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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
63/182

2005年3月(2)

“じゃあ何しに来たのよ。”


 今さー、東大経営学部の広瀬武雄って教授から「東大の外部客員研究員にならないか」って誘われてるんだけど、この話に乗っていいものかどうか迷ってんだよ。だから来た。


“唐突に何の話?”


 ……やっぱいる? 状況説明。


“しろ。”


 うい。三波の「理事長研究プロジェクト」から東大さんが抜けてからは、プロジェクトを名目に俺自身が興味あるトコにばっかり取材行ってたのよ。企業だけじゃなくて大学の研究室とかウチ以外のシンクタンクとか、読んでてこれは!と思った本を出してる出版社とかにも行ったな。中にはもうほとんどプロジェクトと関係のないようなトコロもあったけど、「何かおもしろそう」ってだけで取材を申し込んだこともあった。でも普通だったらさ、俺みたいな何の実績もない若造が急に取材申し込んできたって100%門前払いするわな。でもそこは「腐っても鯛」っていうかさ、いや実際に「腐った鯛」なんだけど、三波の名前出して「理事長肝いりの研究プロジェクトです」って言ったら一応ドコでも話ぐらいは聞いてくれるんだよ。これって奴がテレビにも出てる有名人ってこともあるけど、現政権に深く食い込んでるからって事情もあるみたい。取材受けてくれたトコからはどこも三波に()びを売ってるっていうより、何か若干ビビってるみたいな雰囲気を感じたからね。「敵に回すとやっかいだから、子分も一応丁重に扱っとこう」みたいな。まあ、どっちにしろ取材交渉の場ではだいぶ利用させてもらったよ。その割には、取材に行ったトコのうち3割ぐらいしか三波に報告上げてないけどな。


“そんな仕事ぶりで三波に怒られたりしないの?”


 するけど? 「なんでそんなトコロに取材に行ってるんだ!?」「お前は俺の指示をちゃんと聞いてるのか!?」とか毎回怒鳴られるけど、何かペコペコ謝っとけばそれで済んじゃうな。


“本当に済んでるの?”


 そりゃあ、三波からの俺の評価は最悪だろうよ。でももう雇用契約の更新は諦めてるし、どうせクビになるならせいぜい好き勝手にやらせてもらうぜって、まあ今はそんな感じかな。


“でもそんなことしてたら、「理事長研究プロジェクト」から外されて今みたいに好き勝手ができなくなるんじゃないの?”


 どうかな。奴も本当は別の研究員にサポート役を交代させたいんだろうけど、俺をチェンジしたところでもう誰も引き受けないのわかってるからじゃないかね。正直、ここに来て奴は会社内で孤立してるよ。


“どうして? 筆頭株主企業の会長さんが直々にスカウトして、鳴り物入りで理事長に迎えられたんじゃないの? ”


 うーん。今は研究員のほぼ全員が三波の「研究プロジェクト」を実質的にストライキしてるからなあ。三波ってさ、誰かと共同研究しても最後は必ず自分の実績にして全部横取りしちゃうんだって。早慶大の大学院生とか講師とか、内閣府の若手官僚とかそれで潰された人が大勢いるらしいよ、って話をさ、それぞれの研究員が自分で調べ上げてきて教え合ったんだよ。その結果、会社から「プロジェクトに加わらないか」って誘われても皆警戒して拒否するようになったってわけ。


“でもそんなの会社の上層部が許すの? 例の研究主幹なんて、権威に弱そうだから三波の側に付きそうなもんだけど。”


 ああ、研究主幹はまた別口(べつくち)で三波と確執があるんだよ。きっかけは週一の部内ミーティングで三波が「日本の大学の最高峰は東大だ。では2番手はどこだと思う?」って聞いた時、研究主幹が「京大です」って答えたの。まあ彼は京大出身だったし、俺も2番目は京大だろって思ってたから別に違和感はなかったよ。そしたら三波がさ、「違う。今や国際的な評価は早慶大の方が上だ」って断言したの。それでも研究主幹はゴニョゴニョ言ってたけど、三波が強引に話を打ち切った。それ以来2人は犬猿の仲。だからさっきのストライキの件でも、珍しく研究主幹が研究員側に付いてる。


“くっだらない!!”


 まあ、それ以外の経営陣も、さすがに研究員が全員拒否ってるとなると下手に強行策はとれないみたいよ。だって、まだ今のところ「ストライキ」っていっても研究員が個々に別々の理由を挙げて、たまたま、やむをえず皆が三波に協力できないって風を装ってるけど、もし公式な業務命令とか出して強要すれば公然とストライキをしかねない雰囲気になってるからな。


“……で、東大経営学部の教授はどこで出てくるの?”


 あー。でさ、好き勝手に訪ねてまわった先の1つが広瀬教授の研究室だったんだよ。最初はこの人の本を読んだんだけどさ、企業の市場競争の戦略を生物の進化論に例えて分析してて割と面白かった。だからまず本の出版社に連絡をとって、是非とも著者の先生にお話をうかがいたいって頼み込んだんだ(もちろんその時も三波の名前を最大限に利用したけど)。そしたら「広瀬先生の連絡先をお教えするわけにはいきませんけど、あなたにうかがった話を先生にお伝えすることはできます」って言ってくれて、それからしばらく経ったころ広瀬教授の方から俺にメールが来たのよ。「もしよろしければ、企業の部長クラスを集めて行っている(東大の)経営戦略研究会に、まずはオブザーバーとしてご参加ください」って書いてあったんで、もちろん有り難く参加させてもらったよ。そん時にさ、研究会が始まる前にわざわざ時間をとって俺のインタビューを受けてくれたの。インタビューの冒頭では、(どこに行った時も恒例として聞いてる)三波の「研究プロジェクト」の内容に沿った質問を一通りさせてもらった。要するに「日本企業の競争力強化に政府の経済政策が果たした役割は?」みたいな内容だ。教授は最初戸惑ってたけど(たぶん俺が取材した企業の人みたいに「そんなもんあるか」って思ったからだろう)、一応、有名な早慶大教授の三波が俺を寄こしたってことぐらいは心得ている人なので、「それなり」の回答をしてくれた。例えば、今売れてる日本製高級家電の基礎技術はもともと産官学(企業と政府と大学)の共同研究で開発されたものだったとか、経産省で今進んでる次世代通信技術の研究事業の話とか、とにかく三波への報告ネタになりそうな話題をいろいろ提供してくれた。実際、この時の報告レポートは珍しく三波に「悪くない」と言われた(これは、それまで聞いた中で最大級のほめ言葉だった)。で、その辺りの話が一段落したところで、ようやく俺は本題に入った。もちろん、本題の方は三波の「プロジェクト」なんか全く関係のない、言ってみれば俺の趣味的な話だった。


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