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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
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2017年3月(7)

 すすめられるままに俺は用意された弁当を食べ、それから1人でトイレに行った。用を足して控え室に帰る途中、火葬場の「おしゃれ」なロビーで「ヤクザ」社長が携帯で話してるのを見かけた。火葬場のロビーが「おしゃれ」というのも変な話だが、最近古い施設を建て替えて真新しい美術館みたいなデザインにしたので実際にそうだった。ただ、この日この時間の利用者はどうもウチだけだったようで、ホテル風の洗練されたロビーがガランとしている様子は余計に寂しさを際立たせていた。俺は火葬にまで立ち会ってくれたお礼を是非とも伝えたいと思い、社長の通話が終わるまで少し待ち、電話を切ったタイミングで近づいていった。そのとき、社長はタテ長の「オシャレ」なハメ込み窓から庭の桜を眺めていたが、俺の気配に気づくと振り返り、またすぐに視線を戻して話しかけてきた。


「ついさっきまでよう晴れとったのに、すっごい雨と風やなぁ。」


 見ると、確かに窓の外は「春の嵐」といった風で、桜の花びらが派手に舞い飛んでいる。しかも、「お天気雨」なので陽光も差しているという一種壮絶な景色だった。


「“涙雨”って言いますし、これもお袋が降らしとるのかもしれませんね。」

「…………いま電話で話しとったのは、ホラ、通夜に来た県会議員がおったやろ。アイツたい。どうも今年は国の衆院選がありそうやけん、アイツの党が推薦する候補を町で推してくれるよう頼んできたんよ。でも今回はアンタの母ちゃんがおらんけ、こらぁちょっと難しいかもしれんぞって言うたら困っとった。けど、これまでの選挙はどういう“作戦”でいくかをいっつもアンタの母ちゃんと相談して決めよったけ、ワシ独りやと知恵も半分しか出らんけ無理やろて言うたんよ。」


 と言われても、そんな話は初めて聞いたから何と答えていいかわからなかった。なにせ、俺の中の「お袋」のイメージは「よくいる田舎のおばちゃん」だったから。それに対して、悪魔ちゃんは「観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)系統の女神」なのだと言う。しかし、ここに来て新たに飛び出したのは「次の権力者に誰を据えようか?」なんて謀略(ほうりゃく)を社長とめぐらす「影のフィクサー」みたいな設定だ。なんか膝にのせた猫をなでながら非情な命令を下す「ゴッドファーザー」みたいな。


「え、お袋にそんな一面が…………」

「あら、知らんかったとね。そんなら、アンタのお母さんは、アンタが思うよりもずっとずっとスゴか人やったんやって覚えといて。」


と言って、社長は折りたたんだ携帯を背広の内ポケットにしまいながら控え室に入って行った。残された俺は、突然社長に告げられた新設定がどうにも咀嚼(そしゃく)できず、窓外の桜をただぼーっと見ていた。ふと気づくと、雨はすっかりやんで水たまりに浮かんだ花びらがキラキラと光っていた。


 釈然としない表情で控え室に戻ったタイミングで、室内のスピーカーから「お骨上げの準備ができましたので再び火葬炉の前にお集まりください」というアナウンスが流れた。俺とレッド、兄貴一家はすぐに控え室を出ようとしたが、このときの「ヤクザ」社長は、奥さんがいくら「行くよ」と促しても「ワシはいい」と言って動こうとしなかった。仕方がないので奥さんは社長を残して来てくれたが、「なんか骨になったのを見たらゴロウくんの母ちゃんが死んだのを認めないかんけワシは行かん、とか言いよった」と苦笑いした。「いつも威張(いば)っとるのに、たまに子どもみたいなコトするんよ。気悪くせんどってね」と言われたが、もちろん気にしてなどいなかった。それどころか、社長の意外な一面を垣間見れた気がした。


 炉の前に行くと、台の上にわりと原形をとどめたお袋の骨がまだ熱気を放っていた。係の人に「まずは喪主様から」と言われ、兄貴が最初の骨を竹と木の箸で骨壺におさめた。そのとき、アゴの部分の骨が赤みがかってたのがどうにも気になったようで、「これは亡くなる時に喀血したから赤いんですか?」と係の人に聞いた。そうしたら「いえ、関係ありません。火のお加減でこうなることがございます」と思いっきり否定され、居合わせた一同にざざ波のような笑いが起きた。俺もつられてちょっと笑ったが、実は、兄貴と同じことを考えていた。後で聞くとレッドもそうだったらしい。俺たちはこのとき、「兄貴ドンマイw」と思った。


 その後は、白木の箱に入った骨壺を兄貴が持ち、葬式で使った大判の遺影写真を俺が持って、「ヤクザ」社長夫婦をはじめとする、ここまでついて来てくれた少数の参列者に別れを告げて再び葬儀社のワゴン車に乗り込んだ。そして菩提寺へと向かい、着いてすぐに骨壺を本堂に安置して「お迎えの経」を住職にあげてもらった。普通は火葬したら骨壺は自宅に持ち帰り、四十九日の法要で改めて菩提寺に持ち込んで納骨堂に納めるのが一般的だそうだが、俺らは数日中に東京へ帰らなくちゃならないので、兄貴が前もって初七日から四十九日の納骨式までを全部お寺に(葬儀社経由で)お願いしてお布施も前払いしたそうだ。もちろんお布施の半額は後できちんと請求されたが、何にせよそういう交渉を兄貴が一手にやってくれたのは実に有難かった。


 ということで、3人とも手ぶらでお寺から実家に帰ってきた。ここで「3人」というのは俺とレッドと兄貴のことで、兄貴の嫁さんと息子2人は寺から嫁さんの実家へと帰って行った。実家に着いたら3人とも本当に疲れ切っていたので、翌朝までぐっすりと眠りこけた。そして次の日から3日ぐらいかけて遺産整理と相続の手続き、というか、手続きに何が必要かを役所とか銀行とか弁護士とかに聞いて回って、すぐに用意できそうな書類や証明書の類いは揃えておくっていう、最低限すべきことだけをして東京に戻ってきた。


 とまあ、お袋が死んだときの話についてはこんなところかな。


“そう。でも、今日来た用件とそのこととは直接関係ないのよね? じゃあ、どうする? ここで「私たちの側で起こったこと」について聞いておく? それとも、本題の方に話を進める?”


 そうだなあ。お袋の死については、今の俺の中では一応の決着がついてるから「どうしてお袋を助けてくれなかったんだ!?」とか今さら悪魔ちゃん達を責める気は本当にないんだよ。ただ、今抱えている問題と合わせて一貫した説明が欲しいっつーか、「解釈」は聞いときたいかな。だから、その後の状況説明もここでしちゃおうと思うんだけどいい?


“いいわよ。”


 OK.んじゃさ、話はいったんお袋が生きてた時にさかのぼるんだけど、お袋が最後の病院にいた時期くらいからさ、俺、激しい運動をすると胸が痛むようになったんだよ。普段は何ともないんだけど、走ったり坂道を自転車で登ったりすると胸っていうか胸骨、それもあばら骨じゃなくて胸の中央にある骨(胸骨体というらしい)が引きつったように痛むようになった。で、しばらく休んでると痛みはなくなる。じゃあ、運動を再開すればまた痛みだすのかっていうと100%そういうわけでもなく、時と場合によっては痛かったり痛くなかったりするっていう感じ。実はさ、俺の親父が生前心筋梗塞を患っててさ、だから当然だけど真っ先に心臓疾患を疑ったよ。ただ、親父から聞いてた、心臓発作を起こした時の症状とはまたなんか違ったんだよな。親父は「万力(まんりき)で胸を締め上げられるような堪えがたい痛みで暴れ回った」って言ってたんだけど、俺の場合はそこまで激烈な症状じゃなかった。痛み自体も「万力で締め上げる」みたいにギューってする感じじゃなく、ピリピリとかズキズキみたいな、どっちかっつーと話に聞く「肋間神経痛」の方が近いって感じだった。


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