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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
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2017年3月(10)

 じゃあ、お袋はいまやお前らにとって味方ってこと?


“いや、うーん。まあ、同盟関係だわね。”


 同盟って……じゃあ、その「同盟関係」でお前らは一体どんな役割を担うの? 言っちゃあなんだけど、お袋は全ての面においてお前らに(まさ)ってるんだよな? 前に自分でそんなこと言ってたろ? だったら、お前らにしてほしいコトなんてお袋側には何にも無いはずだけど。


“そんなことないわよ、私たちは私たちなりに得意なことで貢献できるから。例えば今回のことだって、アンタが検査を受ける気になるよう、私たちはアンタの身体を常時監視して、適切なタイミングを逃さずにレッドを使って働きかけたのよ。ちょっとよく考えてみてね? かかりつけ医でアンタが心臓の検査を受けることになったのは、レッドの目の前で発作を起こしたのがきっかけよね? アンタ今でもそれが偶然だったって思ってるでしょ? でも違うからね。実際は、私たちが発作の起きる周期を注意深く観察して、それをもとに次の発作が起きる可能性が一番高い時期を推定して、その時期にレッドが(アンタと一緒に)行きたいと思うようなイベントを、彼女が普段の生活で目にする範囲にたくさん配置したのよ。レッドが発作に居合わせた時って、彼女が近所のシネコン(複合映画館)に映画を観に行こうって誘ったのよね? でもその頃の彼女って、他にもコンサートとか買い物とか、野外イベントとか、何かとアンタを誘うことが多くなかった?”


 確かに。でもそれにしちゃあさ、やり方がちょっと迂遠(うえん)すぎない? 前に俺とレッドが別れかけたときなんか、お前アイツのふりしてアイツの脳に直接「なんで私が身を引かなきゃいけないの?」みたいなコトをささやきかけて心変わりさせたじゃん。あれは正直エグイと思ったけどさ、それはいいとして、今回も同じコトすればもっと簡単に目的を達成できただろ?


“バカなの? そんなあからさまに私が動いたらアスタロトにすぐ勘づかれるじゃない。そしたら奴はもっと強い「呪」をかけてアンタの気をそらしたり、またアンタの兄貴やら嫁やらを使って何かと妨害をしてきたに決まってるでしょ。だから今回は、あくまでレッド自らの意思で、発作を起こした場に「偶然」居合わせなきゃならなかったの。あの時は、それでこそアスタロトを出し抜くことができたのよ。もっとも、本当はそれだけじゃなくて、あの作戦は兄貴と嫁が「無意識」にアンタを攻撃するよう奴がしむけたシチュエーションを再現した意趣返しでもあったんだけどね。そして、そんな「作戦」を実行することが可能だったのは、アンタとの契約関係でアンタの身体状況を内側からつぶさに監視することができ、アンタに対する「執着」を共有することでレッドの深層意識を覗くことができた私とアスタルテだけだったのよ。”


 なるほどねえ。まあ、一応理解したよ。じゃあ最後に、「そっち側」の戦況は今どうなってるの?


“いよいよ明日が最終決戦よ。隠密裡(おんみつり)に心臓病でアンタの命を奪い魂をかすめ取るつもりが、私たちの「作戦」で邪魔され、怒り狂ったアスタロトは明日の手術で致命的なミスを起こさせようと奴が集められるだけの全勢力を集結させているわ。少なくとも、名の知れた悪魔はほとんどが明日の戦いに参加するそうよ。一方、私たちの側だって仏教でいうところの「菩薩(ぼさつ)」、キリスト教でいうところの「熾天使(してんし)」に相当するクラスの「神」がほとんど集結して迎え撃つから、さながらハルマゲドンの様相といったところね。実際、明日の手術でアンタが生き残るかどうかで今後の人類全体の行く末も変わってくるわ。”


 うーわ、スッゲー。なんつーかそれもう「幻魔大戦」じゃん、ってコレぜんぜん褒め言葉じゃねーからな! つーかさー、相変わらずこういうとこで超巨大な大ぶろしきを広げるから途端に噓くさくなるんだぜ? いやもう、本当に頼むよ。


“ふん。私たち側の事情はそんなところよ。じゃあ、そろそろアンタが今日来た目的を教えなさい。”


 ああ、今回心臓を悪くしてみて、さすがの俺も死を身近に感じたよ。あのとき、かかりつけ医が「最後のダメ押し」的な検査を勧めてくれなかったら今も病気は見つかってないだろうし、そうなるといつか心筋梗塞の発作を起こして、それがたまたま周りに人がいない状況だったら本当に死ぬ可能性だってあったしな。それに明日の手術だって、お前の言うようにアスタロトが医療ミスの誘発を画策してるんなら、これまでは死ぬ確率なんてほぼ無いと思ってたけど実際はそうじゃないってことだしな。


 そこで考えたんだ、「もし俺が今死ぬとしたら一番心残りなことって何だろう?」って。そこで真っ先に浮かんだのが、俺の場合「遺産が兄貴にも渡ってしまう!」ってことだった。これは自分でも少々意外だったよ。死を前にした未練っていうのは、一般的には「もっと生きたい!」とか「残される家族が心配!」とか「まだ()すべきことを成してない!」とからしい。でも俺の場合はそのどれでもなく、自分の心に正直になればなるほど「一部たりとも遺産を兄貴に渡したくない!」=「全部レッドに相続させたい!」だった。あ、一応断っとくけど遺産ったってそんな莫大にあるわけじゃないよ。確か1千500万円ぐらいだったと思う。といっても、そのうち1千200万円は最近受け取ったお袋の死亡保険金(生命保険の受取金)なので、これまでの人生で俺自身が稼いだのはせいぜい300万ぐらいだ。まあそれはともかく、俺ら夫婦に子どもがないってことと、俺の両親がすでに亡くなってるって条件を合わせると、法律上はレッドが4分の3、兄貴が4分の1の相続権を持ってることになる。それは、仮に俺の遺言書があっても法的に覆しようがないらしく、もし俺の死後に兄貴が請求してきたら1千500万円の4分の1、つまり375万をレッドは必ず払わねばならない。だから、もともと「兄貴に1円でも遺産を渡したくない」なんて俺の望みは決してかなわなかったってことだ。だからこそ、俺にとっては「遺産が兄貴にも渡ってしまう」ことが最も強い未練となる。


 しかし、それでもレッドには1千100万円強の遺産が渡るわけで、そう考えると「375万が惜しい」というのは少々せこいと感じられるかもしれない。実は、それについては俺も不本意ながら同意せざるをえない。だから、どうして自分がそこまで兄貴に遺産を渡したくないのか(我ながら「1円でも」っていうのはよっぽどのことだ)を自己検証してみた。まず手始めに、俺がそう考えるに至った心理的な原因なり出来事が何かないかを思い返してみた。すると、山ほどあった(笑)


 最初に思い浮かんだのは「遺産分割協議書」の件。お袋の葬儀から3ヶ月くらいたった頃、それまで東京でお袋の相談をするときにいつも兄貴と会っていた喫茶店に呼び出された。そこで兄貴から渡されたのが「遺産分割協議書」という書類で、お袋の残した遺産を俺とどう分け合うかについて兄貴が書いたものだった。それを見ると、お袋名義の預金は全て兄貴が、実家の土地建物と自動車は俺が相続することになっていた。ちなみに、お袋は全部の口座を合わせると3000万円くらいの預金を残していた。一方、実家の土地建物は「時価750万円」と書類には書かれてあった。後でネットの不動産情報を調べてみると、実家近くの土地はバブルが崩壊してから長らく下落傾向が続いていて、そのせいで実際に売買される物件の価格はもっと安いものが多かった。自動車(お袋が入院中レッドや兄貴を乗せて俺が運転してたヤツ)は「時価40万円」と書かれていたが、型式が古すぎるので売ったところでそんな価格には絶対ならないだろう。いずれにせよ、書面上は金額に直すと兄貴の相続分が3000万円、俺の相続分が790万円ということだった。


 もちろん、この金額の差がどこから出てきたのか兄貴に聞いたよ。すると奴は「いや、お前はお袋の生命保険金を受け取ってるから」と言った。ここで「生命保険金」と言ってるのは、(上でも触れた)死亡保険金1千200万円のことだ。ちなみに、お袋がこの保険の受け取り人を俺に変更したとき、蒲田のウィークリーマンションまで兄貴の嫁が押しかけてきて修羅場になった話は前に書いたと思う。ところで法律上、保険の受取金は支払われた時点で「俺の財産」となる。つまり、最初から厳密に「お袋の遺産」ではないため、相続で兄貴と分割する必要は本来ない。それでも百歩譲って、俺が受け取った保険金の分を差し引いたとしても、兄貴の相続分よりもなお「1000万円少ないんだが」と言うと、「それはお袋の生前に俺が成年後見人になったり、葬式で喪主をやったときの経費と労賃で……」と言い訳した。


 しかし、成年後見人の労賃がそんなに高いわけはなく(相場は月額2~3万円くらいだそうだ)、兄貴がお袋のために九州に帰るときの旅費と宿泊代は成年後見人の経費から支払われていたし(一方俺は全部自腹だったが)、葬式の費用はきっちり俺と折半したので、兄貴の言い分が通らないことぐらい俺もわかっていた。でも確かに、法律や税金の事務手続き、葬式の段取りや手配、参列者の前での挨拶といった俺が苦手とする部分を兄貴がほぼ肩代わりしてくれたのは事実だし、俺だけが死亡保険金を受け取ったのも事実だから、この時は「ある程度は遺産分割が不公平でも仕方がないか」とも思っていた。とはいえ、兄貴が「この案で納得できたら署名捺印してくれ」と言ってきたときは、さすがに態度を保留して書類を持ち帰った。


 そんな感じで、不公平を多少改善してくれるなら兄貴の分割案を受け入れてもいい、というのが今までの俺の立場だった。が、今日ここでお袋が死んだときのことを長々と書いていくうちにだんだん記憶がよみがえってきて、なんとなく持っていた「お袋の入院中や葬式で献身的に尽くしてくれた兄貴」というイメージが全く実態にそぐわないことが明らかになった。いやしかし、なんなんだろ? なんでそんなに印象が歪んでしまったのか……きっと、「ヤクザ」社長や奥さん、葬式に駆けつけてくれた地元の人々、それからレッドが見せてくれた気づかいの数々が美しすぎて、それを汚すような兄貴の行いを無意識に自分で「思い出補正」しちまってたのかもしれない。


 しかし、実際の奴はロクでもなかった。それを今日改めて認識した。そして最後にもう一つ。悪魔ちゃんは、アスタロトに操られた兄貴が東京や九州で俺と顔を合わせたとき、「無意識」に「呪」をかけ俺を病気にしたんだと言う。それから、ずっと前には「お前ら親子がちょくちょく人生で巻き込まれるトラブルの中には悪魔が絡んでるケースもあるってことよ」とも言っていた。……そう、このとき悪魔ちゃんは「お前ら親子」と言った。なぜなら、アスタロトにとっては(俺というより)お袋こそが不俱戴天(ふぐたいてん)の敵だったからだ。だとしたら、兄貴が攻撃対象にしたのが俺だけだったと考える方がよほど不自然というものだ。だって、アスタロトに操られた兄貴は幾度となく病院でお袋と顔を合わせていたのだから。悪魔ちゃん、お前さ、このことをさっき意図的に言わなかっただろ。


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