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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
72/182

2005年8月(5)

 嫁さんはさらに、


「手伝いはもう私の両親が来てやってたし、九州からわざわざお義母さんまで来てもらってもかえって邪魔になるだけだから帰っていただいて結構です、って意味で言ったんです!」


と付け足したが……あー、これはもしかして、お袋のことを気づかった言葉だったって言いたいのかな? だとしても、言葉づかいが絶望的に間違ってるわ。兄貴によると医療系短大を出てるって話だから、そこまで頭は悪くないはずなんだがなぁ。


「それやったら結局、邪魔やから帰れって意味やないの!」


 ああ、そうか。気づかって言ったとかじゃなく、お袋の言う通り悪意に満ちた言葉って解釈もできるか。そもそも「九州からわざわざ」って言うけど、嫁さんだってウチと同じ地元なんだから自分の両親だって九州から出て来てるわけだし、それをお袋にだけ「わざわざ」って言うのはスジが通らんよな。もしかしたら「実の親には遠慮なく手伝いを頼めるけど、お義母さんにそんな我が(まま)いうことはできない」って意味での「気づかい」って言ってんのかもしれないけど、だったらお袋が来る前に言えよって話でさ、すでに来てしまってから言うのは考えてみりゃ全く何の気づかいにもなってないわ。それならむしろ「来なくていいのに来やがって」っていう意味での「わざわざ」だって考えた方がしっくりくるな。とか思ってたら兄貴が


「それは久美の言ったことをお袋が悪く取りすぎやって。」


と口を挟んできたので、お袋は、今度は兄貴の方に食ってかかった。


「どこが悪く取りすぎなんね! 久美さんの今言うた通りやろうもん。それにあんた、それだけじゃないとよ? 私ゃあん時、作って持って行った料理までゴミ箱に捨てられとるんやけ!!」


それにはさすがに兄貴も「えっ?」って感じになって嫁さんの方を振り向くと、


「全部は捨ててません! お義母さんいつも作ってくる量が多すぎるから、だからウチで食べられる分だけを取り分けて残りを捨てたんです!」


と言い訳した。いや、正直言い訳になってないと思うが…… しかしマジかー、これもお袋の言う通りだったのかー。


“だから私が言ったじゃないの、この女は悪霊の化身だって。”


 ちょ、回想の途中で口を挟むなよ。読んでる人が混乱すんだろ。


“聞いてるだけでもアンタがふがいなさすぎて腹が立ってくるからよ。これだけの悪事を見せられたのに、アンタさっきはよく「平凡な人間なら誰しもが犯す程度のモン」なんて言えたわね。一体どこがよ!?”


 いや、むしろそうだろ。こん時嫁さんがゲロったのって、お袋に「邪魔です」って言ったのと料理を捨てたことぐらいじゃん。それのどこが「これだけの悪事」なん?


“「形質」の話はさっきしたわよね? その時、「悪事」の基準は行為そのものじゃないって言ったでしょうが。行為を「悪意」をもってやったかどうか、それが一番重要なのよ。この女はアンタのお母さんを意図的に傷つけようとして行為におよんだ、それのどこが「悪事」じゃないっていうの?”


 まあ、一応本人は「悪意はなかった」って弁明らしきものをしてるけどな。


“そんなの言い訳になってない、って、アンタ自身が今さっき言ったばかりじゃないの。”


 いやまあ、そうなんだけど……でもやっぱ「悪事」はどう考えても言い過ぎで、どんな実害があったかで考えればせいぜい「愚行」ってレベルじゃない?


“だから!実害云々は関係ないって言ってるでしょ! やったことの意図が重要なの! その意図が、この女の場合は100%純粋に「悪意」だから、その分だけ大いに罪深いのよ。”


 いや、そんな理不尽な……それじゃあ、まるで独裁国家の「思想警察」だよ。って、言ってて気づいたけど、そうか、俺は「内心の自由」とか「法の下の平等」みたいな民主主義の原則を大事に思ってるから、兄貴の嫁さんの行為が利己的で醜いってことはことは認めつつも、善悪の審判を下す時はなるだけ客観的でいたかったんだな。だって、誰かの意図が本当は何だったかなんて本人以外は誰にもわかりっこないんだから、やっぱ行為を基準に判断せざるをえないよ、少なくとも俺はさ。


“知るか。そんなのお前ら人間の認識限界って話なだけだろ。私らがそれに合わせなきゃいけない義理なんてどこにある? 私らみたいな概念存在はアンタら人間の「形質」を直接知覚することができるから、そこから生じる個人の「意図」も全部ガラス張りで丸見えなの。だから、いくら「善意」を装ってても、いや、自分自身すら騙してそう思い込んでたとしても、「我欲」みたいに格の低い卑しい「形質」は潜在意識下の「意図」も必ず「悪意」になることがわかってる。ただ、前も言ったように「悪意」が結果的に「善行」にあたる行為として具現化されたり、「善意」が結果的に「悪行」になることはあるけどね。でもそれはさして重要じゃない。なぜなら「悪意」が「善行」に転じても、「善意」が「悪行」に結実しても大本(おおもと)の「形質」には一切影響を与えないから。格が低位な「形質」は常に「悪意」しか生まないし、高位な「形質」は常に「善意」しか生まない。そして、それは普遍的な摂理であり誰にも変えることができない。唯一の例外として、現世での人生を通じた経験全ての影響を受けて「形質」が変化することはある。でも、一度の人生で起こる変化なんてほんのわずかにすぎないから、輪廻転生を幾度も幾度も繰り返さなければ低位な「形質」が高位に変化するなんてこともない。だから私らの世界では、「法の下の平等」なんて原則的にありえないの。生者も死者も、動物も草木も昆虫も微生物にいたるまで、およそ魂をもつ全ての存在が「形質」の格で厳格に序列化されてる。そこでは序列が高いモノの言うことが絶対で、低位のモノの言うことなど誰も(かえり)みない。だって、高位のモノと低位のモノの言い分が違う時は低位の方が嘘もしくは誤りを述べていることを誰もがわかっているから。実際、試しに善悪の審判にかけてみれば、人間同士の裁判とは違って、低位の方が必ず論理矛盾に陥って自分の正当性を証明するのに失敗する。そうなる理由は、この審判では「形質」と「意図」が誰に対しても可視化されているから。それは例えるなら互いに相手の手札を見ながらポーカーをやるようなもので、そこでは真実を隠して駆け引きをすることなんて最初から不可能。そうなると初めに配られた手札が強い方、この場合は「形質」が格上の方だけど、そっちが何をどうやっても勝つっていうだけ。”


 はえー。まあ、それはそれで理屈が通ってるんだろうけど、でも俺は、「概念存在」とかじゃないから。そこんトコわかってる? 「形質」とか「意図」とか、お前と違って見ることなんかできないの。だからさ、俺の方は俺の方で「法の下の平等」を前提に話をせざるをえないのは仕方なくない?


“そうでもないわよ。アンタのお母さんやレッドは、完全ではないにせよ、ある程度「形質」や「意図」を感じとることができてるみたい。アンタだって、知識や理屈にばっかり頼らずに五感を研ぎ澄ませて、物事を頭で考えるんじゃなく素直に「感じる」ことができさえすれば、彼女たちみたいに「真理」の一端が見えるかもよ。”


 いやそれって、もう半分「読心術」とか「千里眼」みたいな超能力の領域じゃん? 本当にあいつらそんな能力持ってんの? 特にレッド。


“はあー、バカにするんだ。じゃあさ、アンタの兄貴の嫁とレッドが会ったのって今回が初めてよね? でも、会う前から嫁がどんな人物かアンタがレッドに説明してたでしょ?”


 うん。


“どうせアンタのことだから、客観的に、自分の印象とか感想は交えずに、事実だけを淡々と説明したんでしょ?”


 ああ。俺はすでに「多少問題アリの人物」という認識だったけど、たぶんそれはお袋から聞いた話の影響だと思うから、レッドにはあらかじめそういう予断を持ってほしくなかったんだよ。


“で、アンタの話を聞いたレッドは何て言ったの?”


「その女、本当にクソだな」って。


“ホラごらんなさい。”


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