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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
61/182

2004年6月(2)

“うーん……だとしても、私は逃げることをお勧めするわ。三波のパワハラでメンタルをやられたくなければね。”


 確かに潰される可能性はあるけど、上手く三波に取り入れば起死回生の目だってあるんだよ。ウチは製造メーカーの共同出資で出来たシンクタンクだけど、今回は筆頭株主企業の会長がわざわざ頭を下げて三波を招聘(しょうへい)したんだって。その会長は必要とあらばウチの社長でも簡単にクビを飛ばせるぐらい「偉い人」だから、例の研究主幹とかは、会長からウチの研究に関する「お問い合わせ」があった時はダッシュで出向いてご説明申し上げてるよ(笑) その会長が頭下げて呼び寄せたっていうんだから、理事長に就任すれば社内で絶大な権力を持つことは間違いない。だから三波に気に入られりゃ、何かと俺を見下すくせにすぐ干渉してくる研究主幹もおいそれとは手が出せなくなるはず。そこに一発賭けてみようと思うんだ。


“よしなさいって。アンタ、そんな上手く立ち回れるほど器用じゃないでしょ。それよりも、学歴差別はあるかもしれないけど、研究主幹が言ったように「政策や経営戦略の提言」を論文に盛り込む方向で地道に頑張った方がいいんじゃないの?”


 そっち方向も実は望み薄なんだよなー。「提言」で高評価をもらってる研究員の人らって、みんな政府の○○検討会の委員とかどっかの企業の顧問とかやってるような人ばっかだもん。俺は今「消費者分析チーム」っていう数人のグループに入ってるんだけどさ、そこの先輩研究員は基本的にみんな統計データ分析を積み上げて論文を書くタイプ。先輩らは分析の結果から導いた政策提言を論文に書いてるけど、おしなべて評価は低いね。一方で、高評価をもらってる研究員の人らの論文には、ほとんど分析らしい分析がない。その代わり、政府の委員とか企業顧問としての自分の経験談が長々と書いてあって、最後に「政府(または企業)は○○すべきだ!」って「提言」を言って終わり。その「提言」も、俺が読んだ限りでは前半の経験談とほとんど関連がない。まあ、要するにさ、「提言」で高評価をもらうには、実際に政府とか企業に対して「提言」できる立場の人じゃないとダメってことだよ。逆にそういう立場の人であれば、どんな内容の論文でも高評価がもらえるって仕組みらしい。


“また、ずいぶんといじけた物の見方ね。そういう傾向があるにせよ、アンタのチームの先輩らは頑張って提言を論文に盛り込んでるんでしょ? そんな彼らもクビになりそうだっていうの?”


 いや、論文自体はレポート誌に掲載されてるし最低限のポイントは稼いでるからクビにはならないと思う。でも社内では明らかに冷遇されてるし、正直、将来の出世とか昇級は難しいんじゃないかな。


“だったら先輩と同じようにアンタも頑張んなさいよ。アンタの目的はあくまでレッドとの生活を守ることで、そもそも出世とか高給は求めてなかったんじゃないの?”


 出世も高給も求めてないのはその通りだけど、別にレッドのためとかじゃねーぞ? 「レッドとの生活を守る」って……、そりゃ「そうあってほしい」というお前の願望だろ。俺はよ、先輩らみたいに軽んじられながらも堅実に頑張るとか「ダリー」って思ってるだけだよ。そんで成功したところで、せいぜい「クビを免れる」ってだけだろ。それに頑張ったところで冷遇されるのは結局変わらんしな。だとしたらコスパ悪すぎじゃね?


“ちょ、コスパ云々を言える立場じゃないでしょ! 無職になるかもしれないのに。”


 そんな多大な努力を傾けても得られる成果があまりにも小さすぎるなら、後々そのギャップに耐えきれなくなって結局精神を病むんじゃないかって言ってんの。仮に、見返りが小さいことを事前に知ってて、それなりの覚悟があったとしてもな。「労多くして功少なし」みたいな状況に長期間耐えられるほど、人間は誰しも強くないんだよ。もしそうなるなら、三波にいびられて病むのとそう大きくは違わんだろ? それに俺は、もし三波の下に付いたとしても病むまで我慢なんかしないぜ。「コイツはダメだ」と思った瞬間、迷わず全力で逃げる。その結果何がどうなろうともな。


“……アンタ、もう辞める覚悟はできてるのね。”


 ……。


“でも、辞めてどうするの? 転職先のアテはあるの?”


 ねーよ。てゆーか知ったこっちゃねえや。いいんだよ俺は、食っていけさえすりゃ。別に日本経政総研と同レベルの転職先なんか求めてないし(最初から目指してもなかったし)、いざとなったら道ばたで物売りしてでも食ってってやらぁ! その上で、ダメ元の大バクチとして、最後に三波のサポート研究員の話を受けるかどうかを考えてんだ。だから、悪魔ちゃんが三波をどう見てるかを聞きに来たんだよ。


“で、どうなの? バクチには勝てそうなの?”


 さあ、クズってだけじゃあなぁ……。おだてとけばすぐ機嫌良くなるみたいな、御しやすいクズだといいんだが。その辺、悪魔ちゃんはどう見る?


“おだてには乗るけど、おそろしく気分屋だから次の瞬間にはブチ切れるような奴よ。”


 俺に乗りこなせると思うか?


“学者のくせに理屈がまったく通じない相手だから、正直難しいと思うわ。ただ、どんな相手にだって相性ってものがあるから、絶対にダメだとは……”


 やっぱ直に当たってみんとわからんかー。……ま、それがわかっただけでも良しとするか。そんなら、もし当たってみてダメなら即「バイバイ日本経政総研」ってだけだ。


“アンタはそれでいいかもしれないけど、レッドがそんなこと許すと思うの?”


 知るか。許さんかったら別れるだけじゃ。でも今度別れたらもう復縁なんかしようとしねーからな。前回のでいい加減疲れ果てたわ。ただ……たぶん俺の予想だけど、俺がクビになったとしてもレッドの方から別れようとはしないんじゃねえかな。ブチ切れてボッコボコにはされるかもしれないけど、最後には「仕方ねーな」って感じで受け入れると思う。


“何よ。それに関しては結構強気じゃないの。”


 まあ、一応1年間一緒に暮らしてみた経験からかな。おかげ様で、たいぶ信頼関係は取り戻せてきたと思うよ。だからまあ、少なくとも今のあいつが「やらなさそうなこと」ぐらいはわかるようになった、気がする。


“ところでレッドとの暮らしはどうなの? 上手くいってる?”


 ああ、そっちはまあまあ順調だと思うよ。一緒に暮らし始めてからレッドもだいぶ落ち着いてきて、前みたいにわざと俺に理不尽に振る舞う「試し行動」はほとんどなくなった。とはいえ、月1回は必ず大きなケンカをするけどな。そん時は本気でブチ切れてくるから「今回はさすがに別れんじゃね?」とかいつも思うけど、2~3日口きかない状態が続いたらどちらからともなく(うっかり)話しかけちゃって、そんで全部ウヤムヤになる。


“ふーん、いいじゃない。じゃあ、またレッドを愛せるようになった?”


 そこまではまだムリ。


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