第二十九話 ウィディナ対アルハバナ
受付嬢の合図と共に動いたのはウィディナとアルハバナ両方だ。両者互いに向かうように走り出した。だが最初に攻撃を仕掛けたのはアルハバナだった。
「ぬぅぅぅん!」
アルハバナが『押し潰し』を両手で持って高く跳躍する。見たところ落下地点は庭の中央。ウィディナはスピードに乗り始めたところ。急停止は難しい。
そんなウィディナへ目掛けて刃と共に巨躯が落ちてくる。
「どりゃぁっ!」
ウィディナは防御を避け左へのサイドステップで直撃を避ける。
だが、
「――っな!?」
アルハバナの攻撃はただの叩きつけではなかった。大剣を地面に叩きつけると共に、魔力を衝撃波として撃ち出したのだ。
地面はひび割れ、飛石は浮き砕け、土は抉れ散る。そして魔力の衝撃波は草を薙ぎ、木を揺らし、水面を激しく波立たせる。
「うっ……ぐ!」
ウィディナは直撃を避けたが、衝撃波に巻き込まれ吹き飛ぶ。左に避けたのが幸いだったか、そのまま水飛沫をあげ池へと落ちた。
「最初からやってくれるなぁ……!」
少し怒った。池に落ちたから衝撃はあまり無かったが、お陰で服が濡れて動きづらい。どうにかしないと後に響く。
アルハバナを見ると、興奮しているのか口から炎が溢れ出ている。炎が出ていると言うことは、どうやら彼は炎龍らしい。炎龍は個人的に面倒でやりにくいと思う。口から火は吹くわ、体に炎は纏うわで、あんな熱いのたまったもんじゃない。まぁでも炎なんていくらでも防ぎようがある。ぶっちゃけ言えばカルラで慣れた。だから、
「運が悪かったねぇアルハバナさん……!」
そう言うとアルハバナが口を開いて咆哮した。龍の息吹だ。口から放たれた炎の息は地の草を焼きながら、池に立つウィディナを丸ごと飲み込んだ。
その光景を見て、冒険者達はオオオと叫ぶ。
「あの四天王炎に呑み込まれちまったぞ!」
「あんな炎に呑み込まれちゃあ丸焦げだな。あっさり勝負がついたな」
アルハバナはたっぷり一分近くウィディナに炎を浴びせると、息吹を止めた。どれほどの高温だったか、辺りの草木は灰も残さず燃え、ウィディナが立っていた池の水はほとんどが蒸発し、辺りには大量の水蒸気が立ち込めている。例え炎で焼かれていなかったとしても、その水蒸気で蒸し焼きになっているだろう。若い四天王なんて大したことなかったな。
そう思いアルハバナは両拳を上げようとした。
その時だった。
「――なっ!?」
水蒸気を切り裂いて一閃が飛んできた。両拳を上げようとしたのが幸いだった。咄嗟に持っていた大剣の腹で一閃を防ぐ。とても速い攻撃だ。運が悪ければ防ぎきれなかったに違いない。
「――剣だけだと……?」
見ると、飛んできた一閃はウィンディアだった。剣が投げられたのだろうか。
するとウィンディアは弾かれたように元来た方向へと戻っていく。
「運が悪かったねぇアルハバナさん」
そんな声が聞こえた時、目の前の水蒸気が縦に割れた。そこにはウィディナが佇んでいる。剣を振るった風圧で水蒸気を割ったのだろう。
「何故……無傷なんだ、? 俺のブレスが弱かったって言うのか……!?」
「いやいやそんなことないですよ。実際池の水全部蒸発したじゃないですか。それに周りの草木は全部燃えてますしぃ?」
手をぴらぴらさせて答える。
「じゃあ何故……」
というアルハバナの疑問に、ウィディナは笑って答えた。
「風に炎が効くと思ってるんですかねぇ?」
そう言い放った途端、ウィディナが高速で螺旋を描きながら突進した。〈天への綟摺〉だ。勿論アルハバナには防がれたが、体勢を整え間髪入れずに剣撃を叩き込む。速いスピードで攻撃をし続ければ、防御が必要になるため相手が攻撃側に転ずることはあまりないと言っていいだろう。だが相手は二級の冒険者だ。力任せにやられては困るので、正面だけでなく横や後ろにも回って剣撃を繰り出す。ほれほれどうよ、こんな細かく動かれちゃあそんなでっかい大剣振り回せないでしょ? そこで大人しくしていなさい。
「〈王賜剣術〉」
そう一言言っておいてから剣から手を離し、後ろへと下がる。
周りがざわつく。
「〈王賜剣術〉……だと!?」
「んな、バカな……!?」
こういう驚きの声を聞くと少し嬉しくなっちゃうよね。認められた感っていうか。
アルハバナを襲うウィンディアとカルルアのスピードをさらに上げる。唸り声が聞こえるが気にしない気にしない。攻撃速度が上がっていくと、防ぎきれずに喰らうダメージが出てくる。だが伝わってくる感覚からすると、表面の鱗が硬すぎて大したダメージを与えられてない。疲労させられてはいるが、身体へのダメージはないと言ってもいいだろう。
という訳でさらに追い打ちをかけてみる。
両手をアルハバナの方へと突き出し、
「風の精霊よ、私に力を貸してっ」
そう言うとウィディナの周りに精霊や光の球が現れる。
そして掌の前には、高密度で高速回転する風の球。
前は呪文詠唱を必要としたが、今ではあの二本の剣で魔力量が上がっているから必要ではない。
「散れ、〈光風の螺旋球〉!」
そして掌から巨大な魔力の渦は放たれた。
風の刃を纏い対象へとまっすぐ進んでいく。
「――!!」
今更気づいてももう遅い。
螺旋球はアルハバナに直撃し、刃を散らしながら爆散した。
衝撃でアルハバナは吹き飛んでいく。上手くいけば結界外に出せるだろうか。
「……でもまぁそう上手くはいかないよねぇ」
目線の先には結界ギリギリで土埃をあげ、踏み留まったアルハバナがあった。大剣も地面に突き刺してブレーキにしている。
チッと軽く舌打ちをした瞬間、こちらを向いてアルハバナが口を開いた。
そしてそこには、魔力の塊があった。
「ガァァ――――!!」
そうアルハバナが叫んだその時、破裂音と共に光の一線がウィディナを襲った。
龍砲である。
神龍種が持つ特殊な魔力器官が、それぞれの龍の特性を魔力を元に現象として具現化させる。それが龍の息吹。特性の具現化とは、例えば炎龍ならば炎の息吹、氷龍ならば氷の息吹などと言ったところだ。
龍砲はそれを高密に圧縮して放つものである。放たれるはずの龍の息吹を口内に留め、魔力により圧縮する。そして口外へと押し出せば、圧縮から解放され、光芒として対象を穿ち、呑み込む。
「だけど、無駄ぁ」
そんな声が聞こえた。
無駄とはどういうことか。確かめるために彼女をみると、アルハバナと冒険者達は目を見張った。
龍砲がウィディナの前で光条となり散っていくのだ。
「なんだありゃ、龍砲が避けてんのか……!?」
「いや違う、よく見ろ! 剣が回転して龍砲を防いでいるんだ!」
ウィディナは右手を前へと突き出している。そしてその先でウィンディアが高速で回転し、龍砲を散らしていた。
「〈大輪なる向日葵〉」
「ガッ……ァァァッ――――!!」
アルハバナは出力を上げるが、同時にウィディナも回転速度を上げる。
彼の龍砲は炎の圧縮。出力を上げることによりさらに高温となっていき、輝きも増していく。今までの熱に加え、上がっていく龍砲の温度についに耐えきれなくなったか、中庭に残っていた植物は自然発火し、灰となっていく。
アルハバナは炎龍のため高温には耐性がある。ウィディナはただの魔人種だ。こんな温度の中では死ぬ。だから己の周りに断熱結界を張って凌いでいる。
そして段々と光芒は細くなっていき、最後は炎となって消えた。少し力を使い過ぎたのか、アルハバナの体からは陽炎が昇っている。
ウィディナは回転させていたウィンディアを手に収め、払う。
「じゃあ次は、私の番」
アルハバナの視界からウィディナが消えた。
驚き、辺りを見回すと、自身を中心としてウィディナは円を描いて走っている。
一応どこから攻撃が来ても対応できるよう、『押し潰し』を構えておく。
ウィディナは速度を上げて走っていく。
不意に、風が消えた。
……来るぞ!
そう思った瞬間、アルハバナは目を見張った。
自分に向かって何十人ものウィディナが跳んできていたのだ。
「〈天竺牡丹の閃乱〉」
そして全方位から高速の刺突が来る。
防ぐべき攻撃は大剣で弾いて防ぐ。その他の攻撃は基本的無視だ。鱗に任せる。
少し経った後、ウィディナは攻撃をやめ、後ろへと下がった。
……見つけた。
ウィディナが全方位を襲う攻撃を行った理由は、神龍種にある弱点である、逆鱗を見つけるためだ。逆鱗とは一箇所だけ逆向きに生えている鱗のことで、そこは他の鱗と違って砕きやすく、しかも砕かれると全身に痺れが走り力が抜け、回復には時間がかかる。つまり倒すにはそこを狙えばいい。逆鱗は竜にもあるが、魔物である竜と違って神龍種の逆鱗は位置が個々で違う。だから見つけなければならないのだ。
先程の攻撃の結果、アルハバナは主に左肩への攻撃を防いでいた。だからよく見てみたら、左肩の僧帽筋あたりに逆鱗があった。
という訳でそこを撃つ。
「〈光凛刺竹〉、天を穿て」
弾かれるように放たれたウィンディアは真っ直ぐと飛んでいき、『押し潰し』の先端にぶつけて上へと弾き飛ばす。
「ぬあっ!?」
重たい大剣が弾き飛ばされたのだ。アルハバナは反動で姿勢が崩れる。
そのチャンスを見逃さず、ウィディナはアルハバナに接近する。
何をしようとしているのか察したのか、アルハバナが、
「――させるガハッ!?」
何かしようとしていたのでウィンディアで頭をぶん殴る。喋っている途中に殴ってしまったから舌を噛んでしまっただろうか? まぁ平気でしょ。
「じゃあとどめね」
終わりは意外とあっさりだ。
そしてウィディナはカルルアで逆鱗を斬った。
逆鱗を斬られたアルハバナは一瞬体を硬直させ、そして地響きを鳴らしながら地面へと倒れた。
「十」
審判である受付嬢が叫ぶ。戦闘不能と見なすまでのカウントダウンだ。
「九、八、七」
アルハバナの体がピクリと動いた。
「六、五、四」
……お?
片手をつき、膝を曲げて立ち上がろうとする。
「三」
アルハバナが右足を立てた。
「ニ」
……おおおマジか。
フラフラしているが、アルハバナが完全に立ち上がった。一応剣を構えておく。
だがやはり、
「一」
アルハバナは後方に、無言で倒れた。
「零」
こちらに寄ってきた受付嬢がアルハバナが完全に動かなくなったことを確認し、そして右手を上げ、
「アルハバナ・グロウレリアの戦闘不能が認められたため、この勝負、〈飄瓣〉ウィディナ・フィー・ケルトクアの勝利とします」
そう宣言すると、中庭は冒険者達の歓声に包まれた。




