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悪魔ちゃん  作者: 神保 知己夫
本編
50/182

2003年1月

 レッドが電話に出ない。メールも送ったけど返事がない。ネットゲームにも全くINしてこない。


“何があったか、出来るだけ感情抜きで、事実だけ書いて。”


 去年の秋にレッドを紹介した直後、お袋から「新聞広告にパック旅行の格安香港ツアーが出た。費用は全部自分が持つから3人(お袋、俺、レッド)で行きたい」と連絡があった。お袋としては、年が明けて春になったら俺が東京に行ってしまうので「その前に……」ってことだろう。1月中旬出発3泊4日のプランでレッドの意向を聞いてみたところ「いいよ」っていう返事だったので、それから香港旅行の話が本格的に動き出した。パスポートを取ったり旅行会社からの問い合わせに答えたりで日々は過ぎ、あっという間に出発日となった。


 当日は、まずレッドが羽田からの国内便で福岡空港まで来て、そこで俺やお袋と合流して皆で香港国際空港行きの国際便に乗った。香港では昼間バスで観光地をまわって夜は旅行会社が予約したそれなり(・・・・)に高級な中華飯店で食事をとった。現地では特にトラブルもなく、レッドもお袋に気を使いつつ自分も楽しんでいるように見えた。俺とレッドがメインとなった旅行中の出来事は、ツアー中に案内されたダイヤモンド加工工場の直売所で指輪(俺でも買える廉価品)を買ってレッドにプレゼントしたことと、それを後で知り気を良くしたお袋がツアーコンダクターに無理を言って、急遽押さえた現地の写真館で中国風結婚衣装のコスプレ写真を二人で撮ったことぐらいだ。写真を撮る時、生まれて初めて着るチャイナドレスにレッドが若干テンション高めだったのを覚えている。


 そんな感じで万事順調だったが、唯一、日本に向かう帰りの機中で些細なゴタゴタがあった。機内販売のカタログ誌を見ていたレッドがあるネクタイを気に入り、俺にプレゼントしようとCAに購入の仕方を尋ねた。CAは商品の注文用紙を備品庫に取りに行こうとしたが、それをお袋が呼び止め「代金は自分が払うから注文用紙はこちらに渡してほしい」と頼んだ。それを見ていたレッドがCAを呼び戻し、商品の購入自体を取り消したという顛末だ。お袋は「遠慮せんでもいいのに……」と言ったが、レッドは「こういうのは自分のお金で買わないと意味がないんです」と返した。お袋が「そうね?」と言うと、レッドが「気を使わせちゃってすいません」とフォローしてこの件は終了した。その後は再び、二人とも何事もなかったように談笑していた。


 福岡空港に着いた後は、さすがに疲れているだろうからお袋を電車で実家に帰し、俺とレッドは大学近くの俺の下宿に戻ってきた。レッドは翌朝の飛行機で東京に帰る予定だった。部屋に着くと俺たちも疲れてたので旅装を解き、しばらく布団の上で横になった。日は暮れていたがまだ眠くはなかったので、横になったまま旅の思い出をポツポツと語り合って笑ったりしていた。そこで突然、レッドの態度が急変した。自分からは積極的に喋らなくなり、俺の問いかけに「うん」とか「ああ」しか返さなくなって、そうこうしているうちに返事すらしなくなった。「何か怒ってる?」と聞くと「別に」とだけ答えるが、それ以外は何も話さない。そして急に起き上がり、リュックに身の回りのものを詰め込み始めた。「どうしたの?」と聞いても一切答えず、荷造りを終えるとリュックを背負って部屋から出て行こうとする。俺はあわてて押さえにかかったが、実はこの時それほど事態を深刻には受け止めていなかった。夜中であろうが自分の家であろうが、怒ったレッドが外に飛び出そうとするのは今までにも何回かあったからだ。ただ、いつもは制止しようとするとレッドがさらに興奮して暴れるというパターンだったのが、この時はおとなしく制止に従った。だが、しばらくするとまた飛び出そうとするのを繰り返して、それが余計に出て行こうとする強い意志を感じさせて俺もだんだん不安になってきた。そんな一進一退をしつつもレッドは少しずつ歩を進め、ついに下宿の玄関にまで到達し戸外に飛び出した。俺は後を追って腕を掴み、「もう遅いから」「いったん戻ろう」「落ち着いて」等となだめにかかったがレッドは振りほどいてどんどん先を歩いていく。そんなやり取りを何回か繰り返した後、前を歩くレッドがポケットから何かを取り出し舗道脇の植え込みの上に置いて行った。近寄って箱を空けると、俺がプレゼントしたダイヤの指輪だった。それを見た時なんか俺の心が折れてしまって、それ以上彼女を追うことができなくなった。その間にレッドは車道で手を挙げタクシーを捕まえると、そのまま乗車して走り去った。


 実は、レッドの態度がなぜ急変したのかいまだに理解できていない。下宿に帰ってきたとき俺が何か言ってしまったのか。でも、今思い返してもどのセリフがそうだったのか全く思い当たらない。それとも、あの時に至るまでに何かがあったのか。ただし、帰りの機中でのお袋との一件は正直それほど決定的な出来事だったとは思えない。どっちにせよ、その後どうなったかというと最初に書いた通りだ。文字通りレッドとは音信不通になってしまった。


“あのさ、本当に思い当たることない? 上のまとめ書きながら何か気付かなかった?”


 ……ひょっとして、お袋が関係してる、って言いたいのか?

 確かに、あらためて書いてみると「お袋」って単語が意外によく出てくるが……


“アンタ上の文中で11回も「お袋」って書いてるからね。どんだけ母親で頭がいっぱいなのよ。にしても……あれだけ気をつけろって釘を刺しといたのに。”


 いや、今回の旅行は母親の発案だし同行してるんだから文中に出てきたって当然だろ? だからって、マザコンっぽい態度なんか全然してないぞ。そんなの読んでみりゃわかるだろ! 今回みたいな状況じゃなきゃ母親のこととか普段は全然考えてないっつーの。なのに無理矢理マザコンみたいな変なキャラ付けするのやめろよ!!


“確かに、「マザコン」みたいな手垢の付いた俗語で表現したのは今考えると失敗だったわね。アンタと母親の関係はそれどころじゃなくって……ていっても今は急を要するから、その話は後回し! でもどうとらえるかは別として、今回レッドの中でアンタの母親の存在が大きく影響したことだけは間違いないわ。そこだけはOK?”


 まあ、なんとなく。完全に納得いってるわけじゃないが。


“アンタがそれを認めないと私も動きようがないからね。とにかく私はレッドの様子を見てくるわ。私としてもアンタとレッドを別れさせるつもりはないし、レッドの状況見てから何か打つ手を考えるわ。それまでアンタは下手なことはしないで。”


 メールとか電話とか、俺の方からはもうこれ以上しない方がいいってことか。


“そう、今はね。”


 ……わかった。とりあえずよろしく頼む。


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