2003年4月(3)
ああ、それな。そりゃ死んだらお袋と一体化するとか気色悪い話聞かされりゃ、だったらお前らに魂やろうかって気にもなるけどさ……でもそれって、お前の言ったことが全部本当だとしたらの話じゃん。俺さー、実は今でもお前の話に全然腹落ちしてないんだけど。
“腹落ちしてないって……どの辺りが?”
まずは、俺とお袋の魂が同じってとこかな。
“そこから!?”
だってしょうーがねーだろ、マジでそういう実感ないんだもの。
“じゃあもう無理して信じてもらわなくて結構。でもさ、そもそもお前の魂ってもうとっくにお前のものじゃなくて、私たちに売約済みだってことわかってる?”
いや、わかってるよ?
“けどこのままじゃ死後お前の魂は母親に吸収されて私たちのモノにはならない。それって、私たちから見ればお前サイドの一方的な債務不履行なんだよ。だから私たちは債権者として、不履行の根本原因になってる、お前らの魂の同質性を何とかしろって言ってんの。お前が信じるとか信じないとか、そんなことはどーだっていいんだよ。それ以前にお前は私たちに返済義務があるんだから、まず債権者である私たちの言うことを聞けって話だよ。もちろん、私たちの言うことを聞いてもなお魂が未回収になるなら債権放棄も考えるけど、今のお前はやる前から「でもでもだって」って拒否ってるだけじゃないの。これはそういう話なの、わかる?”
わ、わかったよ。だからレッドとも復縁させてくれたんだろうし、これから仲良くやっていくつもりでいるよ。で、なんだっけ、もし俺が死ぬまでに自分の魂の形質が変わるほどレッドを愛することができたらお袋との同質性は解除される……だったっけ?
“いや、何か微妙にキモイ表現になっちゃってるけど、まあ大筋としてはそれでいいわ。うん。だから愛せよ、レッドを。命がけで。”
うーん……頑張るけどさー。でも、すぐには無理だよそれ。
“なんだよお前、本当に! この期に及んでウジウジ、ウジウジと……!”
だって、ついこの間まで別れるつもりだったんだぜ!? 写真回収事件の時とか少なからず俺も傷ついたし、いまだに何が不満だったのかあいつの方からは言わないし。ああいうことになった理由についちゃお前から聞かされはしたけど、正直「だったら仕方ない」と思えるほど納得いく説明じゃなかったし。それに……それが本当だって証拠もないし。
“ああ!?”
とにかく、愛するどころか、信頼関係すらまだ全然修復されてないんだよ俺たち。それにさあ……
“何?”
お前らの側に魂が行ったとしても今度はお前らに吸収されて、俺って存在は結局無くなっちゃうんじゃなかったっけ?
“? なくならないけど? 一体何の話?”
いや前に、魂取られたらお前らの「下位概念」になるから自我がなくなるって言ってたと思うんだけど……
“ああ、そりゃあ下位概念として「私たち」に使役されてる間は自我がなくなるわよ。そん時のアンタは自分のことを「私たち」として自覚するだろうから。それは私がアスタルテに使役されてる時も同じよ。”
それって、俺がお袋に吸収されるのと何が違うの?
“全然違うわよ。下位概念になっても使役されてる時以外はアンタの自我が残るけど、母親に吸収されたら完全に同化して文字通りアンタは消えるんだから。まあ、「消える」って表現も本当は違うんだけどね。もともとアンタらは1つの魂が分裂したものだから、正確には「また1つに戻る」って言う方が正しいわ。その時、あたかも今まで自作自演で別人格を演じていたことを思い出したかのように、「ああ、元から自分は1人だった」って気付くのよ。で、その時アンタは自分のことを「誰」だと自覚すると思う? 結論から言うとね、アンタは自分のことを「母親」だと自覚するの。なぜなら、霊格としてアンタは母親に比べればゴミみたいなモンだから、今生でのアンタの経験や人格も引き継いではいるけど、そんなの母親のに比べたら無価値すぎて自意識の基盤にはなりえないから。だから同化後、アンタは自分の中に「アンタ」がいることをほぼ認識できなくなる。このことをざっくり言って「消える」って表現したわけ。でも私たちが魂を回収した場合は違うわ。使役されてる間は自意識が「私たち」になるけど、少なくとも自分の構成要素に「アンタ」がいることは自覚できる。ましてや、使役されてない時のアンタは「アンタ」のままよ。それはひとえに、「私たち」の元になった魂がもともと別存在だったから。私とアスタロトも含めてね。例えて言うなら、母親との同化は一人二役を演じてた俳優が素の自分に戻るようなものだけど、私たちに魂を回収されるのはチーム「私たち」の一員になるって感じかしら。”
なんか良いように言うなあ。そんな風に言われたら、お前らの方が良く思えてくるじゃん。はぁ……わかったよ。いや、わかったっていうか、もとよりレッドとの信頼関係は修復していくつもりなんだよ。じゃなきゃ一緒に暮らしてないから。ただ、チーム「私たち」にはレッドも入ってるんだろ? 今の俺は、ここ最近の別れる別れないのゴタゴタのせいで、あいつに自分を「所有」されてもいいって心境にまではなれなくなったってことなんだよ。それが元の状態に戻るのは、もう少し時間がかかるよ。もちろん、これからは俺も明確にお袋よりもレッドの意思を優先させる。そのせいでお袋と険悪になったり疎遠になったとしてもかまわない。そうしたら、あいつはどう応えてくれるのか、二人の関係がどうなっていくのかをもう少し見極めさせてくれ。
“まあ、しょうがないわね。今はそれでいいわ。……しかし、それにしたって実際に魂が同一なんだから普通は思い当たる出来事がなにがしかあるはずなんだけど、本っ当に心当たりはないの?”
ないよ。
“例えば、アンタが体調を崩した時に母親も同じ状態になったりしない? アンタが風邪ひいたら母親もひいてたとか、お腹壊したら母親もそうだったとか。”
それぐらいはある、つーかだいたいいつもそんな感じだけど……
“……じゃあ、アンタが電話かけようとしたら同時に母親もかけてきて両方が通話中になったりとかは?”
あるよ。それだって、誰にでもあるだろ。
“夢に母親が出てきたら、母親も同じ内容の夢を見たりとかは?”
ああ、夢の中で俺が起きようとしたら上から押さえつけようとする奴がいてよ、逆光になってて顔が見えないこともあって急に怖くなってもがいたんだけど、翌日お袋に電話した時「ゆうべ夢の中であんたを起こそうとしたら急に癇癪起こして暴れだしたけん抑えるのに大変やった」って言われて「お前やったんかい!」ってなったことはあったな。まあ、そういう奇妙な偶然はごくたまーにならあるよ。
“外出した時、示し合わせたわけでもないのに母親とよく出くわすことは?”
ああ、実家の近所に買い物に行った時とかは多いな。でもまあ、それは近所だからな。ただ、お袋が珍しく用事とか遊びで福岡に出て来た時に偶然会ったことも2、3回だったらある。
“アンタ、そんなことが他の親子でも普通に起こると思ってんの?”
起こるだろ? え、…………違うの?
“私が言ったのは全部「双子あるある」よ。親子の場合は普通そこまでのことは滅多に起きないわ。アンタ母親に関しては本当に認知が歪んでるわね。まずはそこから自覚しなさい。”
そうかなあ、これぐらいヨソん家でもあると思うけどなあ。 まあ、今度友達とかに聞いとくわ。