表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
69/182

2005年8月(2)

“あのさぁ、ひとこと言っていい?”


 いいよ。


“お前の兄貴、本当クソだな。”


 まあ、そうなるよな。つってもケチなところは昔からだから、自分の恩師に会うのに俺が買って送った新幹線チケットの乗車区間を変更させて便乗する、なんてのはウチの兄貴からしたら「通常運転」の範囲内ではある。腹を空かせたお袋に安いパックのサンドイッチを買って済ませようとしたのも。とはいえ、前も言ったように世界的な大企業に勤めてて俺の何倍も給料もらってるってのを考えたら、随分とセコイ話だとは思うけどね。けど、それ以外のクソっぷりについては逆にいつもの兄貴っぽくないというか……俺の知る限り、これまでケチはケチなりにお袋に対しては優しく接してきたはずなんだよ。俺はお袋の過干渉で子どもの頃からいつもケンカ状態だったけど、兄貴は優等生だったからお袋と衝突することは(まれ)だったし関係は基本的にずっと良好だったはずだ。奴が独身時代に九州支社勤務だった時も頻繁に実家に帰ってきて、お袋に自分の服を洗濯してもらったり好物の料理作ってもらったりしてた。お袋はお袋で、近所の知り合いの家に行くのにわざわざ兄貴に車で送らせたりして「自慢の息子」を見せびらかしてたよ。俺はそういうベッタリな関係が気色悪いって思ってたから、お袋から「たまには帰って来い」って電話でも来なきゃ基本実家には寄りつかなかったし、お袋が近所に見栄はるための行為にも一切加担しなかった。だから、悪魔ちゃんは俺のことよく「マザコン」って言うけどさ、やってたことから考えりゃ兄貴の方がよっぽどマザコンなんだよ。でもまあ、それをお袋は喜んでたし、兄貴と仲良くやってる分には俺にあんま干渉してこなかったからある意味兄貴には感謝すらしてたよ。東京に行って子どもが出来てからも、マメに実家に電話してきて孫と「バアバ」をよくお話させてた。電話してくるのは常に兄貴で嫁がかけてきたことはないっていうから、たぶん嫁の方は快く思ってなかったんだろう。それでもお袋に電話して喜ばそうとするのは、正直見上げたもんだと俺は思ってたよ。ところが今回は、次いつ来れるかわからないからお袋も横浜中華街に行ってみたいって言ったんだろうに、それを「時間がないから」っつって無下に断ったんだぜ? 普通、年取った自分の親が腹空かしてる時にそんな可哀想なこと言うかね? だってさ、俺との待ち合わせ時間に遅れるから断ったって言うけど、兄貴は俺の携帯番号知ってんだから「遅れる」って電話でひとこと言えば済む話じゃん。そうすりゃお袋を中華街に連れて行けたし、俺らは俺らで品川で時間つぶすなり家出るのを遅らせたりいかようにもできたよ。でもそうしなかった、その理由ってのが、横浜でお袋に途中下車させたのを知られたくなかったからなのか、中華街まで行って帰る地下鉄代が惜しかったからなのかは知らんが、だとしても昔は「俺を待たせてお袋の希望を優先させる」っていう正解を選べる奴ではあったよ。そこの部分がさ、どうしても俺が知る兄貴とお袋のベタベタな関係と違うっていうか、なんつーか違和感があるんだよ。「コイツ、そんな奴だったっけ?」って。


“あー、それはきっと乗っ取られたのね。”


 ん? 乗っ取られたって、何に?


“悪霊に。”


「悪霊」!? まーた新しいワードが出てきたよ。なんそれ? お前ら悪魔とは違うモンなの?


“全然違うわ。私たち悪魔は永年怖れられ、ときには信仰されてきた歴史の中で度々(たびたび)擬人化され、ついには概念上とはいえ人格を持つに至ったけど、悪霊はそこまで体系化された存在ではないわ。人間の悪意や妬み、(よこしま)な欲望みたいな負の感情が漂って吹き溜まり、一か所に集まって(かたまり)になったようなものよ。日本だと、呪いとか(けが)れのような概念が一番近いかしらね。”


 なんかそーゆー「悪い空気」みたいのが兄貴に乗り移って精神的に支配してるとか、そういうハナシ?


“「空気」っていうか、アンタの兄貴の場合は「人」だけどね。”


 どーゆーこと?


“悪霊の化身っていうか、漂う悪霊がそのまま丸ごと人間に宿ったかのような存在が身近にいるのよ。その影響をモロに受けて、あんたの兄貴の性格は卑しく変質してしまったのよ。”


 あ、それってお前……


“そう、アンタの兄貴の嫁のこと。”


 いや、それはいくらなんでも酷くね? アレが悪霊ってか? 俺にはどう見ても、生物学的にも法律上も「人間」にしか見えないけどな。


“だから、その中身が悪霊だって言ってるのよ。彼女は邪悪そのものよ。キリスト教に「七つの大罪」ってあるでしょ? 「嫉妬」「傲慢」「怠惰」「憤怒」「強欲」「色欲」「暴食」の7つだけど、彼女の内面はほぼそれらで構成されてるわ。”


 誹謗中傷すぎる。確かに、お袋への態度を見る限り必ずしも善人ではないんだろうが、それでも兄貴の嫁さんがこれまでやった「悪事」なんて平凡な人間なら誰しもが犯す程度のモンだよ。それとも(かげ)で、勇者物語に出てくる魔王みたいなドえらい悪事でもやってるってのか? それに「悪事」以外のことも、例えばちょっとした「善行」とか普通の行いだってやってるだろうから、内面が邪悪しかないとかありえないだろ。そもそも普段の生活で2人の子どもの育児とか家事をちゃんとしてるってことについては一体どう解釈するんだよ? 心が邪悪一色ならそんなことしないだろ。


“前にも言ったけど、私たちみたいな概念の世界で生きる者にとっては、ものの正邪を決めるのは行為じゃなくて魂の「形質」よ。「形質」っていうのは、例え身体や心を失い自分が自分でなくなったとしてもなお残る根源的な存在理由みたいなものだって言ったの覚えてる? で、アンタの母親の「形質」は「高潔さ」、レッドのは「正義」だってのも言ったわよね。それに対して、アンタの兄貴の嫁の「形質」は「我欲」なの。私たちには人間の魂の「形質」が直接見えるから、別に彼女の「悪行をした」とか「善行をしなかった」とかの行為を指して「悪霊」だって言ってるわけじゃないの。見たままを言ってるだけ。”


 でも「形質」ってものがあるなら、「根源的な存在理由」っていうくらいだから行動にも少なからぬ影響を与えるだろ。なら結局は「形質」に沿った行為をするようになるんじゃないの? だったら、「我欲」を「形質」に持つ人間が「善行」をするなんてのはやっぱおかしいぜ。


“そうとも限らないわ。その反証としては、母親と同じ「高潔さ」という「形質」を持ちながら、俗世の穢れにまみれて神性も濁ったあげく「色欲」っていう「悪行」を繰り返すようになったアンタの存在が真っ先に挙げられるわね(笑) 確かに「形質」は現世で行動する根源的な動機になるから、人間は皆「形質」を実現すべく現世で考えを巡らせたり行動を起こしたりするわ。これを「顕現」っていうんだけど、たまたま現世の環境や経験が良くない影響を与えて動機や行動が歪んだ結果「顕現」が悪事となって実現することもある。これも前に説明したわよね?”


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ