ああ、もはや結婚相手を見つけるどころの話ではないのでは?
「私の完璧な計画が!」
「何がですか」
「物理的に女性が少ない男性陣の中に入り込んで、嫁入り先を見つけようという計画を、完璧と言わずして何と評価するの!」
「義姉上……」
「獲物がいる場所に移動するのは、狩りの鉄則でしょ! もう、一体どうしてくれるの」
「義姉上は、ひとさらいに遭うことも覚悟の上で開拓団に参加されたのですか?」
「当たり前よ」
「……なるほど、よくわかりました。もしもの場合には、しっかりとどめを刺して、身代金の要求などが義父上に行かないようにいたしますね」
「とどめを刺す相手と方向性が間違ってるんじゃないの……?」
私の言葉に、アランはひとの悪そうな笑い声をあげるばかりだ。アラン、どさくさに紛れてみそっかすの義姉を売り飛ばそうだなんて思ってないよね?
募る不安。渦巻く後悔。それでも、粛々と馬車は進む。
「神妙な顔をして……。やっと向こうみずを反省しましたか?」
「おしりが痛い……」
「あなたというひとは……。置いていかれてもよろしければ、休憩を入れますが」
「がんばりましゅ」
……どうして馬車の座席ってこんなにかたいのかしら。もう少し乗り心地を重視しても良いと思うの。
「義姉上、この馬車は彼らが乗っているものよりも数段上等です。これくらいでへばっているようでは、辺境での開拓などとてもとても」
「ははは、このくらい軽い、軽過ぎるわ!」
「ならば馬車のスピードをあげましょう」
「すみません。調子に乗りました。許してください」
「……まあ、昔に比べれば、義姉上も我慢強くなりましたね」
「前はちょっと馬車に乗っただけで、酔ったり、お尻がズル剥けになったりして泣いてたもんね。薬塗ってって言っても、アランはすぐ怒るし」
「その下品な口を今すぐ閉じてくださいませんか。さもなければ、これ以上ものが話せないようにして差し上げます」
ここでアランを怒らせるのは、まずいわね。言われた通り、口を閉じる。けれどそうすると、揺れが眠気を誘ってくるのよ。お尻の痛みから逃避しているだけなのかもしれないけれど、ああ、目が、目が……。体がぐらりと傾いて、アランの方へ倒れ込む。
「ちょっと、義姉上」
うーん、わかってる。わかってるのよ。でもね、アラン。体を動かそうとしても指一本動かせないの。よだれは垂らさないように気をつけるから、どうか許して。
眠りに落ちる直前、昔のように優しく微笑むアランにそっと頭を撫でられたような気がしたけれど、たぶん寝ぼけただけだろう。だって、アランは私のことが大嫌いなんだから。
******
アランは、私の義弟だ。領主の跡取り娘にも関わらず、いまいち領主に向いていない私の代わりに跡継ぎとして遠縁から引き取られてきた。落ちこぼれていた私とは対照的に、優秀過ぎたアランは生家で浮きこぼれていたらしい。人間社会、複雑すぎ。
一人っ子の私は、そんなアランのことを猫可愛がりしてきた。やっとできた待望の弟をこれでもかと構い倒したのだ。
その甲斐あって、すっかり心を開いてくれたと思っていたのに、ある日突然「鬱陶しいから離れていただけますか? 義姉上」なんて吐き捨てられたのだから、男の子は難しい。
朝晩の食事からお風呂までせっせとお世話したのに。私と一緒じゃないと眠れないって泣きべそをかいていたじゃないの。何がいけなかったのかしら。
私のことを「ねーね」ではなく、「義姉上」だなんて呼び始めたときには、「あらあら、アランったらもうこんなに大きくなって。お祝いをしなくちゃね」なんて親戚のおばちゃんっぽいことを言いながら、焦げた手作りケーキを食べさせたから?
周囲に男の子にはいろいろと事情があると聞かされて、「お姉ちゃん、ベッドの下とか漁ったりしないから安心してね!」とか宣言したら、うっかりすっころんで、ベッド下に置かれていたものを目撃しちゃったから?
あれ、反省点が多いような……。いや、うん、気にしたら負けだ。
そんな私たちの仲が決定的に悪くなったのは、アランにお見合いの話が来はじめてから。
「アランの結婚式は、とっても素敵なものになるように飾り付け用のお花もたくさん用意するからね! 可愛いお嫁さんが来るの、今から楽しみ!」
「義姉上に結婚を祝われるなんて寒気がします。あなたが式場の花を準備する必要なんてありません。二度とそんなことは口にしないでください」
『花の一本も咲かせられないくせに』
アランはそんなことは言わなかったけれど、私の劣等感を刺激するには十分だった。『家族』でいられないなら、自分から家を出ていこうと決めたのはそのとき。残念ながら嫁入り先を見つけることができなくて、婿探しをする羽目になっちゃったけれど。
それにしてもお父さまったら、跡取り息子の辺境行きをよく許したものね。私が家を出るときには、理由をつけて阻止しようとしていたのに。まったく、可愛い息子には甘いんだから。
今の塩対応なアランも嫌いじゃないけれど、昔みたいに仲良くできたらいいのに……。
******
『義姉上、大好きです』
『アラン、私もよ』
『義姉上、僕が大人になったら、義姉上とけ……』
『もちろんよ、アラン』
……懐かしい夢を見ていた。
ガタンと大きく馬車が揺れ、飛び起きた。アランにもたれかかって、ぐうすかと寝入っていたらしい。
「ごめん、重かったよね」
「家族とはいえ、男にのしかかって大口開けて熟睡できる義姉上を尊敬しますよ」
「ほんと、ごめんって~」
慌てて離れようとして、腕を掴まれた。端正な顔立ちがすぐ目の前にあって、心臓に悪い。ちょっと、近い、近い! 刺激が強すぎるんだって!
「それで義姉上、どうして辺境なんかに? 義父上も、大泣きでしたよ」
「それはアランがお父さまを締め上げたからじゃないの?」
「なるほど」
アランが右手をわきわきさせた。
「し、死ぬ、死んじゃうっ」
「すみません。うっかり、手がすべって。それで、どうして家出をすることに決めたんですか」
「いやいや、うっかりで首は絞めかけないでしょ、普通」
「今度は本気でヤりますね」
早速とどめを刺されそうになったので、慌てて白状することにした。
「私、あんまり家の役に立たないでしょ。それが心苦しくて。あなたが頑張っているというのに姉の私がこんなんじゃあね」
「義姉上が役に立たないことは、初めからわかっております」
「悪かったわね、足手まといの落ちこぼれで」
我が家は、王国の食料庫と呼ばれるとある穀倉地帯を治めている。それというのも、一族は「緑の手」と呼ばれる加護持ちだから。
領主一族が心を込めてお世話をすることで、土地は豊かになり植物はぐんぐん育つ。だから、跡取りになれなくても、婿候補、嫁候補として引く手あまたなのだ、本来は。
「普通は、嫁に行くという手段もあるんだけど」
「義姉上、役に立つどころか疫病神ですもんね」
「加護がないだけならよかったのに」
「雑草すら枯らしてしまうなんて、逆に才能の塊かもしれません」
「だから言い方ってもんがあるでしょうが」
どんなに生き生きとしていても、私が手を出すと即瀕死。サボテンやバジルが立ち枯れていく辛さといったらないわ。東方から来たしいたけとやらの原木が腐ったのも泣けたわね。
「生気を吸っているのでしょうか」
「吸血鬼か」
「吸血鬼なら、それなりの美貌をお持ちのはずですが、何の手違いが起きたのでしょうか」
不思議そうに上から下まで眺めてくれなくてよろしい。
「別に他家との縁を結べずとも、大丈夫だと話したはずです」
「私が嫌なのよ! 両親は私より先に死ぬわ。そうすると、私はあなたに養ってもらうことになるのよ」
『あ、なんでもすぐに枯らしちゃうおばちゃんだ!』
『こら、そんなこと言うんじゃありません』
『だって、お母さまだっておうちでいつも言ってるじゃん。イキオクレのトシマって』
なんて、目の前でやり取りされたら死ねるわ。義弟に嫌われ、その家族にまで疎まれるなんてまっぴらよ。
私の返事に、アランがむっすりと不機嫌そうに黙りこんだ。
「あくまで、僕の世話にはなりたくないと?」
「私にだって、できることはあるはずよ」
「まったく。だからって開拓団に参加するだなんて突拍子もないことを」
「でも、私にぴったりの場所でしょう?」
私が目指しているのは、領地の中でも取り残されてしまった辺境の地。加護持ちの力さえも及ばぬと言われる荒れ地だ。
いや実際、定期的にここを開発しようとはしているらしい。けれどことごとく失敗しているのだとか。何代か前にここに移住した一族のひとりが、「すべては愛」と語っていたらしいけれど、結論が精神論ってどういうこと?
「優良地をダメにしないためには、屋敷の中でじっとしているしかないですからね。確かに荒れ地なら、それ以上酷くなることもないでしょうが、開拓という意味では結局招かれざる客なのでは?」
「つ、辛い」
「事実ですから」
「私にちゃんとした加護の力があれば、あなたに恥ずかしい想いなんてさせずに済んだのに。花の一本も咲かせられなくて、ごめんね」
「僕はあなたのことを、恥だなんて思っていません」
眉を寄せつつも、私を慰めてくれる優しいアラン。あなたの結婚式のお花は結局用意してあげられないけれど、邪魔にならない場所でちゃんと生きていくから安心してね。
******
「なんというか、こんなに好き勝手にハゲ散らかした土地というのも珍しいわね」
「ひとの頭を見ながら、変な単語を発しないでください。鏡を見るのが不安になります」
「大丈夫、美形なら髪がなくてもカッコいいから! 薄くなったら、変に頑張らずに思い切りよく剃っちゃってね!」
夜営を繰り返したどり着いた場所は、清々しいほど「不毛の地」だった。
それでも周辺には、いくつかの集落が出来上がっている。少しずつ開拓と緑化を進めているらしい。かつてに比べれば、ひとも増え賑やかになったのだそうだ。
開拓団としてやってきた屈強な男たちもすでにこの土地の状況については知っていたようで、みな思い思いの場所で荷ほどきを始めた。うん、あの生命力がたまらないわね!
「義姉上、ああいうのが好みなんですか?」
「は? 雑草魂って感じで、なかなか死ななそうで安心してるのよ」
「義姉上って、そういうひとでしたよね」
それにしても、「緑の手」の加護でもどうしようもない土地なんてあるのだろうか。このかたく干からびた土地を見ると、私はなんだか我が家に来たばかりの野良犬みたいなアランを思い出す。もう誰も信じないと睨み付けてきた小さな子どものことを。
「これだけ固くて岩だらけの土だと、植物が芽吹くのも大変よね」
「義姉上、そんなにむやみに歩くと……」
「いでっ」
「顔から転ばずによかったですね」
「ううう、いだひ」
尻もちをついた拍子に、尾てい骨を直撃したわよ。何よ、痛すぎてお尻がびりびりするわ。これ、絶対に青あざになるわね。ひいこら言いながら進んでも、その先に広がるのは荒野だけ。
「雨は降らないのかしら」
「この雰囲気では、降水量も少ないのかもしれません。近くに川も見当たりませんし、木々が育つにはそもそも過酷な環境なのでしょう」
「そう……」
見渡す限りの荒れ地。風に乗った種が辿り着いたところで、根を生やすことすら難しいのかしら。
だからこそ、ようやく小さな緑を見つけたときにはついにこにこしながら、撫でまくってしまった。だって柔らかい緑色は、アランの瞳の色にそっくりだったから。
「まあ、可愛らしい葉っぱね。大きくなるといいわね」
「義姉上!」
「やだ、どうしよう、さ、さわっちゃったわ! く、腐っちゃう! この土地の貴重な植物が! ダメ、いや、元気に育ってええええ!!!」
めき
「は?」
めきめきめきめき
「ちょ、ちょっとどうなってるの!」
「これは……」
「何よ!」
「いや、壮観ですね」
先ほどまでちょこんと芽を出していたはずが、すっかりこの土地の主だと言わんばかりの顔でそびえ立っていた。
「まさか、これが世界樹ってやつ?」
「見る限り、おそらく樫の樹です」
「私を歓迎してくれているのね。もう、大好き。私を受け入れてくれたこの土地が大好き! みんな、愛してるわ!」
「樹の幹や土に頬ずりするまではいいですが、口づけはしないでくださいね。お腹を壊してもしりませんよ」
ぽこぽこぽこぽこ
空から雨のようにどんぐりが降ってきた。
「わあ、すごい! どんぐりって食べられるそうだし、楽しみねえ」
「なんでいきなり実がなるんですか……」
「いいじゃない。歓迎されているのよ!」
「義姉上の能天気なポジテイブ思考が羨ましいです」
そんなこんなで大騒ぎしながら眠った翌日。ハゲ散らかしていた荒地は、青々とした豊かな森になっていた。
******
昨日とはうってかわり、見渡す限り一面の緑。そして、歓声とともに朝早くから男たちが働き始めている。
「一体何が起きているのかしら」
「今さらですか。昨日の時点で、みんなだいたい腰を抜かしていましたよ」
「いや、樹の一本くらいは普通でしょう?」
「あれが普通なわけないでしょう。そもそも我が一族の加護は、緩やかにその土地の生き物の成長を促すものです。あんな馬鹿みたいな速度で自然環境が変わったら、もはや国家兵器ですよ」
「でも、どうして急にこんなことになったのかしら。今までは、みんな枯れてしまっていたのに……」
「干からびていたんですよ」
「え?」
「この土地は乾ききっていて、生命の欠片さえ感じられませんでした。だからこそ、根腐れしそうなほどの重く濃い義姉上の愛情で、息を吹き返したのでしょう」
「根腐れって、ちょっと……」
「義姉上は、僕と同じで大切なものに執着しすぎなのです。水やりが必要だと言われれば、土が湿った曇りの日ですら水をやり、風に気をつけるようにと言われたなら、建家で囲ってしまう」
「そんなに?」
「けれど、この土地にはそれだけの愛が必要だったのでしょうね。普通ならば腐ってしまうほどに、重く、鬱陶しく、しつこいほどの情の深さが」
「それ、誉めてる?」
くつくつと笑っていたアランが、不意に真面目な顔をした。
「それで、義姉上にも加護の力が存在することを証明できたわけですが。これから実家に戻りますか? きっと今なら、どんな相手でも選り取りみどりですよ」
「まさか! 今さらてのひら返しされても気持ち悪いし。あなたが兵器並みっていうのなら、それこそ静かにしておくわ。せっかく素敵な土地になったのだから、ここで悠々自適に暮らすわよ」
「そうですか。賢明な判断ですね」
「アランは、いろいろ報告しないといけないのよね。このことを知ったら、お父さまもきっと大喜びね! それで、いつここを出発するの?」
「あなたは、本当に酷い方ですね。恋慕って追いかけてきた男を、こんなにあっさり袖にするのですから」
「は、恋慕った?」
嘆かわしいと、アランはよろめきながら地べたにうずくまってみせる。なんだそれ、悲劇のヒロインポーズか?
「約束を覚えているのは僕だけですか」
「や、約束?」
ふと頭をよぎるのは、馬車で見た懐かしい夢のこと。
『義姉上、大好きです』
『アラン、私もよ』
『義姉上、僕が大人になったら結婚してくれますか』
『もちろんよ、アラン』
あれはもう10年以上も前の出来事だ。アランはそれをずっと守るつもりだった?
「あなたは、いつもそうです。僕を幸せの絶頂に押し上げて、容赦なく叩き落とす」
「そんなことしたっけ?」
「指切りをした翌日、僕に理想の男性を聞かれた時に、何と答えたか覚えていらっしゃいますか?」
はて?
「『やっぱり魅力的なのは、年上の殿方よね!』、そうおっしゃったんです」
「え」
「ほかには、『やっぱり王子さまって素敵! プロポーズは白馬に乗って』とか」
「ごめん」
あの王子さまスタイルに、そんな理由があったとは! 見た目だけでも約束を叶えようとする心意気はすごいわ。でもねアラン、時と場所はわきまえてほしかったな。
「僕は年上にだけはなれません。それでも諦められなかった僕を、あなたは愚かだと笑いますか」
「見合いがことごとく失敗したのはアランのせい?」
「すみません」
「ひどい」
「そもそも、僕の純粋無垢な恋心を弄ぶほうがひどいです」
えええ、今目の前でめっちゃ腹黒そうな笑顔してるよね?
「家出した私を連れ戻すために、来たんじゃないの?」
「義父上から結婚の許可をもぎ取りましたので、結婚するつもりできました」
「私に選択権なし!」
アランは、今までにないほど柔らかな顔で微笑みかけた。
「生き物を拾ったら、ちゃんと最後まで面倒を見なくてはいけないんですよ」
「どういうこと?」
私の疑問に返事はない。
「ご存じでしたか。この辺りの土地では、未婚の女性を男性が家の中に招き入れると結婚が成立するそうなんです。さあ、新居へ行きましょう」
「いつの間に!」
「あなたがぐうすか寝ている間に建てておきました」
「そんな馬鹿な」
集落から少し離れた場所には、場違いなほど立派な屋敷が建てられていた。え、待って。こんなの一朝一夕で用意できないよね? 私の家出計画はいつからバレていた?
「もう、逃がしませんから」
瞳をキラキラどころかギラギラさせたアランに抱き抱えられ、くぐった新居の扉。そのまま押し倒され、名実ともに結婚することになったのは、それからすぐの出来事だった。
家出したら、塩対応だったはずの義弟が溺愛してくれる未来が待っていたって、喜ぶべきところなのかしら? 答えはまだ出せそうにない。
すっかり移住者が増えたこの場所は、領地の中でも指折りの豊かな土地になった。そして元義弟現夫は、領主としての仕事をこなしながら、今日も幸せそうに私に絡みついている。