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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
53/182

2003年3月(2)

"重要よ。いいから最後まで聞きなさい。とにかくレッドはアンタの「無」状態、つまり(彼女から見て)自分から関わってこないし楽しくなさそうっていう態度が旅の間中ずっと気にかかってたの。だって2人で旅行した時にはそんなことなかったから。しかも自分だけじゃなく「お母さん」にも素っ気ないから、もしかしたらこの旅行自体が嫌だったんじゃないか?なんて思い悩んだり。だからいつも以上にはしゃいで見せたり明るく振る舞って何とか盛り上げようとしたのよ。アンタは全然気づかなかっただろうけど。"


 ああ、言われてみればそうだったかも。


"そんな中で、アンタが唯一自分の意見を言ったことがあったの。それも自発的に。ダイヤモンド直売店に行った時のことよ。この時、レッドは最初から「気に入ったものがあれば自分で買う」って決めてたの。国内で買うより結構安かったしね。で、2つ気になる指輪があって悩んでたら、アンタが後ろから「こっちの方がシンプルでいいよ」って言ったの。この言葉、彼女だいぶ嬉しかったみたい。指輪の代金をアンタが支払ったことよりもね。でもその後、アンタの母親が「婚約指輪」みたいなもんだと勝手に思って「結婚写真」まで撮ろうと暴走すると、アンタ最初は「なんでだよ」「唐突すぎるだろ」なんて吐き捨てるように言ってたくせに最後はレッドに「どうする?」って丸投げしたことで結局台無し。だけど「お母さん」の好意自体は無駄にしちゃいけないと思ったから、写真館では最大限楽しもうと頑張った。アンタはカメラマンに言われて笑顔作る時以外は「無」だったけどね。そして極めつけは帰りの飛行機での一件。「彼が自分で気に入った指輪を私に買ってくれたんだから、私が自分で気に入ったネクタイを彼に買ってあげるのはそのお返し。」そんなこと当然わかってるもんだと思ってたから、「お母さん」がネクタイ代を払おうとした時はさすがにアンタが割って入ると思ってた。でも、いつまでたってもアンタは何も言わない。こうなるとさすがに予想はついたけど、もしかしたらと思って恐る恐るアンタの顔を見てみたら「無」。何の感情もない表情でじっとこちらを見てるだけ。これにはレッドも心底ぞっとしたわ。"


 わかった。俺は自分が楽しむよりもまずレッドとお袋に楽しんで欲しくて、あえて香港旅行では自分を抑えて「バックアップ役」に徹してたんだけど、それがレッドには伝わらなかったんだな。というか、俺がレッドに楽しんで欲しいと思ってたのと同じようにレッドも俺に楽しんで欲しいと思ってたのに、超鈍い俺はそれに気づけなかった。だから最終的にレッドの不満が爆発したのか。


"違う。決定的なことが起きたのはその後。福岡の下宿に帰ってから旅の思い出を語り合ってみて、レッドは初めてある事に気づいたの。アンタがこの旅で、よく母親の行動を咎めたり、文句を言ったり突っ込みを入れてはいたけど、よくよく考えたら「旅行に行く」という最初の決定から「結婚写真」の件まで、最終的には常に母親の意向を汲んでたって事に。結局、最後は「お母さん」の望む通りの選択肢をいつも採用している。それも無意識に。だから表情も「無」だったんだ。それってよくある「マザコン」みたいな、母親が好きで喜ばせようとした結果の献身的な行動じゃない。むしろ逆。献身しているのは母親の方。母親が全てを決めて、その通り行動することで常に良い結果が得られることが保証されている。少なくとも彼はそう確信している。いや、「そんなことは当然だ」とすら思っている。時には母親を冷たくあしらったり暴言を吐くこともあるが、それで母親からの恩恵が得られなくなるとは微塵も考えていない。実際、それはその通りで、母親の方も、何があろうと息子が幸福になるよう行動し幸福になる道を指し示す自分を全く疑っていない。仮に息子に殺されることがあったとしても自分が変わらないことを確信している。だからこそ息子が傍若無人に振る舞っても一向に気にしないし、息子も傍若無人に振る舞うことを一切躊躇しない。しかし相互信頼もそこまでいくとさすがに異常だ。生まれてすぐの乳飲み子ならともかく、成人ともなればいかに親であってもそこまで盲目的な信頼を寄せたりしない。むしろ、大人になることで親の人間としての限界も見えてきて、だからこそ相手の不完全さを赦せるから対等な関係を築き直すことができるのだ。しかしこの親子の関係は、おそらく彼が生まれた時から全く変わっていない。あの「無」の表情は、母親の胸の中で全てをゆだねた赤ん坊が見せる無防備さ、無心さ、無垢さに他ならない。"


 …………。


"レッドが実際に頭の中で考えたのはもっと直感的で視覚的なイメージが錯綜した思考だったけど、主旨を整理して要約すればこういうことよ。この結論に至った時、レッドはアンタの母親に「とても敵わない……」って畏怖を抱いたの。ほとんど恐怖に近い畏怖を。前にアンタと母親の関係を「性別を除けば精神的な一卵双生児」って言ったわよね。そして「前世でも親子だったり兄弟とか夫婦だったとしてもありえないレベル」だとも。レッドはその異常さを、彼女なりの直感で感じ取ったのよ。そして思った。「この二人の間に割って入るのは絶対に不可能」って。そう考えると、もう何もかもが「無理!」ってなったの。だからアンタの下宿を飛び出した。でも怒って出て行ったというより、恐怖でパニックになり逃亡したという方が近いわ。何がそんなに恐かったのかアンタにはたぶんピンとこないと思うけど、そこまで鉄壁な関係性に挑めば自分の自我すら破壊されかねないってわかって(・・・・)しまったのね。そして、それは正しいわ。結末は男側の「マザコン」が原因で破局したってありきたりな別れ話に見えるでしょうけど、そこに至るまでの過程でレッドの心はたぶん壊れてしまう。だって今回みたいに、何をしたところで最後は母親がアンタを囲い込んでしまい結果自分が拒絶されるという目に何度も何度もあわされるから。しかもその拒絶は無意識によるものでアンタ達に自覚はない。これは本当に恐ろしいことよ。レッドが下宿を飛び出した時に指輪を置いて去ったのも、恐怖のあまり自分の身代わりを差し出して敵から逃れようとする防衛行動に近いものだったの。"


 ……わかった。レッドの行動について俺が不可解だったことは、これでだいたい説明がついた。まあ、本当かどうかはまた置いておくとしてな。

 でもお前の説明を聞いて、俺はどうしたらいいの? なんかレッドとの復縁なんてますます不可能に思えてきたんだけど、それはいいの?


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