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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
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2012年7月(1)

 レッドと結婚した。とりあえず、そこに至るまでの経緯を説明する。3年間「引きこもり」をやったあと、一念発起してなんとか今の会社に再就職した。というのは前回も書いたと思うけど、実は入社が決まってもレッドからは「どうせすぐ辞めるよコイツ」とかずっと言われてた。もちろん俺は「今度は絶対辞めない!」って宣言したけど、レッドは「いいや絶対辞めるね」って言って引かなかった。だから「じゃあ、もし1年たっても辞めてなかったら籍入れてくれよ」って提案したところ、最初は「は?なんで? 関係ないだろ」とか言ってたが、俺が「おっかしいなあ、絶対に辞めるんだったら何を約束したって平気なはずだけどなー。あ、なるほど。引っ込みがつかなくなったのね(笑)」なんて煽ったら「なワケねーだろ!……ああわかったよ、何だって約束してやらあ!!」って啖呵(たんか)切りやがった。ただ、この辺りのやり取りはあまりにも「様式美」に過ぎるので、もしかしたらレッドの方も、そろそろ身の固め時だと思ってあえて挑発に乗ったのかもしれない。いずれにせよ、それから1年たった頃がちょうどレッドの誕生日だったので、そのお祝いって口実で高級焼き肉店に連れてってプロポーズしたら今度は断られなかったってワケ。


“レッドの「お酒で暴力振るう親父さん」って、その頃はもう亡くなってたのよね?”


 ああ、俺の再就職とほぼ同時期だったかな。まあ、もともと酒と不摂生で身体はボロボロだったそうだから遅かれ早かれだったんだろう。担当医の話じゃ本人は最後まで「家に帰りたい」って訴えてたそうだけど、それは叶わなかったな。ていうか、なんでその話? 「親父さん」の件はレッドが結婚を渋るのとは無関係だったんじゃないの?


“無関係とは言ってないわよ、主要因じゃないって言っただけ。それより、結果的に「親父さん」が孤独な最期をとげたことがレッドやアンタの「傷」になってないかが気になっただけよ。”


 レッドはともかく、俺は全然なってないよ。前にも言ったろ、レッドを虐待したことだけは死んでも許せんって。でもまあ、そうは言っても死ねば「仏」だからな。許してはないけど怒りや憎しみはもうないから、レッドとお袋さんと俺しか参列者のいない寂しい葬式ではあったけど丁重に見送ったぜ。それ以上はなあ、生前の(おこな)いの(むく)いって面もあるから求められたところで正直困るんだけど。


“相変わらずサイコパスな考えね。アンタはそうかもしれないけど、レッドはどうなの?”


 表面上は俺と変わらん反応に見えたがなあ。葬式の時だって泣いてたのはお袋さんだけだったし。そんな母親に、ため息つきながら「だから早く別れれば良かったんだよ」って言ってたぜ?


“……まあいいわ。それで? プロポーズの後はどうなったの?”


 んー、そうだな。最初はさ、レッドのやつ結婚式はしなくていいって言ってたんだよ。だって300万円くらいかかるそうだし、それにお互いもう30代後半だからなんか気恥ずかしかったし。その代わり2人で結婚衣装を着た写真だけ撮って、互いの母親に贈ろうって話になった。そのために結婚写真専門の写真スタジオに行って打ち合わせしてる時、担当の人に「式だけなら30万でいけますよ」って言われてレッドが食い付いた。なんでも、招待客を20人未満に抑えられるなら、郊外にある本物の教会を時間借りすることで予算をだいぶ圧縮できるとのこと。というわけで、小規模ながら結婚式も挙げることになった。ところが今度は、いざ式をやるとなると招待客が20人未満に収まらないという問題が起きた。主に、やたら友達が多いレッドのせいで。で、どうしても絞りきれないって悩んでたら、また担当の人が出てきて「教会の近くに私どもの系列レストランがありますので、そこで披露宴をされて残りのお友達を招かれては? 式と一緒にご依頼いただければかなりお値引きもさせていただきますよ」って提案してきて、それを聞いたレッドと担当の人が俺の顔をじーっと見てくるもんだからいたたまれなくなって「じゃあ、それでお願いします」と言ってしまった。結局、結婚式は10人ちょっと、披露宴は40人くらいが出席することになった。ちなみに、40人中30数人はレッド側の招待客だった。予算は最終的に、写真撮影・結婚式・披露宴が全部込みで100万円ちょっとになった。


 式場を決めたのは秋口だったが、日取りはレッドがジューンブライドにこだわったので準備期間が半年以上あった。その間に、レッドはこれ以上余分な費用がかからないよう、招待状、会場のちょっとした飾り付け(ウェルカムボードやテーブルキャンドルなど)、引き出物(最近は「記念ギフト」とか言うらしい)は自作、もしくは自己調達することに決めたらしい。その頃俺は(前にも行ったように)レベルの高い上司や同僚について行くのに必死で余裕がなかったから、ほとんど準備を手伝うことができなかった。なので、式の直前になってついにレッドがキレて怒鳴り散らすことになったが、俺としてはひたすら平謝りするしかなかった。


 そうこうしてるうちに式の前日となり、その夜、俺は九州から呼び寄せたお袋と式場近くのホテルに泊まった。レッドは実家が都内なのでそっちに泊まった。独身最後の夜は、お互いの親と一緒に過ごそうって前々から決めていたからだ。次の日レッドは実家から、俺はホテルから式場の教会に直行し現地で合流した。当日の午前中はあいにく大雨だったが、ドレス姿になったレッドが自身を指さして「晴れ女だから大丈夫」と言った通り、正午過ぎから曇りになり式が終わる頃には日が差していた。式自体は滞りなく終わり、本物の教会なので本物の牧師の説教も聞くことができた。その後、俺たち2人は結婚衣装のままリムジンに乗り込んで披露宴会場に移動し40人の招待客に迎えられた。披露宴は1人5000円の会費制にしたが、料理と場所代で1万円超なので当然赤字だった。でも、それも承知の上で「なるべく客に負担がないように」と2人で決めたことだった。披露宴ではサプライズで、俺がレッドの好きなバンドの曲をギターで弾き語りして盛り上がったりした。もちろん下手くそではあったが、努力と心意気で一応受けてたってとこだ。最後はレッドが自分で選んだオシャレな紅茶葉セットと、お袋が送ってきた九州漬けもの詰め合わせを招待客全員に手渡しして盛況のうちに幕をとじた。当日の夜は、昨日も泊まったホテルに俺とレッドが同じ部屋で、お袋が別の部屋でそれぞれ宿泊した。レッドのお袋さんは披露宴が終わると早々に帰宅した。翌日、九州に帰るお袋を空港まで送ろうとしたが「新婚さんは早よ家に帰り」と言って聞かないので、空港行き高速バスの乗り場まで一緒に行ってそこで別れた。とまあ、そんな感じだったよ。


“そう。本当に良い結婚式だったのね。”


 ああ、我ながら完璧だった。香港や蒲田のウィークリーマンションの時とは違って、今回は何の落ち度もなかったはずだ。実際、式が終わって帰ってきてからレッドはずっと楽しそうにしてるし、今でも食事の時とかに式を挙げた「あの日」のことを嬉々として語ったりすることもある。それだけに俺としては全く意味がわからないんだが、「あの日」以来、レッドは俺とのセックスを一切拒んでるんだ。


“ええ、そうね。”


 ……単刀直入に聞く。こうなったのはお前のせいか?


“そうよ。”


 理由を、聞いてもいいか?


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