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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
64/182

2005年3月(3)

 俺が大学院で就活始めた頃にさ、この作品の中で「俺が研究で今使ってるのはMASっていうコンピュータシミュレーションなんだけど」って書いたの覚えてる? そのMASなんだけど、主要な研究領域の1つに、自然界での生物の生存競争をミュレーションで再現するっていう分野がある。その分野での最大の成果は、基本的な生存戦略を簡単な数式で与えただけで現実の自然界で起こったのと同じ進化がコンピュータの中でも起きたってものなんだけど、広瀬教授の本の中で「企業の競争戦略」を「生物の生存戦略」になぞらえて理論展開している部分があって、俺それ読んで「これMASでシミュレートできるぞ!」って思ったのね。本の中では競争戦略の試行錯誤が企業の(組織形態の)進化を促すって結論づけてるんだけど、その「進化」をMASの上でも起こせるって踏んだわけ。だからそのアイデアを、この時の「本題」として広瀬教授本人にぶつけてみたんだよ。そしたら教授がメチャクチャ食い付いてきてさ、すぐに俺を経営戦略研究会の正式なメンバーにして、教授の「企業進化モデル」をコンピュータでシミュレートするっていうアイデアを研究会で発表させて、MASを使って俺が作った「企業進化モデル」の試作プログラムをデモさせたりもした。もうとにかく教授は好奇心の塊みたいな人で、自分は知らないけど俺が知ってるようなことがあれば何でもいいから話させた。ある時なんかは「生物学的進化論から見ると教授の企業進化モデルには若干の矛盾がある」という俺の指摘(プログラミングする過程で見つけた)も面白がってノリノリで聞いてくれた。東大の教授からすれば俺なんて社会階級的にはゴミみたいな存在なのに、このシミュレーション研究では完全に対等な共同研究者として扱ってくれた(もっともそれは俺に対してだけじゃなく、教授は自分の研究室の学生や助手に対しても同じ姿勢なのだそう)。その点で、広瀬教授の人柄はまるっきり三波の真逆と言えた。とにかくそんな感じで共同研究は続いていって、このあいだ成果の第1弾として、シミュレーション結果についてのワーキングペーパー(中間報告的な論文)を2人の共著として書き上げた。しかも、教授のたっての希望で筆頭著者(連名の著者名で最初に記載される方)は俺の名前になった。ところが、この論文をさっそく東大の経営研究所から出そうとしたところ1つの問題が持ち上がった。それは研究所から発表する論文の場合、筆頭著者は東大に所属する者でなくてはならないってことだった。なので、「でしたら筆頭著者は教授にしてください」と申し出た俺に対して、教授が提案してきたのが「俺を東大の外部客員研究員にする」という話だった。


 というわけなんだけど、外部客員研究員になる話さ、受けた方がいいと思う?


“逆に断る理由があるのかしら。”


 えーと、この場合は「研究員」っていっても任期付きの非常勤だし、報酬も学生のアルバイト料以下っていう申し訳程度しか出ない。だから転職しようって話じゃないんだ。ただ、だとしても「東大所属の研究員」という肩書きは結構社会的に強力だから、単に「論文が出せないから」っていう理由だけで気軽に提案してる教授の話に果たして乗っていいものかどうか……


“何? 日本経政総研の方に兼職しちゃいけないっていう社則でもあるの?”


 ないよ。でも「外部客員研究員」に就任するなら、そのこと自体は会社に申請して許可を受けなきゃならない。


“申請したらいいじゃない。”


 そうなると三波にも当然話が行くと思うからさ、アイツたぶん許可出さないと思うんだよ。それに、この件をきっかけに今後これまで以上に三波との関係が悪化するんじゃないかって気もするし……


“なんで三波が許可しないと思うの?”


 そりゃあ、アイツにとってみりゃ「浮気」みたいなモンだからだろ。たぶん、「俺のプロジェクトをサボってそんな事してたのか!」って思うだろうし、実際、ここ何ヶ月かは東大に入り浸って、ほとんどそっちの方が本業みたいな働き方してたし……


“……。三波は許可するわよ。というか、この件に関して奴は特に邪魔立てしないわ。”


 なんでそう言い切れるんだよ?


“広瀬教授の方が格上だからよ。東大と早慶大なら、アンタの言う「社会階級的」にいえば東大が絶対的に上位でしょ?”


 あ、そうか。そういや三波が格上の人間に嚙みついてるとこなんか見たことないな。自分をスカウトした会長とかにはいつもペコペコしてるし。言われてみれば、あいつが強く出るのは自分より格下の相手だけだったわ。ありがと、この話さっそくOKするわ。それじゃ。


“ちょっと待ちなさい。今回の件だけじゃなく、広瀬教授との縁は今後も大切にしなさいよ。アンタにとってレッドが「運命の女」だとしたら、この人はいずれ、アンタが進退きわまった時「救い」に導いてくれる「運命の人」なんだから。”


 ええー!? そこまでの人なの?? 確かに今回の件じゃ大変お世話になったし、なにがしか自分に出来ることがあれば(むく)いたいとは思ってたけど…… うーん。でも何か、今そんなこと言われたって全然ピンとこないわ。まあいいや、とりあえず今日は「外部客員研究員」の件さえ聞ければそれでよかったから、もう帰っていい?


“クソが。帰れ!……くれぐれも教授は大事にしろよ。”


はーい。


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