2003年3月(4)
“そういう意味じゃアンタら親子は1つの魂が分裂して出来た「兄弟」の関係にあるの。ただ、通常は「兄弟」の魂といえど形質の共通点はそう多くないわ。二つ並べてみればハッキリ別物だとわかるけど、一部の特徴的な形質が共通してるから「兄弟」って判断できる、そんな感じよ。ところが、アンタらの場合はほぼ全ての形質が共通してる。だから「性別を除けば精神的な一卵双生児」って言ったの。でもこれは、はっきり言って異常だわ。だって片や女性として生まれ結婚し子どもをもうけ、片やその子どもとして男性に生まれ数十年遅れで人生を歩んできたとなれば、普通は形質の上でも明確な差異が生じるもの。でも現にアンタらの魂はほとんど見分けがつかないくらい同じ形質を持ってる。”
あのさ、形質が同じなら性格とか考え方も同じになる?
“なるわよ。さっき「感じ方や思考パターンが似てくる」って言ったじゃない。”
だったらおかしいぜ。俺だってさっき言ったろ。ウチのお袋は思い込みが激しくて、相手の言うことなんか全然聞かないって。
“何言ってるの。それってまさしくアンタ自身の形質じゃないの。”
はあ!? 俺のどこが思い込み激しいってんだよ?
“母親はアンタに、「相手の子が他の子に乱暴したのが許せなかったんよね?」って言ったのよね? 子どもの頃友達とケンカした時。”
それが?
“あのね、さすがに何の根拠もなくそんなこと言う人なんていないわよ。いくら思い込みが激しくたってね。母親がそう言ったってことは、彼女にそう思わせることをアンタが実際に言ったのよ。二宮金次郎像の件だってそう。もともとこの件は、アンタが「銅像って毎日同じ姿勢で何も書いてない偽物の本眺めるだけとか可哀そうや」って思ったのが発端なの。だから像によじ登って「遊んで」あげてたら友達が寄ってきて、アンタが皆を像の上に招待したから重みで破損したっていうのが真相よ。で、アンタはそれを馬鹿正直に全部大人に話したの。だから母親も、アンタが銅像に同情したのが動機みたいなことを言ったってわけ。でもアンタはそれを自分自身の思い込みで上書きして、今はなかったかのように振る舞ってる。”
いやいやいや、それこそ一体何の根拠で言ってんだよ!
“そりゃあ私にはわかるわよ、悪魔だもの。”
お前それ、汚ねぇぞ! それ言ったらなんでもアリじゃねえか!
“そうじゃないでしょ? そんなこと言ってるけど、実はだんだん思い出してきたんじゃないの? 今私が説明したようなことを当時の自分が言った場面を。”
それは、お前がいかにももっともらしいこと言うから少し暗示にかかっただけで……
“結局、「お兄ちゃんには対抗意識を燃やして突っかかっていく。でも本当は人一倍優しくて正義感が強い子」っていうのが母親の思い込みだとしても、アンタだって「兄貴が一方的にちょっかいを出してくるから仕方なくやり返してるだけ。俺自身は本来、他人に無関心な現実主義者」なんて頑なに思い込んでるじゃないの。でも客観的に見てる私からすれば、そんな思い込みと矛盾する行動を結構とってるわよアンタ。何ならここで逐一具体例を挙げてみてもいいけど? 今ですらそうなんだから、人格未成熟な子どもの時なら当然もっと矛盾した行動をとってたでしょうよ。”
あー、だんだん疲れてきた。いいよもうそれで。で、何の話だっけ? 形質が同じで……だから何なん?
“なぜそこまでアンタらの魂が同質なのかってことよ。これは私の仮説だけど、アンタの母親の魂が自分の分身を作って現世に転生させ、一方で現世での経験から形質が変化して別物になるのを防ぐため自分も「親」に転生して自己の庇護下に置きつつ注意深く分身の魂を「管理」している、そう考えるならつじつまが合う。”
恐っ! でも、なんでそんなことすんの? 目的は?
“それ以前に、そんなこと普通はできないのよ。ある魂を分裂させるかどうか、どこに転生させるかっていうのは原則としてより高位な魂が決めるから、当事者の魂が自ら決めることなんてできないの。唯一の例外は、その魂が究極の高位霊だったって時だけ。それなら、分裂も転生先も自分で決められるし実行もできる。だけど……それほど高位な霊って、通常は「神」と呼ばれる特別なクラスの存在よ。まあ、神が自身の分身を現世に送り出した例ならいくつかあるけどね。中でも一番有名な例はキリストの降誕よ。”
うーわ、また誇大妄想の最終形態みたいの出してきたな。俺のお袋が神ってか?(笑)
“少なくとも、アスタルテに匹敵する神性は持ってるわ。そこは当のアスタルテ本人とも共通する見解よ。もちろんこれは、あくまで「魂」としてって話だけどね。肉の身を持つ「人」として現身すれば本来の形質は大幅に制限されてしまうから。キリストだって、現世にいる間は本体の神ほど全知全能ではなかったし。”
お袋のどこが神だよ。神みたいな慈悲深さとか聡明さとか1カケラもねーぞ? おせっかいだし声デカいし、人の好き嫌い激しいし、空気読まずにズケズケ言うし、かと思えばお人好しですぐ騙されて後で超怒るみたいな、田舎によくいるただのおばちゃんだよ。
“そんな現世での表面的な性格なんてどうでもいいの。彼女の形質で最も特徴的、かつ神性が表れている属性は、魂の高潔さよ。それは人としての性格にも多少は顕現してるはずだけど。”
してねえよ。人の悪口とかも意外に言うんだぜ。タダで弁当食うためだけに自治会に出てくる近所のババアとか、兄貴の嫁さんとか。
“いつもニコニコして誰にも怒らないのが高潔さじゃないわよ。むしろ不正や理不尽にはどんな小さなことでも怒る苛烈さは高潔さの証だわ。じゃあさ、ちょっとよく考えてみてよ。アンタのお母さんがやることで、例えば怒ることでも喜ぶことでも悲しむことでも何でもいいけど、自分の欲望や利益のためにやったってこと何か思いつく?”
そのくらいあるよ。いや、あるだろ……ん?
“思い込みが暴走して人に迷惑をかけることは多々あるけど、その目的って大抵自分以外の人のためじゃない?”
いやー、全部が全部そうではないって。何かあったと思うよ、今たまたま思い出せないだけで。
“逆に自分のためだけっていう場合は、お金や物を手に入れるためとか、優越感や嗜虐心を満足させるためとか、過去にされたことの復讐とか、嫉妬心にかられてとか、怠けてズルしたいからとかだけど、そんな動機でお母さんが何かしたのを今まで見たことは?”
あるよ。お袋は子ども時代から貧乏だったそうだから、金には今でも執着があるはずだ。あと、自分はほとんど小学校しか出てないのに俺や兄貴には大学に行かせたってのも、他所の親に対して少しは優越感を得たかったからじゃないか。
“本当に? じゃあ稼いだお金をお母さんは何に使ってた? 自分の服や装飾品を買ったり、高級な食事や旅行を楽しんだりしてた? 優越感を得たかったって言うけど、実際に息子達の学歴を他人に自慢したの? そんな場面見たことあった?”
……いや、どっちもない。金の使い途はいつも俺たち家族か、近所や友人へのお裾分けかお礼だった。俺らの学歴のことも、そういや聞かれなきゃ自分からは絶対言わなかった。でもな、今言ったのはそうだったかもしれないけど、人間生きてりゃ誰しも何がしかの我欲はあるもんなんだよ。俺なんかむしろ我欲しかないよ。だからお袋も探せば絶対…………
“ないでしょう? その異常性にいい加減気付きなさいよ。いい? アンタの母親はね、我欲がほぼ無いっていう極めて希な人間なの。”