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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
51/182

2003年2月

 もう先週のことなんだけどさ、突然俺の携帯にレッドが電話かけてきたのよ。それまで相変わらず電話に出ないしメールにも返信よこさない状態だったから、携帯の発信者表示見てすぐ出たよ。


「もしもし」

『もしもし……』

「……」

『……』


 出たはいいけど、この時点じゃ何の用事でかけてきたのかもわからないので俺は身構えてしまって何も喋れなかった。レッドもなぜか喋らなかったのでしばらく沈黙が続いたが、不意にぼそっと口を開いた。


『誕生日おめでとう。』


 そういえばその日は俺の誕生日だった。レッドと付き合う前から自分の誕生日なんか気にしない生活になってたから全然気付かなかった。なので一瞬何言われたかわかんなくて、


「え……あ、ああ。あ、ありがとう……」


みたいな挙動不審な返事になった。でも久しぶりに聞く優しい言葉に緊張も少し緩んで、その後は普通に言葉が出てきた。


「いや、本当にありがとう。自分でも忘れてたからマジでうれしい。今日はそのために電話くれたの?」

『うん。……あと、それと』

「うん?」

『香港で撮った写真で私が写ってるヤツ全部返して欲しい。ネガも。』


 この瞬間身体がカーッと熱くなって、でもその後スーッと冷めていった。いや本当にさ、誕生日おめでとうって言われた時は嬉しかったんだよ。「復縁」の2文字が頭をよぎったのも確か。まあ、出会った頃は長尾とか使ってわざと別れる算段とかしてたわけだから、我ながら勝手だなとは思うけどさ。けどこの時の自分の正直な気持ち考えると、いろいろあったけど結局、この時までにはもう本当にレッドのことが好きになってたんだと思う。それに対してだよ、この話の話の持って行き方、最初にお祝い言って次に要求を伝えるって流れ、これを冷静に見りゃ電話かけてきた本当の目的ってどう考えても写真の回収としか思えんよな。いやー、この持ち上げ方と叩き落とし方ってマジ無いわ。残酷過ぎる。そしたら急に怒りがこみ上げてきて、でも一方で「ああ、こういうことする女だったんだ」って思ったらフッと魔法が解けたように白けた気分になった。


「……電話くれたのって、そのためだったんだ。」

『……』

「わかった。すぐに写真は送る。ネガも。」

『うん。』

「じゃ。」


 もうだいぶどーでも良くなってたので自分から早々に電話を切った。というわけでさ、悪魔ちゃん、俺らもうダメだわ。ここに報告しに来る前に自分の気持ちが変わるかと思って何日か待ってみたけど、なんかこの件以外にもレッドにはだいぶ理不尽な目にあわされた(部屋閉め出されるとか)なーとか思い出してきて、逆にどんどん気持ちがフラットになったよ。今はもう、むしろやっかいな女から解放されたんじゃないのかって思えてきて明るい気分にすらなりつつある。


“本当、どうしたものかしらね……”


 どうにもならないよ。だって俺にもうその気がないもの。それより俺これからまたエロチャット三昧の生活に戻るからさ、早く次の「運命の女」用意してくれよ。


“そんなワケにいくかバカ。それに、もし次誰かと付き合っても、十中八九また母親がらみで破局するでしょうよ。そういう意味じゃ、あんたの母親って私たちにとっては「ラスボス」なのよ。”


 「私たち」?


“アスタルテと私。”


 「ラスボス」って何だよ?


“前にもアンタと母親の関係は「マザコン」なんてもんじゃないって言ったけど、端的に言うと、アンタの人格はほぼ母親と同じ「部品」で構成されてるのよ。実際、アンタと母親は性別を除けば精神的な一卵双生児って言っていいくらいそっくりで、そのせいで魂同士の結びつきが異常に強固なの。事実上、一心同体って言ってもいいくらい。それって、前世でも親子だったり兄弟とか夫婦だったとしてもありえないレベルよ。そうなると何が困るって、アンタの魂を得ようとしても一体になってる母親の魂が漏れなく付いてくるってこと。でも、契約上私たちが持ってる所有権はアンタの魂だけ。ということは、母親がいる限りアンタの魂を完全に支配することができない。でも逆に、母親はアンタと魂が一体だから今でもアンタを完全に支配できてる。それって厳密にいうと、アンタの魂の現所有者は母親ってことなの。この所有関係は魂に関するものだから死後も継続する。私たちとの契約があったとしても崩せない。なぜなら、母親がアンタを所有してるのは「契約」じゃなく、アンタらの魂がもともと持っていた「属性」だから。でも、私たちはどうしてもアンタの魂が欲しい。じゃあどうするか? だったら、まず先にアンタと母親の魂の強すぎる紐帯を切ってしまえばいい。具体的には、アンタの魂の「属性」が変化するように働きかける。アンタの「世界」を一変させるような「相手」をぶつけて、アンタのモノの考え方、感情の動き方、行動原理を変質させれば、それはもう精神的には別人といえるから「属性」も変化する。レッドはそのために私たちが選んだ最適な「相手」なの。だから最高の条件でレッドとアンタが出会えるように「陣」っていう人間関係の檻を構築したし、レッド自身の深層心理にも働きかけて「執着」を植え付けた。彼女には一生かけてでも母親からアンタの魂を引きはがしてもらう、それが私とアスタルテが立てた基本戦略よ。逆に言うと、それくらい周到な手立てを講じないとアンタの母親には歯が立たないわ。だから「ラスボス」なの。そして、レッドはそれに唯一太刀打ちできるように私たちが育て上げた「勇者」ってわけ。だから簡単に替えなんてきかないの。”


 あー、ちょっと情報が多すぎるわ、全然頭に入ってこない。特に今の精神状態の俺には。

 もうちょっと落ち着いたらまた話聞きに来るから、それまでにわかりやすい説明の仕方でも考えといてくれ。


“アンタねー……。まあいいわ、そういうワケだからアンタにその気がなくても私はレッドが戻ってくるようにまだ動くから。”


 ご勝手に。


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