第六話 親友のお話
リメイク済み
屋外教室から校舎内の教室へと戻ると、授業間の休み時間がまだ少し残っていた。
先程の魔法で少しばかり疲れてしまったため、次の授業がちゃんと受けられるようこの時間に少し休憩しようと思い、机に寄りかかって眠る。
腕を枕にして眼を閉じたその時。
「お、おい皆! 魔王軍がいるぞ!?」
窓の外を眺めていた男子生徒が叫んだ。
その言葉のせいで一瞬にして目が覚めた。
窓の傍に駆けていき、身を乗り出すようにして外を見る。
すると周りの皆も同じように窓へと寄ってきた。
目を凝らしてよく探すと、確かに少し離れた道にその姿があった。
魔王軍の軍服がよく見える。
だが少し違和感を感じた。
……あれ? 人数が少ないけど、どうしたんだろ。
魔王軍の移動であるならばもっと人数がいてもおかしくない。遠くてよく見えないが、恐らくざっと十人ほどしかいないだろう。
ならば少数部隊か。
……だけど少数部隊って魔王軍そんなにないからなぁ。あるとしたら――!
恐らく幹部クラスの人がいるはずだ。
そうであるならば確かめなければ。
親指と人差し指をくっつけて、両手でそれぞれ輪を作る。左手の輪を手前、右手の輪を奥という順番で右目の前に並べる。指で作った輪に魔力を張ってレンズとし、右手を前後に動かしてピントを合わせれば、簡易望遠鏡の完成だ。
輪を覗き、魔王軍の方を見た。
するととあるものが目に入る。
それは一人の女性だった。
青い髪を靡かせて、高貴な雰囲気を漂わせながら歩くその姿は、誰もが知っているあの人。
魔王軍四天王〈四元素〉の水素。〈悲翠〉エリヌ・フォン・スルナだ。
その美しさと格好良さに少しばかりうっとりしてしまう。
だがふと変に思った。
……四天王が直接どこかへ……。侵攻の話は聞いてないし、あるとしたら何が……?
突然、エリヌが顔をこちらに向けた。
するとクラスからいくつもの声が上がった。
「わっ、今、エリヌ様と目が合ったーっ!」
「うおぅやべぇ、俺も目が合っちまったよ。めっちゃ美人……!」
「すげぇ俺もだー! ていうかあれエリヌ様、目を合わせに来てくれてないか!?」
というような黄色い声だ。
えっ私も私も、とエリヌの方を再度見る。
「――――っ」
エリヌと目が合った。
表情は優しい笑みだ。
だが、目の奥が異様に暗い。
途端、首に違和を感じた。
まるで冷たい刃を首筋に当てられたかのような、鋭い何かを。
咄嗟に手を下し、一歩下がる。
だが動かす事が出来たのは手だけ。
何者かに押さえつけられたかのように身体が言うことを聞かない。
金縛りだ。
これはいったい何なのだ。四天王の気迫? 彼女の魔力圧?
わからない。
ただ皆は私のような状況にはなっていない。
つまり私だけ。
どうにかして力を入れ、一歩二歩、後ろへと下がる。
あれだけ憧れていた四天王を実際に見る事が出来たのに、その喜びは最早ない。
謎の恐ろしさが身体に纏わりつくだけだ。
これが私の勘違いないのか、それとも圧倒的な強さの違いに本能として勝手に身体が動かなくなっただけなのか。
わからない。
そんなウィディナの後ろに誰かが近づいてきた。
「ねぇウィディナ、エリヌ様と目が……って、ウィディナ?」
その声は、今のウィディナに届いていない。
「ウィディナってば」
何度声をかけても反応がない。
「ねぇウィディナってば」
そして痺れを切らしたかのように、手を伸ばしてウィディナの肩に触れた。
「っ!! やめ……っ!?」
ビクンと体を震わせ、ウィディナは叫ぶ。
そして振り向きざまに魔法を展開。咄嗟に肩に触れた誰かを吹き飛ばした。
怯えていたためか、いつもよりも力が出た。
「きゃっ!!」
と短い悲鳴を上げ、人が机を弾きながら吹っ飛び、壁へと激突した。
ふと意識が元に戻り、吹き飛ばした方向に顔を向けた。
その吹き飛ばした相手は。
「っカルラ!?」
目線の先にあったのは、額から一筋の赤い線が垂れ、壁にもたれかかって俯くカルラであった。
なんだなんだと男子が振り向き、カルラを見た女子は悲鳴を上げた。
その悲鳴が、耳に突き刺さる。
咄嗟に何故吹き飛ばしてしまったのかを考える。
だが、何も思い浮かばない。
四天王と目が合って怯えていたから? 違う、そんなの理由にならない。
わからない、わからない。
「カル――――!!」
一先ずカルラの元へ行こうと、駆けようとした。
だが、その足は止まる。
カルラの周りに、私から庇うように皆が集まり、こちらを見ているのだ。
見回すと、扉の所にも他教室から人が集まり、こちらを見ている。
……ど、うしよう……。
この状況を、一言でいうと、まずい。
私対全員だ。私が悪者だ。
身動きが取れずにいると、カルラがよろよろと立ち上がった。
周りの女子が手を差し伸べるが、大丈夫だからと手を除ける。
弱弱しい声で、カルラは言う。
「ウィ、ディナ、何かあったの……? 私、何かした……?」
違う、カルラは何もしていない。
そう言いたいのに口が動かない。
「私が嫌いだった……?」
そんなことはない。好きだ。大好きだ。
「私達、親友じゃないの……?」
「っ!!」
今、取り返しのつかないことをしてしまったのだと感じた。
目元が熱くなってくる。
だが、
「違う、カルラは悪くない、嫌いじゃない……!」
私が悪かったと、そう言おうとした時。
「嫌いじゃないなら、何なんだよ」
弾かれたように声の主を見る。
カルラを庇うようにして出てきたのは、私とカルラの幼馴染のリギトだった。
「っ、違っ!?」
「違わないだろ!? 普通親友を吹き飛ばして、怪我をさせるか!?」
「……ちが……ぅ」
言葉が出なくなった。
急に目の前がぼやけて見える。
頬に雫が伝うのが分かった。
「私は、私は……っ!!」
声が出ない。次の言葉が喉に引っかかって外に出てこない。
なんで、こんなこと、今までなかったのに。
そしてリギトが言い放った。
「あ!? 私は何だよ、悲劇のヒロインか!?」
何か、歯車がずれたような気がした。
「ちょ、ちょっとリギト、言い過ぎじゃ……」
こんな状態でも庇ってくれるカルラの言葉を最後まで聞かず、私は弾かれるようにその場から駆け出し、扉の近くにいる人を押し除け、廊下を走りだした。
「ウィディナ!? どこへ……!?」
カルラの声を無視し、走り出す。
どうすればいいのかわからない。
もう元の関係に戻れる自信もない。
訳も分からず走り続ける。
廊下にいる人たちを跳ね除け、目元を拭いながら、我武者羅に走った。
「!?」
急に何かにぶつかった。
壁ではないことはすぐに分かった。
温かく、こちらを包み込んでくれるような何か。
「おいウィディナ、急に飛び込んできてどうした。危ないぞ」
上から声が聞こえた。
顔を上げると、見えるのは黒髪のショートカットで、顔の整った女の人。声の主は担任のカロナ先生だった。
「っ、ちが、その、せんせ、あの」
咄嗟に弁解しようとするが、上手く声が出ない。
「ん? おいおいどうした、何泣いている。何かあったのか」
「いえ……、何も……」
顔を隠すように、下を向いて目を拭う。
すると先生は頭をポンポンと撫でた。
段々と気持ちが落ち着いていく。
「まあ、何もないなら深くは訊かないが。大丈夫か」
「……はい、大丈夫です」
ようやく涙は収まったようで、先生の方を見た。
頭から手を下し、先生がにこりと微笑む。
「そうか。……あのな、ウィディナ。こんな状況ですまんが、実はお前に用があるんだ」
申し訳なさそうな顔をした先生に、首をかしげる。
「用……?」
「ああ。……〈悲翠〉……エリヌ・フォン・スルナがお前をお呼びだ」
なんか急に展開が来たな、と思われた方がいらっしゃると思いますが、実はこれ理由があってわざとなので、あまり気にしないでいただけるとありがたいです。
この後もぜひ読み進めてください!