第四十六話 アーガード対ヴィー・レイヴン
遅くなりました申し訳ありません!
戦場の最前線より魔王軍側。
アーガードやウィディナが戦っている領域から少しばかり離れた位置。
そこでは一人の影が敵を狩っていた。
白と黒のドレスを靡かせ、陰間を縫うように駆け抜けるそれは、セチリア公国騎士団団長ヘルミナ・クロスエンドだ。
彼女の行く先々で、紅い花が飛び散っていく。
身の丈に合わない程の大鎌を振りかざし、淡々と少しずつ、しかし確実に敵を殺していくその様はまるで死神のよう。
しかし誰も、その姿に気が付かない。
激闘の前線へと突っ込み誰もが興奮している状況でも、近くにいる敵を見落とすほど冷静さを欠いているような戦士達ではないはずだ。
だが現に誰も彼女の姿を捉えていない。
目の前で仲間の首が勝手に飛ぶのを見て、突然の出来事に戸惑い、恐怖するだけだ。
……やはり便利なものですね、この能力は。
どれだけ動いても敵にバレることがない。それはヘルミナの持つ『ただ姿を消す』能力の効果であった。
ただ姿を消す能力。それは読んで字の如く、己の存在を相手から直接認識されなくするものだ。
自分の身体が見えなくなるのは勿論、足音や呼気、気流、そして魔力の流れですら、自身の存在を直接示すものが一切無くなるのだ。魔力探知等にも引っかかることはないため、存在をとらえることは不可能に近いと言っても過言ではない。
……このまま私が魔王を直接討ち取りに行けるのならば、楽なのですが。
そんな理想が通用するほどこの世界は甘くないことを、ヘルミナは知っている。
……ですがこの場の大将首を攫いに行くことは可能でしょう。
敵兵の処理ではなく敵将との戦闘へと段階を移行することを、ヘルミナは決めた。
戦場を駆け回っているうちに、前線付近で大規模な戦闘が開始されたことは把握してあった。
硝子が砕けるような雷鳴と、大地を震わせる程の爆音から察するに、副団長ヴィーと亜人将アーガードが戦っていることが容易に想像できる。
処理をしながら魔力の確認を行っていたが、アーガードの他に副将程度の者しか感知できなかったため、四天王の参戦はないと考えられる。
前回の海戦にて四天王の一人を失ったことが痛手だったのだろう。それで戦力の要である彼らを出さないのは理解できる。
だが主戦力となる者が一人しかいないということは、
……我々も大分、無礼られたものですね。
たかが人間、されど人間。銀月の騎士団の力を魔族共に見せつけてやろう。
そう決意し、ヘルミナは進む方向を変えた。
◇
「ハハハァ―――! ヌルい、ヌルいぜェ小僧―――!!」
バチバチ雷が眩しいなァと、ヴィー・レイヴンの攻撃を受けつつアーガードはそう思っていた。
雷速で繰り出される連撃を『血肉喰らい』の腹で止め、時折蹴りを入れてやったりするがどれも華麗にかわされてしまい、先程から状況が動かない。
……クソが、何でコイツはこうちまちまと攻撃してくんだよ、かったりィな。
槍はやはり手数が多くて処理が面倒だ。一撃一撃が重い訳では無いが、こちらの動きを抑え込もうとしているのが感じられる。
普通槍に対しては攻撃を弾き返して懐に入り、そのまま状況を拓くのが定石だが、それを数回やっている内に相手に適応されてしまった。
……さァてどうすっかなーこれ。
キリがなく、更に長く続く状況は嫌いだ。もっと派手に楽しい闘いがしたい。
ならば一発入れてやる。
槍の連撃を受けつつ、大剣を握る手を強めた。
それに気がついたのか、ヴィーの眉がピクリと動いた。
流石だ。きちんと相手を見て攻めている証拠である。
だが、対応されようが構わない。状況を崩すことが目的なのだ。
ニヤリと笑う。
……神格開放―――
神格武装を放つ。
「―――四綴・『面喰』。削いで喰らえ」
◇
アーガードの持つ大剣が、紅に鈍く光ったのをヴィーは確認した。
……神格武装か……!?
武器の性質上、アーガードの大剣の能力は確定的に攻撃系だ。
だが今こちらの連撃で大剣は抑えてある。振り回すのは無理があるだろう。ならば一体どうやって?
……『面喰』……、ならば線ではなく、面―――ッ!?
途轍もないおぞましさを感じ、同時に全身から汗が吹き出た。
大剣にぶつけた槍を起点に、加速をかけてこの身を後ろへと突き飛ばす。
少し浮いた後、若干の無重力を感じて、すぐさま土埃を上げて地面を転がり着地する。
咄嗟の判断だった。
しかし数瞬遅れていれば、文字通り消えて死んでいた。
……何だあれは……面なんてものじゃない……!
ヴィーが咄嗟に回避行動をとったアーガードの攻撃。
それは神格武装『血肉喰らい』の不可視の一撃だった。
『モノを喰らう』という能力を利用した、アーガードの編み出した範囲攻撃の一つだ。
大剣の面が向く方向の空間を、その字の通り削いで喰う。
つまり対象の空間にあったものは、”獲物”として例外なく大剣に吸収されるのだ。
「ハハハァ! 流石に避けられるよなァ、そうでなくっちゃなァ!!」
「非常に危なっかしい能力だ……!」
ニヤニヤ笑いながらアーガードは大剣を構える。
回避をすることができたのは良かった。だがこちらが持っていた流れをここで止められてしまっては、アーガードに流れを取られてしまう。
アーガードが場を押さえてしまうと、あの凶悪な大剣を振りかざしてこちらを追い詰めてくると簡単に予想がつく。
……それは避けねばならない―――!
加速術式を使用し、ヴィーは疾走した。
◇
アーガードは、先程とは戦術を変えたヴィーの動きを見ていた。
素早い連撃で動きを封じそのまま押さえ込むというものから、相手の動きに合わせた攻防一体の動作。
こちらとしても退屈するような戦いではなく、「面白ェ」という気持ちを抱いた。
『瞬閃の疾駆』とかいう加速術式を使用して短距離から中距離を跳び、不規則な移動を増やして攻撃を入れてくる。
しかしそれはまだ荒く、移動が大振りでこちらの隙を的確に突いてはこられない。だがそれも時間の問題だろう。適応するのが上手い敵だ。手間取り長引けば相手は慣れ、いずれ刺しこんでくるはずだ。
……いいなァ、戦い甲斐があるぜェ!
今までのは準備体操のようなものだ。そろそろこちらも真面目に戦ってやるとしよう。
大剣に溜め込んだ魔力を練り上げ、研ぎ澄まして染み渡らせる。
「――――」
刃がビリビリと震えた。
一度、二度。己へと向けられる槍と大剣が交わる度に鳴り響く金属音。
三度、四度。数を重ねる度にそれは澄んでいく。
そして徐々に速度が増す剣戟。
撃ち合う衝撃に刃の錆は落ち、磨かれた表面が現れる。
「―――さァ」
魔力が均一に行き渡った。
敵の一撃を、魔力波と共に弾き返す。
爆風と衝撃によって相手は身を返し宙を一回転。それでもこちらを捉え穂先を向けているのは戦闘に集中できている良い証拠だ。
ヴィーが離れた位置に着地したと同時に、真の姿を得た『血肉喰らい』を向こうに構え、口角を上げて言い放つ。
「さァ、こっからが本番だァ」
地面を砕き、大気を破裂させて己は敵へとぶつかりに行った。




