第二十話 始まり
ウィディナが学校を去ってから数日が経った。
彼女がいなくなった学年には今までの賑やかさは無く、言いようが無い静けさがあった。
だが今日この日、一つの話題があった。
新しい四天王が魔王より発表されるのだ。
魔族ならば嫌でも気になる話題である。
「今日四天王が発表されるんだろ? 火水風土どれが新しくなるんだ?」
「えーと、風だった気がする確か。この前の人間軍との戦いでやられちゃったんだよね」
「まさかカロナ先生が朝見る時間をとってくれるなんてねぇ。見られるんでしょ? やった!」
ある生徒が言ったように、昨日カロナは、
「皆も知っているように明日の朝、新しい四天王が魔王より発表される。四天王の入れ替えなんて人生でそうそう見られるものではないだろう。それに今回は皆に見てもらいたいと思ってな。明日の朝は特別に見る時間を与えよう」
と特別に許したのだった。
生徒たちが盛り上がっているところ、扉を開けてカロナが入ってきた。
「おはよう。ふむ、もうそろそろで時間だな。外に出ろ」
と言いながらベランダへの扉を開き、外へと出る。そしてその後を追うように生徒たちはゾロゾロと出ていった。
外に出てから生徒たちは先程よりも騒がしくなる。
「……ウィディナがいたらもっと楽しかっただろうな」
ベランダの端でカルラが呟く。
そうだな、とリギトは言った。
「アイツが一番見たそうだしな。……今頃央都で空を見上げているのだろうか」
ウィディナは今、何をしているのか。この生徒全員の心にあることだった。あの日、何があったのか。何故あんな状況にしてしまったのか。皆が悔いていた。
授業の合間、皆に見られる中彼女は弾かれるように教室を出ていき、そして模擬戦にて圧倒的な強さを誇った。
彼女はスッキリしたのだろう。カルラとの試合が終わった時、彼女は清々しい笑顔だった。
彼女がいない今、この学年には寂しさがあった。
「ふむ、やはり気になるか。だがな、お前らはすぐに会うことになるぞ」
二人の隣にいるカロナがフ、と笑い、空を見上げる。
「……? 先生それって――」
どういうことですか? とカルラが言おうとした時、九時を知らせる鐘が鳴った。
不意に空から声がした。
『魔族の皆様、〈白滅将軍〉が、午前九時をお知らせ致します』
透き通るような声だ。だがこの空に確かに響く声だった。
皆が一斉に空を見る。
すると天に巨大な魔法陣が展開された。辺りを見回してみると、学園の空だけでなく遠くの街や村の上に展開されていた。
『事前に通達があった通り、魔王様からお話があります。お話の間、くれぐれも騒ぎを起こさないよう、ご協力をお願い致します』
では、と声は言うと、魔法陣が光る。
「――見ろ、魔王様だ……!」
魔法陣に人が投影される。
最初は掠れていた姿は、段々とはっきりしていく。
玉座に座ったその姿。流れるようなピンク色の髪は、毛先が黄緑色だ。頭を見ると、まるで鹿のような、しかし黒き剣のような角が生えていた。
見ただけでも強さがわかる、その女性は、
『魔族の諸君、魔王アルシュ・デ・スヴァナだ』
凛と芯の通った声が響く。
魔王アルシュ・デ・スヴァナ。生徒たちがその姿を見るのは初めてだった。彼女は彼らが生まれる以前から魔王としてこの世界に居り、この魔境を統治している。彼らが生まれてから今日この日まで、今まで魔王が人前に姿を表すことはなかった。
『まず最初に……。
この前の第一回人間軍大規模侵攻、トリア海沖での海戦。通称「トリア海戦」において人間軍に見事勝利したものの、前風素……〈旋風〉が戦死した』
生徒たちはゴクリと唾を飲んだ。
前の戦いにて四天王の一人がやられたと話は聞いてはいたが、いざ魔王からその話を聞くとなると少し怖くなるのだ。人間との戦争は四天王ほどの強さを持ってしても死んでしまう、敵わないものなのか、と。
魔王は目を瞑り、今までを思い出すように話し始める。
『彼は今まで幾つもの軍を撃退し、幾人もの勇者を倒してきた。彼ほどの人材を失うのは辛いことだ……』
だが、と言葉を挟む。
『過去に囚われてはならぬ。我々は明日へ向かわねばならない』
彼女はこちらをスッと見つめる。
『そこで今日話す内容に繋がる。
新たな風素を紹介しよう。成長の仕方では歴代の四天王に勝るとも劣らない四天王になるであろう』
彼女だ、と魔王が言うと景色が変わった。
バルコニーだろうか。後ろには陽の光を浴びた眩しい白い石材の壁が見える。
中央には女子がいた。
風に靡く白髪の髪は、サイドロングのボブだ。風の四天王だからだろうか、服装には薄い黄緑色が多く使われている。
彼女の姿が映ると、生徒たちは騒ついた。
「なぁ、見た感じ俺らと同じくらいじゃないか?」
「ああ、そうっぽいな。となると普通に凄くないか? 俺らの歳で四天王だなんて」
空に映る彼女を見てカルラは、
「私たちと同じくらいの女の子……、ウィディナがいたら凄く悔しがりそうね」
ああ、とリギトが相槌を打つ。
「そうだな」
するとリギトはふと思った。
「……あの四天王、ウィディナに似てないか? 何というか、雰囲気が」
カルラは彼女をじっと見つめると、
「……確かにそうね。でも髪型とか、色々違うわ」
と考えていると、空から咳払いが聞こえた。
すると皆は静かになる。
『皆さんこんにちは。
魔王様より風の四天王に任命されました、〈飄瓣〉ウィディナ・フィー・ケルトクアです」
「「「――――」」」
突然の静寂。辺り一面から音が消えた。
ベランダへ出ていた生徒たちは勿論、北クルメア魔法学園にいる全員その名を聞き、開いた口が塞がらなかった。
ただ一人、事実を知っていたカロナを除いて。
「……? おい、何故お前らは何も言わないんだ? 同級生が四天王になったのだぞ? 昔エリヌが四天王になった時は拍手喝采が止まらなかったんだが、お前らやはり何かあったのか?」
生徒たちが一斉にカロナの方を向く。
「ん? 皆どうし――」
「ちょ、何すか先生知ってたんすか!?」
「知ってるなら言ってくださいよ!! 先生ひどっ!」
「ていうかウィディナがですか!? えっ状況が理解できないんだけど」
「えウィディナですかウィディナですか! あれホントなんですかドッキリじゃないんですか」
ウィディナへの拍手喝采ではなく、怒涛の疑問と叫びであった。
「おい、ちょ、やめろやめろ。離せ、離せ。あ、おい、始まるぞ、話が始まるぞ」
ウィディナは話し始める。
『特に今まで目立った事をしていない私が四天王になれた事、とても光栄に思います。四天王としての責務を全う出来る様精進して参りますので、どうかよろしくお願い致します』
彼女が一礼すると、様々なところから拍手が起こった。
都や街、村等、魔境全体を拍手が包み込んだ。
ウィディナ・フィー・ケルトクア。彼女はまだ未熟ではあるが、四天王の一人として魔族に迎え入れられたのである。
故郷に友人や思い出を残し、彼女は央都へと旅立った。
こうして彼女は、四天王となったのである。
――第一章 完――
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