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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
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2004年6月(1)

 じゃあ、まず状況説明から入るわ。とりあえず1年間日本経政総研で頑張ってみたけど、正直そんなに目立った成果を挙げれてない。レベル高いから入社後に苦労するんじゃないかと自分でも思ってたけど、今んとこまさにそんな感じ。で、このままだと契約社員の任期が切れる4年後にはクビになりそうなんで、俺のテコ入れっていうか、実質的には救済策みたいな感じで、今度総研の理事長に就任する三波順一郎って経済学者のサポート研究員(という名の雑用係)をやれって言われてる。そこで悪魔ちゃんに聞きたいんだけど、この三波って奴さ、「当たり」「外れ」で言ったらどっち?


“大外れ。そいつはクズよ。”


 あちゃー。


“あちゃー、じゃないわよ。そんな話すぐに断りなさい!いいわね?”


 いやーそれが、俺に断るって選択肢はないんだよなあ。


“どうしてよ? 契約書に「任期5年」って書かれてるんだから、この話を断ってもあと4年間はクビにならないでしょう? その間に頑張って成果を出せばいいじゃない。”


 ウチの会社の「成果」ってさ、研究員の場合、専門家としてのテレビ出演、新聞や雑誌への寄稿やコメント掲載みたいなメディア露出が一番ポイント高いのよ。次が、研究所で出してるレポート誌に論文が掲載されること。最後に、ぐーっとポイントは下がるけど、研究所のWebサイト向けの小記事やコラムの執筆って評価基準になってる。でもさあ、メディア露出なんて、もともとテレビ局や新聞・雑誌にコネがあるヤツとか、担当者と個人的な付き合いがあるヤツじゃないと無理だよ。そっち方面でポイント稼いでんのはだいたい大手シンクタンクの元スター研究員とか、大学の助教授や講師だった人をヘッドハントしてきた「引き抜き入社組」だけど、彼らは転職前からすでにテレビ出演とか新聞に寄稿した経験があったんだよ。それ以外の人は、かなりのベテラン研究員でもメディアに出れる人は少ないってのが実情。要するに、もとからメディアに出れるような人を雇ったのが「引き抜き入社組」で、出るツテがない人をプッシュしてメディアデビューさせられるほどのブランド力は日本経政総研にはまだないってこと。ましてや俺はプッシュすらされてないしね。だからメディア露出なんてハナっから無理。メディアに出られれば楽にポイント稼げるけど、それができない研究員は、みんな地道に研究して論文にまとめてレポート誌に載せるのを目標にしてる。でもレポート誌に掲載されるには、社内査読(論文の質の社内審査)をパスしないといけない。ところが俺はすでに3回も査読で「掲載不可」の判定くらっててさ。もう正直、何をどう書いたらパスできるのかわからない状態。その一方で、ボツになった論文から一部を切り取って内容を薄めて出したらWebサイトのコラムには載ったのよ。それも2回。コラムにも一応査読はあるんだけどね。本当、査読の審査基準って何なんだろ。だって薄めたとはいえ、コラムの内容はボツになったレポート誌と同じなんだぜ? まあどっちにしろ、今現在の俺の成果はWebコラムに2回掲載された分しかない。でもコラムなんかいくら書いたってポイントはたかが知れてるし、そもそも月1掲載なのに俺ばっか採用されるわけもないし。そんな感じで、もしずっと今みたいな働きぶりなら4年後の契約更新はほぼ絶望的だろうって言われてる。


“ふーん? そうねえ、その中じゃ一番何とかなりそうなのはレポート誌の掲載かしら。ねえ、査読結果には「掲載不可」の理由が一応書いてあったでしょ? だったら、何度「不可」をくらっても理由に挙げられた部分を直して、掲載されるまで出し続けるしかないじゃない。”


 いや、それをやって連続で「不可」をくらった回数が3回なんだよ。俺の論文では国内消費の時系列分析ってのをやったんだけど、「こんな初歩的な分析では十分な結論は得られない」とか最初の「不可理由」で指摘されてたから2回目、3回目とだんだん凝った分析になっていってさ、最終的に「グレンジャーの因果性検定」っていう自分的にはかなり難易度高い手法を採用したの。でも3回目の「不可理由」にも「初歩的すぎ」って書かれてて、「マジかよ?俺が大学院の時に一番苦心した手法だぞ」とか思って途方に暮れてたら……ちょうどその頃、同じ年に入社した歳も近い女性研究員が書いた論文が一発で査読をパスして掲載されたの。スゲえ!って思って読んでみたら、やってる分析は「ピアソンの相関分析」のみ。「ピアソンの相関分析」っていうのはさ、大学1年とか、統計学を始めた素人が一番最初に習うような手法なんだわ。だから思い切って研究主幹(研究部門の上級管理職)に聞いてみたの、「これは初歩的すぎではないのか?」って。そしたら、「ウチで言う“高度な分析”というのは、現実の政策や経営戦略の提言につながるようなものだ。しかるに君の論文は統計学のテクニックをひけらかすばかりで何の提言も示していない。“初歩的”だと指摘されたのはそういうことだ」とか一見まともそうなことを言ったんだよ。


“うん、まともね。研究主幹の言う通りなんじゃない?”


 俺だって一瞬納得しかけたよ。でもよく考えたら、同期入社の女の論文だって何の提言もしてないんだよ。そいつの論文では株価の相関係数を計算して、結論は「相関係数だけで株式市場の動向を予測するのは難しいようだ」ってだけ。これの一体どこが提言だよ(笑) だからその矛盾を突いて詰めていったらさ、最終的になんつったと思う? 「いやでも、彼女は東大を出てるから」だって。


“ああ……”


 それ聞いた途端、もうプシュ~ってやる気が抜けてったよ。だってそれが本当の理由なら、地方国立大しか出てない俺はもう何やったって無駄ってことじゃん。とまあ、そういうワケで、4年後のクビを回避しようと思ったら、今の俺は三波って学者の「雑用係」をやるしかないの。例えソイツがクズだとしても。


“……あのさ、ひとつ聞いていい?”


 なに?


“なんでクズ学者の雑用係をやればクビがつながるの?”


 ああそれな。そりゃあ、「雑用係」をやれば研究業績とは別に特別ポイントが加算されるからだよ。なんぜ理事長ってのは研究部門のトップであり、研究所の「顔」だからな。加えて、三波は早慶大学の現役教授でテレビにもよく出てる有名人だ。そんなVIPを特別待遇するための人身御供(ひとみごくう)が「雑用係」ってわけ。先輩研究員の話によると、どうも三波の方から「お付きの召し使い」を1人付けろって要求したらしい。


“そんなロクでもない話なら、どうせひどい目にあうのは確実じゃないの。”


でもさ、もし正攻法でポイントを稼ごうと思ったら、査読パスする論文を年1本以上のペースで書かなきゃならないのよ。そういう意味じゃ、すでに詰んでんだよね俺。でも「雑用係」をやれば、年1本じゃなくて「5年に1本」でもいいって条件も出されてる。その上で、「もし断りたいなら断ってもいいけど、君のこれまでの“成果”を見る限り、断った場合4年後は確実に契約終了だろう」とも。


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