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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
70/182

2005年8月(3)

 チッ、そういや何かそんな設定があったな。


“それとは逆に、現世の環境や経験が与えた影響で偶然にも悪い動機や行動が抑制され、「顕現」が「善行」となって実現することだってありうるのよ。アンタの兄嫁の場合はそのパターンね。子育てや家事をきちんとこなしてるって言うけど、その動機は決して「愛」や「献身」じゃないわ。例えば子育てだけど、彼女にとって子どもは虚栄心や優越感を満たすためのペットやアクセサリーみたいなもんだから、その価値が劣化しないよう入念に「世話」や「手入れ」をしているだけのこと。例えば、子どもにお揃いの高級ブランド服を着せてるのもそういう理由よ。彼女、それを「私の唯一の道楽」って言ったんでしょ?”


 ああ、子どもらが着てる服をお袋がお世辞でほめたらそう言ったらしいな。


“子どもが好きな服って理由じゃなく、素材や品質が良いって理由でもなく、「私の」、しかも「道楽」よ。子ども第一に考えてる人からそういうセリフが出ると思う?”


 どうかな。でも照れ隠しか自虐でそんな風に言うこともあるんじゃないの?


“本当にそう思ってんの? あと、アンタのお母さんが子どもたちにあげたお菓子もすぐに取りあげるそうね。”


 ああ、でもそれって他所(よそ)の家でも嫁姑問題じゃよくある光景だよ。お袋は子どもたちを喜ばせてあげたかったんだろうけど、虫歯や将来の身体への影響とかを心配して制限したいっていう嫁さんの気持ちも俺はわからんじゃないがなあ。


“でもその後、「これは私がいただきます」って自分のバッグにしまったのよね? その気持ちもわかるっていうの?”


 いや、それは、まあ……


“他にもあるわ。同じ我が子でも兄弟でそそぐ愛情に歴然と差があるそうじゃない。子どもらがまだ幼児だった頃、遊んであげるのはいつも次男の方ばかりで、自分もかまって欲しくて近寄ろうとした長男に「来ないで」って言ったんでしょ?”


 お袋がその現場を見たって言ってたな。


“母親に言われる言葉としては、十分に傷つくセリフよね。彼女がそんなことを言った理由はね、長男が夫似で自分に似てない「他人」だからよ。次男は自分に似てる、少なくとも彼女はそう思ってるから自己愛の延長で可愛がることができるの。どう?今まで挙げてきた中で、子どもへの「愛情」が動機となってるものなんて1つでもあった?”


 いや、そりゃあくまでお前の個人的な解釈だろう。ていうか、お前が言ってんのは全部日頃お袋が言ってる嫁への文句そのまんまだわ。あまりにも姑の味方し過ぎ。だいたい一方の意見だけ採用して批判するとか、どー考えてもフェアじゃないだろ。


“あのね、私が言ってるのは「意見」とか「解釈」じゃないの。真実よ。だって、私には嫁の内心が見えるんだもの。なぜなら……”


「私は悪魔だから」だろ? でも俺にはそんなテレパシーじみた能力ないんだから、外から見える事実だけで判断するしかないんだよ。それにもしお前の言う通りだったとしても、俺の見る限り子ども達はそれになりに母親になついてるようだったぞ? だったら、少なくとも子ども達にとっては「良い母親」であることに間違いはないだろ。


“そうね。だから私は最初に、これは環境や経験の影響で「悪意」が抑制されて「善行」として「顕現」した例だって言ったわよ? 「良い母親」に見えるっていうのは、別にそれと矛盾しないじゃないの。その一方で、アンタは「善行」を根拠として「悪意はなかった」という主張をしてきたのよ? でもそれは根拠にならないってことを、ずーっと私は論理的に言ってるだけなんだけど。”


 わかったよ、嫌味な言い方しやがって。


“ちなみに家事、特に掃除については、「悪意」が動機とか以前にそもそも嫁はやってないから。それでも家の中が比較的片付いてるのは、アンタの兄貴が都度ゴミを拾ったり整理整頓してるからだから。もし兄貴が出張かなんかで家にいなかったら、アンタん()ほどじゃないけど、まあまあ散らかってる方だから。子ども達は、それについてははっきり不満に思ってるから。このことはアンタの母親も知らないはずよ。でも本当だから、今度兄貴に会った時に確かめてみればいいわ。”


 いや、なんで俺がそんなことすんだよ。


“そりゃアンタが「コイツ、結局俺がお袋から聞いた情報しか喋ってねえじゃん(笑)」とか思ったからでしょうが。ったく、ナメるんじゃないわよ。”


 ああメンドくせえなあ、もう。どうもスイマセンでした!


“よろしい。じゃ、ここからはアンタのお望み通り「外から見える事実」をもとに話しましょ。今回は実際に会ったんでしょ?兄貴の嫁と。”


 ああ。一家で来るって言ってたけど、平日だと夜でも子ども達の塾とか習い事の都合が合わなくて結局兄貴と2人で来たわ。お袋は孫に会えると思ってたから、あからさまにガックリきてたな。


“その日あったことを話して。”


 ディサイプル・ランドに行く前の日、俺は昼間普通に会社で働いて、仕事終わりに蒲田のウィークリーマンションに行ってお袋を連れ出し兄貴らと待ち合わせてる蒲田駅に行った。なんで蒲田を拠点にしたかというと、品川駅からも俺の職場がある新橋からもそう遠くなくて、ウィークリーマンションの滞在費も山手線沿線よりだいぶ安かったという事情から。レッドは勤務先の中学校からいったんアパートに戻って、身支度をととのえてから電車で蒲田に来ることになっていた。蒲田駅前にちょっとした広場があったのでお袋をそこのベンチに座らせて、俺は遠くからでも見えやすいように立って待ってたが時間になっても誰も来なかった。10分ぐらい超過した頃にレッドが現れ、立ち上がったお袋と互いに手を取りあって品川駅以来の再会を喜んだ。しかし例の香港旅行の件があったことを考えると、2人の笑顔がどこまで本気なのかは定かでなかった。その後しばらく3人でベンチに座り他愛ない話をしていたが、急にレッドが心配そうな声で「ねえ、やっぱり家族の集まりに私がいるのって変じゃない?」と聞くので「いや、兄貴の奥さんだって来るんだし」と返したが、「奥さんは結婚してるから一応家族じゃん。けど私は……」と納得しない。そこにお袋が割って入り、「ミサちゃん(レッドのこと)、頼むけん一緒におって? 私あの人(兄貴の嫁)と1人で会うの恐い……」と言うので、ようやく「じゃあ……私は何もできませんけど」と承諾した。俺は、「1人って……俺と兄貴はカウントに入ってないのかよ」とか思ってた。それからさらに20分ぐらいたった頃に兄貴夫婦がやってきた。兄貴は着くなり悪びれもせずに「仕事が長引いたから」とだけ言った。コイツは「謝ったら死ぬ病」か何かなんかと思った。その間に嫁さんはにこやかに笑いながらお袋の前まで来て、礼儀正しく挨拶した。


「お義母(かあ)さん、お久しぶりです。」

「今日も忙しかったやろ? 本当わざわざゴメンねえ。」

「いいえぇ、お義母さんに会いたかったですから。」

「あ、こっちはね、ゴロウの彼女さんのミサコちゃん。」

「よろしくお願いします、ミサコです。」

「ミサコさん? お義母さんがいつもミサコさんのこと話してるって主人が言うから、ぜひお会いしてみたいって思ってたんですよ?」

「今回も東京に呼んでくれたんはミサちゃんなんよ。ゴロウはホラ、そういうとこは全っ然気がきかんけん。」

「えーすごい!やさしい。」

「いやいやいや、そんなこともないんすけど……」


 みたいな感じで、3人とも「笑顔」で、メッチャ「なごやか」な雰囲気で会話してた。


 すっげー怖かった。


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