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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
56/182

2003年3月(5)

 ないかなあ?自分の欲求を満たすためだけの行動……あ、殻なしの素煎り落花生が大好物で、これだけは独り占めして自分だけで食っちまうぜ?


“あっそう。我欲で思いつくのが本当にその程度だけなら、むしろ幼子(おさなご)のような無垢さを持ち合わせてると言えるわね。それに、本当に重要なのはあくまで魂の高潔さであって我欲のなさではないのよ。”


 ん?魂が高潔だから我欲がないってさっき言ってなかったか?


“そうよ。アンタの母親の場合は、魂の高潔さが我欲のなさとして顕現してるって言ったの。でも高潔さが常に我欲のなさとして顕現するわけではないし、我欲がない人間の魂が常に高潔というわけでもない。そして私たちが重要視するのは魂の高潔さの方。それに比べたら、現世で顕現した性格や行動なんで正直二の次三の次なのよ。”


 なんか禅問答じみてきたな……つまり、どういうこと?


“端的に言えば、悪事を働きながらも魂が高潔ということだってあるってこと。大事なのは成した悪事じゃなく、その結果を引き寄せた魂が何を目的としたかってことだけ。”


 えーっと、聖書でいう「心中で情欲を抱いたならばすでに姦淫を犯したるも同じ」の逆みたいな感じか? 犯罪を犯しても悪意がなかったなら心は無罪、みたいな。


“心で思うことも現世での顕現に含まれるから厳密には違うわ。さっき魂の「目的」って言ったのは前にも言った魂の「形質」のことよ。形質は、そうねえ、改めて説明するなら生物の遺伝子に相当するかしら。生き物の考え方や行動は一生を通じて変化するけど、遺伝子は世代を経ないと変化しないでしょ。同じように、形質も現世にいる間はあまり変化しないの。というのは、形質って、例え身体や心を失い自分が自分でなくなってもなお残る根源的な存在理由みたいなものだから。それは自他の区別なく「かくあれかし(このようにあるべし)」と願う純粋な単一意思とでもいうべきもので、魂の本質そのものと言っていいわ。そしてその単一意思が混じり気なしの「(いつく)しみ」だった時、そこに私たちは魂の「高潔さ」を見るの。”


 身も心も無くなればそもそも意思なんかどこにも残らないと思うが……とりあえず、言いたいことはわかった。


“それに対して、形質を実現すべく現世で考えを巡らせたり行動を起こしたりするのが「顕現」。大抵は形質が「高潔」なら「顕現」もまたそれに準じた形で実現することが多いわ。アンタの母親みたいにね。でも残念ながら、例え形質が「高潔」でも、たまたま現世の環境や経験が良くない影響を与えて動機や行動が歪んだ結果「顕現」が悪事となって実現することだってありうる。アンタみたいに。”


 なんだと?


“何を今さら、わかってたくせに。母親の魂が「高潔」だったら、ほぼ同じ形質を持つアンタの魂も「高潔」に決まってるでしょうが。ていうか、そんなことでもなきゃ最初の時点でアスタロトがアンタの召喚に応じてるわきゃねえっつーの。”


 はあ!? それは初耳だぞオイ! それじゃあ何か? お前にしろアスタロトにしろ魂をもらうとか何とか言ってたのは本当は俺のが欲しいんじゃなくてお袋のが欲しかったってのか?


“ああ、うん。そっかー、そこまで考えが至ってなかったかー。うん、実はそうなんだー。だってアンタの魂、お母さんのコピーだからねー。そこに価値があるっていうか、むしろそこ以外は何の価値もないってゆーか……”


 ざっけんな!だったら最初からお袋の魂狙えばいいだろうが!!


“だってお母さんの魂は規格外の神性で護られてるもの。女神級の特別クラスって言ったでしょ? アスタルテの見立てだと、たぶん観世音菩薩系統のドえらい何か(・・)らしいわよ。ヘタに手を出せばアスタロトですら無傷でいられる保証はないわ。まあでもアンタならね、形質が同じでも俗世の穢れにだいぶまみれて神性も濁ってるし……きっと籠絡(ろうらく)しやすいと思ったのね。魂を回収した後の浄化が死ぬほど面倒になるけど、本物(女神)と正面から一戦構えるのに比べれば、まあコピー(パチモン)で手を打っとくかみたいなね(笑)”


 お前マジむかつくわ。あのな、そこまで俺の存在意義否定した奴に俺が魂やるとか本気で思ってんのか? これまでお前とアスタルテにやるつもりだったけど今完全に気が変わったわ。まあどっちにしろ、このままレッドと破局したままならどうせお前らには手が出せんのだろ。だったらもう俺は復縁なんか絶対しねえから。俺はお前の言う、お袋が「女神」だの「ラスボス」だのはさして信じてないけどな、これはお前が言うところの「ラスボス」への寝返りってやつだ。ざまあみろ。じゃあな。


“いいけど、だったら最後に一つ聞いていい?”


 なんだよ?


“そもそもアンタ自身は、死後どうなりたいの? ていうか、アンタが「ラスボス」についたままなら死後は消滅することになるけど、そのことわかってる?”


 ……そうなの?


“正確には、「母親の魂にアンタの魂が合体して吸収される」だけどね。アンタらの魂は「性別を除けば形質がほぼ同じ」って言ったでしょ? でも死ねば魂に性別はないから唯一の違いもなくなる。そうなればもう自分達でも区別のつかないくらい同じ魂になるわ。本質的に同じものなら別々である必然性もないから合一して一つになる。どちかが望むでもなく、必然的にそうなるのよ。その場合、僅かな形質の違いのうちどっち由来のものが残るかといえば、間違いなくお母さんの方よ。だって霊格でいえば、お母さんの方がアンタより圧倒的に高位なんだから。それが「アンタが消滅する」って言ったことの意味よ。で、アンタはそれでいいの? 今までさんざんクズだとかゲスだとか自己卑下してきた人生だけど、全くの無に帰してしまってもいいくらい無価値だと思ってるの? 本当に?”


 …………。


“すぐには結論が出ないみたいね。いいわ、私はレッドの気持ちを変えるようまだ動くつもりだし、その間は彼女の方に付きっ切りになるだろうから、今私が言った「死後の進路問題」についてちゃんと真剣に考えておきなさい。”


 ああ。お前がこれまで言ったことが本当かどうかもな。俺とお袋の魂が同じとか、お袋が「女神」だとか、死後魂が合一するんだとか、そういう一切合切が逐一全部信用に足るものかどうか改めて吟味させてもらう。ただの駄法螺じゃないと俺が確信できなきゃ「進路問題」とやらを考える意味もないしな。


“いいわよ。”


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