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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
80/182

2011年3月

 デカい地震がきて福島の原発が爆発事故を起こした。報道はいまだにボカしてるが、核燃料がすでにメルトダウンしてるのは間違いないので、爆発が起こること自体は予想できていた。ただ、原子炉内部からの爆発で建物が吹っ飛んだのか、原子炉の外に充満した水素ガスが爆発したのかで意味合いが天と地ほども異なる。もし前者なら日本はお(おしま)い。後者なら、放射能汚染はあるだろうが復興の可能性はまだある。俺は昨日からずっとネットで情報収集してきたが、専門家が発信してる情報にも両論あって、どっちも俺から見れば科学的、論理的に説得力がある。だからもう、本当にわからん。こうなるともはや神頼みする以外()(すべ)はないが、この作品的には頼む相手は悪魔だろうと思ったので来た。悪魔ちゃん、どうか水素爆発の方にしてください。


“そんなこと私に言われてもなあ……”


 なんだダメなのかよ。まあ、わかってはいたけどな! 


“いや、もうどっちなのかは決まってるから。今はそれを知る手段がないってだけで。だから、私が今から事故の結果を変えるなんて不可能よ。アンタの好きな科学的な見地から言ってもそうでしょ?”


 ああ~悪魔のくせに普通のことしか言わない。気休めだけでも言って欲しかったのに……じゃあ、せめてどっちに決まったかだけでも教えろよ。


“安心しなさい、水素爆発よ。”


 根拠は?


“アンタ、それ聞く? アスタロトも言ってたでしょ、「お前のおつむ以上の言葉では、我々は語ることができない」って。だから聞いたところでムダよ。”


 じゃあ、水素爆発が本当かどうかもわからねぇじゃねえか。


“いや、それは本当。”


 だから、何でお前にそれがわかるんだよ!?


“だって私は悪魔だもの。”


 出たよ! 説明に困ったらすぐそれだ!


“別に困ってないけど、そうね、じゃあアンタのおつむでも分かることを教えてあげるわ。もし私の言ったことが間違ってて、原子炉内部の爆発で圧力容器が損壊してたとしても、さすがに「日本はお終い」は言い過ぎよ。どう考えても西日本に放射能汚染は及ばないし、東日本だって、もし広域に汚染されたとしても国土放棄なんてありえないわ。現実には、放射線で健康被害が出たら(しか)るべき医療を国と電力会社が提供しつつ、地域全体としては地道に汚染を除去しながら日々の生活を営んでいくのよ。つまり、どうなったところで会社も学校も家庭生活も無くならないの。だから「この世の終わり」みたいな雰囲気にあてられてテンション上がってるとこ本当に悪いけど、「放射線と共存しながら」という部分を除けば、今まで通りの日常が続いていくのよ。どう? 違う?”


 ……それは汚染の程度にもよるだろ。住んでるところの被ばく量がチェルノブイリみたいな居住不可能レベルになったら土地を放棄せざるをえんだろ。


“その場合は居住可能なところまで一時撤退して、時間経過による線量の低下を見ながら、周辺部から徐々に汚染除去作業を開始するのよ。で、除去作業に直接従事しない一般住民は、撤退した避難地でやっぱり日常を再開するの。アンタもそこで、また職場と家を往復する変わりばえのしない毎日を続けていくのよ。わかった? だから一般市民のアンタが「日本」とか「復興」なんて考えなくていいから、まずはレッドとの生活がどうなるのかを心配しなさい。で、最近レッドとはどうなの? ていうか、あれから再就職はできたの? まずは状況説明をしなさい、状況説明を。”


 お前、すげえな。こんだけテレビが津波や大規模火災の映像を流して、コンビニやスーパーに行っても食料品がほとんど売ってないっていう「非日常」の中で、よくそんな生活臭のある質問できるな。


“そりゃあ、私にとっては原発事故なんて水素爆発で確定なんだから、なら東京は深刻な放射線汚染を(まぬが)れるし、インフラ被害も今のところ軽微だから2~3日もすれば保存のきく食品からだんだん店頭に並び出すって思ってるもの。アンタの会社だってとりあえず今は「自宅待機」の指示が出てるけど、たぶん1~2週間もしないうちに業務再開するはずよ。よーするに、すぐ「日常」が戻ってくるってこと。だから、早く状況説明しなさいってば。”


 わかったよ。お前に前回言われた通り、「データ分析 採用 募集」でネット検索して一番上に出てきた会社に応募したら即採用になった。従業員15人くらいの小さな会社だけど給料は日本経政総研よりもちょっと低いだけっていう、「3年間一体何やってたんですか?」なんて転職サービス会社の人言われた割には、それほど悪くないトコロに就職できたと思うよ。再就職してからはレッドが怒ることもあまりなくて、今はまあまあ仲良くやれてると思う。まあ、出勤初日の夜に「絶対すぐ辞めんじゃねーぞ?」って怖い顔でクギ刺されたけどな。


“当たり前でしょ。それで、仕事はちゃんとやれてるの? 今度は長く続けられそう?”


 んー、本音をいえば微妙(笑) 周りが東大や京大卒ばっかりってのは日本経政総研の時と同じなんだけど、今いるデータ分析班の同僚はほぼ全員が理系で東大や京大の博士号を持ってる。だから仕事で使う統計モデルなんかの打ち合わせしてても、話してる数学のレベルがいちいちメチャ高い。しかもやっかいなことにみんな年下だし……といっても、別に年上として同僚に示しがつかないから、みたいな話じゃない。そういうコトでいうなら、今度の会社は社長も直属の上司も年下だけど全く気にならない。つーか、そういう責任ある立場にいる人ってのは話してても全然「年下」って感じがしない。そうじゃなくて、数学とかシステム開発みたいな理系寄りの業務は圧倒的に若い人の方が頭の回転速いって話。しかも、東大や京大のドクター保持者なんだから余計に速い。なので、今んところは付け焼き刃で勉強しながら何とか上司や同僚についていってるものの、自分的にはだいぶ背伸びして無理してる感じ。正直、この調子でいつまで持つかのなーって思ってる。


“じゃあ、持たなかったらどうするの? また辞めるの?”


 いやあ、この歳でまた就活なんてやったらもっとハードモードになるだろうから、持たなくても今度は必死にしがみつくよ。それでもクビになったとしたら、そん時はもうしょうがないだろ。でも俺自身は、確かに今の会社はしんどいけど気に入ってるトコだってあるんだぜ? まず、会社自体が実力本位で生き残りに賭けてるベンチャー企業だってとこ。だから、社内での人事評価も完全に成果だけで判断される。出身大学とか政府や企業とのコネで評価が決められる日本経政総研とは違ってな。その一方で、いわゆる「渋谷バレー」(渋谷周辺に集まったITベンチャーの集団)の一角に属していることもあって、ポップカルチャー的な社風もある。なんせ、社長がTシャツでクライアントとの打ち合わせに行くからな。そこで先方と冗談言いあって盛り上がってる間に、いつの間にか商談がまとまっちまう。オフィスでも、いつも誰かが(結構ブラックな)ジョーク飛ばしてるから笑いが絶えない。そんな彼らを見てたら俺までちょっと若返った気分になるのよ。


“ふーん。アンタが気に入ってるならいいけど、逆に頑張りすぎて身体を壊したりしないでよ?”


 え?


“何よ、「え?」って。”


 いや、お前が俺を気遣ったセリフ吐くとか超珍しいから……


“別に気遣ってなんかないわ。調子に乗るなって言ってんの!”


 ああ、そう。


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