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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
73/182

2005年8月(6)

 なにが?


“アンタの母親や私とおんなじこと言ってるじゃないの。”


 いや、たまたまだろ。


“そうじゃないでしょ。その時レッドは「クソ」だと思った理由もアンタに言ったはずよ? 何て言ったの? よく思い出して。”


 ……「やることなすことに悪意がみえる」って。


“そうでしょう? あの女の行為には「悪意」があるって私も言ったし、アンタの母親だってよく言ってるじゃないの。”


 「いつもイケズ(意地悪)をする」とは言うな。でも、お前の言うことがお袋と被るのは、俺と同じようにお袋から聞いた話の影響を受けてるからだろ。


“じゃあレッドは? レッドも、アンタの母親から事前にあの女の話を聞いてたの?”


 いや、それはない。俺が話した時が初耳だったはずだ。


“じゃあ、なんで母親と意見が一致するのよ? というかね、これは「超能力」とかいう以前に、普通にあった事実を聞かされれば誰だって同じ感想を持つってだけの話よ。まがりなりにも、人並みの共感力と想像力さえあればね。むしろあの女の「悪意」を素直に感じとれないアンタみたいなのの方が、極めて珍しい希少種だわ。”


 ちょっと待て。俺だって兄貴の嫁さんについては「利己的で醜い」って評価してただろ。


“それは「感じた」んじゃなく、「行為を基準に判断」しただけでしょ? アンタがさっきそう言ってたじゃない。でも普通の人は、そんな小難しく考えなくても自然にピンとくるものよ。もっとも、アンタの母親とレッドはその感受性の高さが異常なんだけどね。”


 ……どうせ俺は普通じゃないよ。


“いちいちスネない。話の先を続けて。”


 あ、ああ……わかったよ。嫁さんがお袋の料理を捨てた理由を言い放った後、なんか互いににらみ合うみたいな状態になって誰も口を開かない時間が続いた。そのままじゃラチがあかなさそうなので、俺は話題を元に戻すことにした。確かお袋が嫁さんの意図を誤解してるって話だったと思うんで、兄貴に


「えーと、これも何かお袋が悪く取りすぎてんのかね?」


って言ったら、


「うるさい!! お前がお袋にウチのことを悪く吹き込んでるのはわかってんだぞ!!」


といきなり発狂した。そしたら俺もカッとなって、


「はあぁぁ!? なんで俺がそんなコト言わなきゃなんねーんだよ!! そもそもお袋と話す時にそっちの話題なんか全然出ねぇっつーの! つーか、こっちはこの件にそこまで興味はねーよ!!」


と怒鳴り返した。ったく、「悪く吹き込んでる」とか一体何の話だよ。俺がいつそんなことしたってんだハゲ。


“いや、してるじゃない。”


 してねーよ!!お前まで何言ってんだよ?


“例えば、お母さんがあの女にされたこと愚痴ってる間中、「ああ」とか「そうだな」とかいつも相づち打ってるじゃないの。”


 それのどこが「悪く吹き込んでる」んだよ? いちいち反論しても、思い込み激しくて聞く耳持たないから適当に受け流してるだけだろうが。


“いや、お母さんが「酷いと思わん?」とか「自分勝手すぎるやろ?」とか「私間違っとらんよね?」なんて言ってるのに否定もせず相づちだけ打ってたら、それは完全同意したも同じことでしょう。だからお母さんも「ゴロウも同意した」「ゴロウも同じ気持ち」って思って、それをふまえた発言をアンタの兄貴や嫁にしたんでしょうね。例えば、「そんなことはゴロウも私も反対なんやから」みたいな。”


 え、酷くない? 俺にはそんな意図ないのに。


“でしょうね。アンタは「言葉のウラ」とか「場の空気」とか読めないし、だから相手が口に出したこと以外は理解ができない。相手にも、自分が口にしたことしか伝わってないって思い込んでる。”


 いや思い込むも何も、言ったことは言った通りに受け取るべきだし、俺が言ってもないことを言ったかのように受け取るのはそもそもおかしいだろ。


“あのね、それは全然おかしくないの。普通の人は必要に応じて言葉に言外の意味を含ませるし、聞く側も阿吽(あうん)の呼吸でそれを汲み取るの。それが、大人なら誰でも持ってるコミュニケーション能力ってものなのよバーカ!”


 バカとか酷い!! だって「伝えたいことがあったら必ず文章にして明文化するか言葉にして明言しろ」って大学院の指導教官にさんざん叩き込まれたもん!


“それは学問上の研究での話だろ。気心知れた身内同士なら、普通はそんな堅苦しいルールは不要なんだよ。ていうか、お前の読解力不足の話はもういいよ。飽きた。それより、お前と兄貴まで険悪になって、その後どうしたの?”


 最後は結局、お袋が場を収めたよ。「とにかく、頭金の話は今日の今日で返事はできん」「誤解があるっていうなら誤解をなくすようまず態度で示せ」「今日はもう落ち着いて話ができるような雰囲気じゃないけんいったん帰りなさい」って兄貴らに言い渡すと、奴らは渋々帰り支度をはじめた。それでも、お袋が九州に帰るまでにもう1回だけ会ってほしいっていう条件を最後に出してきた。応じなければまだ居座り続けかねなかったので、お袋は「わかったわかった」って言って2人を追い出した。


 一応兄貴たちを見送って玄関扉が閉まった後、お袋は座卓のところまで戻ってヘナヘナと座り込んだ。俺は気が抜けてしばらくボーっと立ったまま玄関扉をながめてたが、ふと気がつくと横にいたレッドも同じ姿勢で扉をながめていた。表情を見ると、兄貴夫婦がいた時のまま、凍ったような笑顔がまだ張り付いている。


「よく我慢した。」


と声をかけるとそのままの表情でゆっくりと俺の方を向き、いきなり肩口に嚙みついてきた。よっぽどストレスがたまっていたんだろう。しばらく犬のように唸りながら首を振って俺の肩を噛んでいたが、だんだん痛くなってきたので頭を掴んで引きはがした。すると一転スッキリした表情になって、座り込んだお袋に歩み寄って行った。


「ミサちゃん、見てん。私まだ手が震えとるよ。」


と言うお袋の手をレッドが両手で包み込むと


「お母さん、手がすごい冷たくなってる!」


と少し驚いたように言った。そのまま2人は手を取り合って、しばらくじっと身を寄せ合っていた。俺は2人が寒いのかと思ってエアコンの温度を少し上げたが、たぶん悪魔ちゃんに言わせれば、俺がこの時すべきだったのは「そういうことじゃなかった」んだろう。


“当たり前でしょ。”


 その日は翌日ディサイプル・ランドに行くための準備があるので自宅に帰ろうとしたが、レッドが「バカじゃないの? ゴロウの分の準備も私がして持っていくから今日はお母さんと一緒にいなさい!」と言うので俺だけ蒲田のウィークリーマンションに泊まることになった。お袋がベッドに、俺は床に布団を敷いて横になったが、さっきのことを思い出してか「お兄ちゃんの育て方、どっかで間違(まちご)うてしもうたんかねぇ……」とか始めだしたので、俺はあえて地元の友達の近況とかをお袋に尋ねてみた。すると、小学校の時の俺のケンカ相手のお母さんとバッタリ近所の自然有機卵の専門店で会った話を急にしだして、実はケンカ相手も東京に就職しててだいぶ偉くなってるので「今度連絡してみんね」とかしきりに言ってきて、俺が「ああ」とか「うん」とか相づちを打ってるうちにお袋は眠りに落ちた。俺は、まあまあ大きなお袋のいびきが気になってなかなか眠れなかった。


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