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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
52/182

2003年3月(1)

"それで、その後どうなの?"


 どうもこうも、東京に引っ越す準備で忙しくしてるよ。レッドと別れたからって就職を取り消すわけにはいかないからな。食ってかなきゃならないし。とはいえレッドのアパートに転がり込む予定だったから、まだ住むところも決まってないんだよ。だから来週あたり一度東京に行って、会社近くの不動産屋を回ってみることにしてる。


"レッドから連絡は?"


 ないよ。向こうももう終わったって思ってるんじゃない?


"彼女は、まだ揺れてるわ。あなたと本当に別れていいのかどうか……"


 そんなこと言われてもなあ。でも自分が写った写真を全部引き上げたってことは、こないだ電話してきた時にはもうとっくに別れるつもりだったんじゃないの?


"あれは、「もし別れたら変なことに使われないとも限らないから取り返した方がいい」って助言した女友達がいるのよ。彼女は最初乗り気じゃなかったけど、友達から強く説得されてあなたに電話したっていうのが真相。それに、そのこととは別に、あなたに誕生日のお祝いを言いたかったのも彼女の偽らざる本心よ。" 


 いや知らんよ、今さらそんな後付けの言い訳されたって。だいたい、どうしてお前にそんなことわかるんだよ?


"そりゃわかるでしょうよ、私は悪魔なんだから。前も言ったけど、共有した「執着」を通じて彼女の想いや記憶が流入してくるのよ。"


 そういや、そんな設定があったな。でもそんなチート設定があるなら、あいつに俺の下宿を飛び出しててくような心境の変化があった時に教えてくれりゃあよかったのに。


"召喚されないとアンタに話しかけることもできないのにどうしろと? だからアンタの「マザコン」が不安材料だって前もって何度も警告してきたんでしょうが。それに召喚されなくたって、私は二人の関係をリカバリするよう裏で動いてきたわよ。でもアンタがことごとくヘタを打ったおかげで、想定以上のスピードで事態が悪化していったのよ。"


 ああそう。でもさー、お前こないだ言ってたけど、レッドって「ラスボス」のお袋に対抗するためにお前らが用意した最強の「カード」なんだよな? でもそれにしちゃ、俺がいくら「マザコン」だったからって、実際の戦績は「ほぼ初戦で極大ダメージくらって即死亡」じゃん。ちょっと弱すぎじゃねーか?


"ぜんぜん弱くないわよ。少しは彼女の気持ちになって考えてみたら? 今回の旅行で、アンタと母親の関係に入り込む余地がないことを見せつけられて絶望した彼女の気持ちを。"


 全くわからん。そもそも、俺とお袋の関係はそこまでベタベタしたものじゃない。だから俺が「マザコン」だって言われたところで、今に至るまで1ミリも納得できてないよ。だいたい旅行中だって、一体何を見て「入り込む余地がない」なんて思い込んだのか俺にはまるっきり想像がつかん。


"いいわ、最初から説明してあげる。本当はこんな「答え合わせ」みたいにレッドの気持ちをいちいち解説する気なんて毛頭なかったけど、今回は特別。だってアンタには、この期に及んでもまだ「本当の光景」が見えてないみたいだから。"


 「本当の光景」? いいだろう、それなら説明してみろよ。


"じゃあ、レッドから見た「光景」を言うわね。まず、それまで何の相談もなかったのに、いきなり「3泊4日で香港旅行に行くか?」って聞かれたのよ彼女。しかもその時点で「1月中旬」っていう出発時期まで決まってるし。普通、そんなこと急に言われたら「一体何ごと」って思うでしょう?"


 だから「都合が悪いなら遠慮なく言ってくれ」とも言ったぜ? 実際、NGならレッドの希望に合わせて計画は変更するつもりだったし。


"だから、都合が悪くなかったから「いいよ」としか答えようがなかったのよ。でも彼女が本当に言ってほしかったのは「旅の目的」、特にアンタの意図よ。だって、アンタの話を聞いても、アンタ自身が行きたいのか行きたくないのかが全然はっきりしなかったから。"


 俺は正直どっちでもよかったよ。


"でしょうね。で、聞いてみたらアンタの母親の発案だという。アンタはというと、母親の提案を何の感情もなしに伝言してるだけ。だから正直、気乗りはしない。もし、アンタが「俺は行きたい、だから一緒に行こう」って言ってきたなら彼女もすぐに「行きたい」って答えたと思う。とはいえ、アンタや母親の気分を害してまで断る理由も特にない。だから返事は「行きたい」じゃなくて、「いいよ」だったの。わかる?"


 ああ。まあ、そうやって改めて説明されれば「そうだったのか」って思うよ。


"まずそれが最初の違和感ね。次に旅行中のことだけど、アンタは彼女が「お袋に気を使いつつ自分も楽しんでいるように見えた」って書いてたわね。それはその通りで、予想してたより香港の景色は綺麗だったし食事もおいしかった。何より、風景や食事に子どもみたいな喜怒哀楽を見せるアンタの「お母さん」を微笑ましく思ったし、一緒に感想を言い合うのも楽しかった。"


 じゃあ、そこは問題なかったんだな。


"あったわよ。大ありよ。アンタこの時、彼女らがどうしてたのかについては書いてるけど自分の行動や感想については一切書いてないわよね。自分が何してたか覚えてる?"


 さあ。二人のそばにいたことだけは覚えてるけど。


なにもしてない(・・・・・・・)のよ。彼女らの会話に自ら絡むこともなく、ただ一歩引いて眺めてただけ。レッドの目には、面白いんだか面白くないんだかわからないような曖昧な表情でずっとそこにいるように見えてたわ。彼女、その時「この人、何が楽しくてここにいるんだろう?」ってだんだん薄気味悪く思えてきたのよ。私にはアンタの内面も見えるから、この時アンタがどういう状態だったかわかる。アンタ、この時自分を「無」にしてたでしょう?”


 いや、そんなことないよ。俺としてはレッドとお袋の最初の旅行だし、長時間一緒にいるのも初めてだから正直上手くいくかどうか心配だったんだよ。だから二人の雰囲気がおかしくならないか見守ってただけだよ。何かあったらすぐ介入できるように。


"そうよね。だから、二人のやり取りに異常があったらすぐ検知できるよう「観察者」に徹してたのよね。私情を交えず、客観的に事実だけを見て、まるで実験動物を観察する科学者だったかのように。それって、観察対象に影響を与えないよう自分を「無」にするってことでしょ。アンタがいつもデータ分析や統計解析をしてる時の「研究者モード」じゃないの。"


 そんなつもりは……


"なくても、無意識にそうなってたのよ。問題は、この時アンタがどう感じてたかってことよ。どう? 楽しかった? 退屈だった? ハラハラしてた?"


 覚えてない……


"それって「無」になってたってことじゃないの! ようするに、皆が楽しく過ごしているところに、一人だけ「無」の無感情な奴がいたのよ。レッドはそれに気づいた。だって彼女は自分が楽しみながらも、周りの人が楽しめてるかどうかにまで気を回せる人だったから。アンタの母親は、たぶんアンタの「無」状態を子どもの頃から見慣れてたからさほど気にしなかったのね。でもレッドは、この時はじめて「無」状態を見たから薄気味悪く感じた。それってつまり、この旅行までアンタがその状態を彼女に見せなかったことを意味するわ。じゃあ、なぜこの時アンタは「無」なったのか?もしくは「無」になれたのか?"


 知らんけど、それってそんなに重要なことか?


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